作品
第6話:繋がる想いに(年齢制限無Ver.)
あまり経験はない、との言葉どおり。
触れる動きこそぎこちないが、肌を撫でていく指は丁寧で。
久しぶりの行為の所為もあって、受け止める感覚は鋭敏だった。
何かをするたびに、一々断りをいれるあたりが、こいつらしいと言えば、らしい。
律儀と言おうか……慣れていないというのがわかりやすくて、笑いが零れる。
互いに何も身につけない状態になって、優しく抱きしめられて。
全身で感じる体温は心地よく、安らいで、不快感などは感じない。
鍛えられて、無駄な肉のない身体はバランスが取れていて、綺麗だった。
ただ、腹に残る傷跡が痛々しいものではあったけれど。
そのまま、互いにしばらく触れ合って、繋がろうとしたときに、何故か目を手で覆われた。
「……目を瞑っていろ」
「……あ?」
「黒の鳥を思い浮かべていて……構わない」
「…………馬鹿じゃないのか、あんた」
言われた言葉に本気で呆れた。
まさか、そんなことを言われようとは思っても見なかった。
「馬鹿とは何だ」
「だって、そうだろう……あんたは黒鷹じゃない。
黒鷹の代わりにするつもりでこんなことしてるわけでもない」
「だが……」
「……黒鷹を忘れられないとは確かに言った。
だけど、今。
こうしてるのは、あんただからだ。代わりにするわけじゃない。
あんた相手だからしようと思ったんだ。
それさえわからないほど馬鹿なのか」
「……う…………」
「……今度同じことを言ったら、本気で張り倒すからな」
「……悪かった」
小さな侘びの声の後。
互いを求め合って、身体を繋げる。
苦しさと心地よさの間で、相手を呼んだら、名前を呼ぶように言われて。
そういえば名前で呼んだことは未だになかったなと気が付く。
意識すると返って気恥ずかしいが、それでも、呼ばれることを望んでいるのがわかったから。
……少しの間の後、求める言葉に応じた。
「銀朱」とそう呼ぶと、その都度に激しさを増す動き。
確実に限界が見え始めて。
一際、強く突き上げられて、熱が奥で弾けたのを感じたことを最後に、意識が遠くなった。
***
――玄冬。…………玄冬。
――ん……?
優しい声の響きに顔を上げると……黒鷹が穏やかな顔でそこにいた。
――黒……鷹……!?
――ああ。……私だよ。
――どうし……て!?
消えたはずなのに。あいつはもう……いないはずなのに。
――夢だよ。玄冬。……これはね、夢なんだ。
それでも、そっと触れてくる指の感触が伝わる。ぬくもりこそないけれど、夢とは思えない。
思わず、手を伸ばして抱きしめると、抱き返されて頭を優しく撫でられた。
……夢でもいいから、どれほどもう一度、そうされたいと思っていただろう。
――……もう大丈夫だろう? 君を抱きしめてくれる人は他にいるのだから。
――黒……鷹……。
――……それが、悔しくないと言えば、嘘になるがね。
――あ…………。
指で胸元についた、銀朱の口付けの跡に触れられて。
酷く申し訳ない気分になる。
『玄冬』だった時に黒鷹が俺に口付けの跡を残せないのを、とても残念がっていたから。
――黒鷹……俺は…………。
――いいんだよ。……何も言わなくて。わかっているつもりだから。君の事は。
相変わらず、優しい声に泣きそうになる。
……何時だって、お前はそうやって、俺の全てを許してしまうんだ。
――……お前は俺に甘すぎる。
――君だって、十分、私に甘いだろうに。…………玄冬。
――うん?
――自分を大事にしたまえ。
――黒鷹……。
――今の君にも、大事に思ってくれる人がいるのだから。
……必要としてくれる人がいるのだから。自分を責めることはもう止しなさい。
――黒……
――まぁ、中々一筋縄でいかなさそうな相手ではあるけれどもね。
……君がその命を終える時に迎えに来るよ。……また逢おう。
――……黒鷹。
――それまでは、あの若輩君に預けておいてやろうじゃないか。
……元気で過ごすんだよ。玄冬。
――俺は……お前には本当に適わないと思う。
何時だって、欲しい言葉をくれる。
大事な愛しい、俺の鳥。
――ふふふ……これでも君の『親』だからね。
――黒鷹。
――うん?
