作品
祝いの桜
「……いい加減にして貰えませんか」
「何のことだ」
資料の作成作業をしていると、文官が呆れ声で呟いた。
部屋には他に誰もいないから、俺に向けられた言葉なのは明らかだ。
「さっきから、溜息ばかり。ご自分で気付いてなかったんですか?」
「俺が?」
「他に誰のことを言ってると思っているんですか」
「…………」
そんなに溜息ばかり吐いていただろうかと、思いながら自分が溜息を吐いたのに気がついた。
なるほど。どうやら言われるくらいのことはしていたらしい。
我ながららしくない。
「一体、何があったんですか。
ああ、そういえば今日は玄冬さんがいらっしゃいませんが、何かそれと関係でも?」
時々こいつは目ざとい。
さすがに平民出身で陛下付きになっただけのことはある。
どうせ、俺たちのこともとうに知られているのだから、この際相談してもいいかという気分にさせられた。
「……いないことに関係はないが、まぁ、あいつに関係はあるな。
……誕生日プレゼントを送るとしたら、どんなものが無難だと思う?」
「玄冬さんにですか? 近いので?」
「26日らしい」
「一週間切ってるじゃないですか。行動が遅いですね」
「う…………」
「ああ、行動が遅いというよりは、未だに考えあぐねてるとかそう言ったところですか」
「悪かったな。どうせこういうことには慣れていない」
「そうですねぇ。
昔から彼女の誕生日にプレゼントどころか、逢う事さえ忘れるような方ですからね」
「…………く」
付き合いが長い分、色々知られているから容赦がない。
だからこそ、気楽な部分があるのは確かではあるんだが。
「玄冬さんの好きな食べ物とかは?」
「あいつは偏食が一切ない。
嫌いなものもないかわりに特筆するほど好きなものもない」
「色で好きなものとかは?」
「持っているものには青系が多いが、
髪や目の色に合うからという理由が大きいらしい」
「……欲しいもの、とか聞いて見ました?」
「聞いてはみたが特にないと返された」
「まぁ……言いそうですね」
そう、だから余計に困っている。
あいつに喜んで貰える物は一体何だろうかと。
「……いっそ花とか」
「花!? 女子供じゃあるまい……し……」
言いかけて、はたと気付く。
――毎年、黒鷹と花見をしていた。……誕生日の頃に。
――あの土地は彩より涼しかったからな。丁度誕生日の頃に桜が咲いたんだ。
細めた目で見上げていた桜の木。
そうか、その手があった。
「? 隊長? どうかなさったんですか?」
「いや、一つおかげで思いついた。礼をいう」
「はぁ、思い当たることがあったなら良かったですが……本当に花でも贈られるつもりで?」
「少し違うがな」
問題は今年一度きりしかこの手は使えないだろう、ということぐらいだ。
***
「なぁ、こんなところに何の用だ?」
「いいから、黙ってついてこい」
休みの日。銀朱が館の裏庭の方に、俺を連れてひたすら歩く。
滅多にここには人が入らない、何もないところだという場所にだ。
しかも、目隠しまでして。
おかげで銀朱が手をひいて歩くのに、身を任せる他になく、ずっとお互いほとんど無言のままで歩き続ける。
一体、いつまでこうしてるのかと問おうとした時に、歩みが止まった。
「いいぞ、それ外しても」
「あんた、一体何のつも……」
文句を言おうとした口は目の前の光景の前に、言葉が続かなくなった。
辺り一面に咲いている桜。
どうして。彩での桜の開花の時期はとうに過ぎていたはずなのに。
「……北のほうから取り寄せた」
俺の疑問を悟ったらしく、銀朱がそんなことを言った。
「どうして、また……」
「……誕生日おめでとう」
「え…………」
少し目元を染めた銀朱をまじまじと見つめると、視線を背けるように横を向いて、小さい声で呟いた。
「どうにも、いいものが思いつかなくてな。その、せめて花見でも、と。
黒の鳥と一緒にいた時のようにはできないだろうが」
「……それで、わざわざ?」
――この地に住むようにしたのはね、静かで穏やかな地ということも勿論だけど。
何時だったか、酔っ払った黒鷹がたった一度だけ口にした。
――丁度、君の誕生日の頃に桜が咲くというのもあったんだよ。
それだけの理由で?
そう問いかけた俺に、あいつは笑って言った。
――……桜に祝福される誕生日はいいものだろう?
あれで元々好きだった桜がもっと好きになった。
彩に移り住んで、もう誕生日に桜が咲いているところを見ることはないだろうなと少し寂しく思っていたのに。
「銀朱」
「ん? ……あ」
横を向いたままだった銀朱の髪を少しかきあげて、額に軽く口付けを落とした。
「ありがとう」
また少し。桜がより好きになった。
きっと今年の誕生日は忘れられない。
2005/05/14 up
2005年誕生日企画の時、黒玄以外にも玄冬サイドと黒鷹サイドでもう一本ずつ別CPで書こうと目論んでたうちの玄冬サイドでした。
ほのぼのと甘く。
多分ラストのキスのあとは、銀朱は動揺しまくっているかと思われますw
何気に書いてて楽しかったのはメイン二人より文官です。
群の方が彩より桜の開花時期が遅いんだ、ということにしておいといてくださいw
群だと玄冬の誕生日前後に桜が満開になるというのは、ひっそりとうちの脳内設定だったりいたします。
しかし、毎度の事ながらタイトルセンスがなくて、イヤになります。
- 2008/02/01 (金) 00:01
- 番外編
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