作品
広い背中
「銀朱。少し、背中見せてみろ」
「あ? なんだ?」
「いいから。……やっぱりな、傷がついてる」
「……ああ、あれか」
銀朱が、納得のいったような声色で返事を返す。
先ほどまでの行為で、俺がつけてしまった傷だとわかったんだろう。
サイドテーブルに置いてあった、潤滑剤代わりの傷薬に手を伸ばす。
「おい、そんなの使うほどの傷じゃないだろう」
「早くに治すようにするのに、越したことはない。
……先日、着替えのときに傷を指摘されて、冷やかされたのが恥ずかしかったと愚痴っていたのは誰だ」
「う……」
薬を指先に取って、銀朱の背中についた傷に薄く延ばす。
「癖なのか?」
「うん?」
「その……行為のときに、爪を立ててしまうのは」
「らしいな。黒鷹の背や首筋にもかなり傷をつけ……あ、悪い」
つい、黒鷹のことを思い出して、口にしたことを詫びる。
あまり聞きたい話ではないだろう。
まして、行為の後ならなおさら。
「構わん。続けろ」
「だが……」
「……確かに、話の内容としては面白くはないんだがな」
触れてる背から、銀朱が軽く息をついたのが伝わる。
「それでも、黒の鳥のことを話しているときのお前の表情や雰囲気が……
その、柔らかいというか、温かいといおうか……それが悪くないと思うんでな」
「そう、なのか」
そうだとしたら、黒鷹と過ごした日々の記憶が優しくて温かいものだからだ。
促す言葉に甘えて、話を続ける。
「俺が『玄冬』だったときには、俺には傷をつけることはできなかったからな。
口付けの跡もなどもだ。
そのせいもあったんだろうな。
黒鷹は傷が残るのが嬉しいとよく言っていた。
俺の分も一緒に背負っているんだ、とかそんなことを言ってな」
使い終わった薬をサイドテーブルに戻し、銀朱の背中に掌を這わせる。
鍛えているからか、引き締まっていて無駄な肉のついていない背中は、多分黒鷹よりも広い。
一瞬だけ、黒鷹の傷だらけの背を思い出した。
「……なるほどな」
「っ……? 銀……! ……んっ!」
唐突に銀朱がこちらに振りかえって、そのままの勢いで寝台に身体を倒された。
首筋の皮膚を吸われて、甘い刺激が走るのに、つい声をあげる。
冷めていたはずの興奮がまた芽吹く。
「……黒の鳥の気持ちが少し、わかる気がする。
悔しかっただろうな、跡をつけられないのは」
「銀朱」
「こうやって触れた跡を残すことは、奴には叶わなかったということか」
銀朱が顔を上げ、唇が触れた部分に指を走らせる。
見上げた顔は愉快そうな色を湛えて笑っていた。
「……そういうことになるな」
「やはり、悪くない」
「うん?」
「黒の鳥の話を聞くのは、な」
「ん……おい、またなのか?」
手がそのまま、肌を撫で始めた感覚に自分の声が掠れたのがわかる。
「……せっかくだから、もう少し跡を残そうと思ってな」
「く……あっ……」
***
黒の鳥の話は、痛みを伴うところもある反面、悪くもない。
この先の時間だけは確実に自分の方がある。
だから、試す。何度でも。
いつか黒の鳥のことが口の端に上らなくなることを心の底にひっそりと抱いて。
2004/10/18 up
惑楽(閉鎖) が配布されていた「萌えフレーズ100題」、No44より。
黒鷹のことをさらっと口にするあたりが、やっぱりうちの玄冬は天然仕様。
それを受け止めてはいるけど、いつかは……と願う銀朱ですが、書き手が私の時点で報われないことは決定事項です(酷)
- 2008/02/01 (金) 00:01
- 番外編
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