――有り難う。逢いに……来てくれて。
――……やっと微笑ってくれたね。
黒鷹が両手を俺の頬に当てて、額をこつんと合わせる。
黒鷹も微笑っていた。
――ずっと、傍で見ていたけどね。
……あれ以来君が笑わないから、どうしようかと思っていたよ。
――悪い。……心配させたな。
――もう、いいさ。じゃあ、しばしの別れだ。
……このくらいは許されるかね?
――ああ……また、な。
さよならとは言わない。
遠い先だろうけど、いつかまた逢えるのだから。
重ねた唇は柔らかく……温かかった。
離れる瞬間に、黒鷹が呟いた言葉に素直に頷いた。
***
――おや? 玄冬。何を描いているんだい?
――なっ……来るな! 見なくていい!
黒の鳥と……幼い子ども。
ならば、あれは玄冬、か。小さい頃の。
――いいじゃないか、見せてくれたって……あ……これはひょっとして……。
黒の鳥が、子どもから取り上げた紙に描かれていたのは、いびつな『人』らしきもの。
どうやら使われている色とかから察するに、黒の鳥本人の絵らしい。
――だから……見るなっていったのに。
拗ねたような子どもの声に、黒の鳥が子どもを抱き上げて笑いかけた。
――すまなかったね。……有り難う。描いてくれて。
――父の日……。
――うん?
――父の日……なんだろう。今日って。だから……。
――それで、描いてくれたのかい。……嬉しいねぇ。君は本当に可愛いことをしてくれる。
――わっ! 苦しい! あんまり強く抱きしめるな!
……そうか、そんな風に一緒に時を過ごしていたのか。
見ている方も温かくなるような、そんな優しい時間を。
――可愛いだろう? 私の子は。
……何より大事で、何より自慢の、愛しい息子だよ。
――っ……!? 黒の……鳥!?
声に振り向くと、苦笑いをしている黒の鳥と視線が合う。
これは……夢なのか?
――黒鷹という名があるんだけどね。……まぁいいさ。同じことだ。
――貴様……何故、こんなところに……。
――見定めに来たんだよ。
……お前が私の愛し子を預けるに値する相手かどうかね。
――なっ……余計な世話だ!!
――余計なものか。親として、子どもの伴侶を確認するのは当然だろう。
――……親としてだけではない癖に……!
甘い声も、背に縋りついた腕も、受け止める熱い肌も、かつては全てこいつが得ていたものだ。
その変わらぬ事実は理性では分かっていながらも焦がれる。
――……ああ。何度も抱き合ったとも。
あの子に何もかも教えたのは私だからね。
触れてない場所など、何処にもないし、知らないことも何も無い。
――っ…………。それでも……。
――うん?
――それでも! あいつが一人で抱えずにすむように、今、傍にいてやれるのは俺だ。……貴様じゃ、ない。
――……言ってくれるじゃないか。そのくらいの気概があるなら、まぁ大丈夫かね。
――何だと?
――いやぁ、いざコトに及ぼうとして「黒の鳥を思い浮かべてろ」だの言った時はどうしようかと思ったけどねぇ。
――なっ!! ききき、貴様! どこから覗いて!!!
――……今度同じ事を言ったら、容赦はしないよ。
周囲の空気が一気に冷えた。黄金の眼に鋭く射抜かれる。
その気迫に負けないよう、こちらも睨み返した。
――言ってたまるか……!
――ならいいさ。覚えておき給え。
あの子を悲しませるようなことをしたら、私は絶対に許しはしない。
それ相応の報復を覚悟するといい。
――っ……上等だ!
――いいだろう。しばし、お前に預けておいてやろうじゃないか。若輩君。
…………玄冬を、あの子を頼むよ。
――貴様に言われるまでも無い。
――ふふ……それはもっともな話だな。
精々健やかに過ごしたまえ。命尽きるその時まで。
――ふん。
――出来ることならば……あの子を残して逝かないでいて貰えると良いのだがね。
――何? それはどういう……。
聞き返したときには、相手はもう見当たらなかった。
だけど、遠くで呟くような声が聞こえた気がした。
――私も甘いのだろうけどね。
大事な人間に先立たれる悲しみを、これ以上はあの子に味あわせたくないんだよ。
……辛い思いも悲しい思いもさせたくない。
――…………っ!!
優しさと慈しみに包まれた言葉。
胸の奥に響いたそれを聞き流すことはできなかった。
- 2008/01/01 (火) 00:08
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