作品
相棒
無理をさせなければ、よかったかも知れない。
隣から聞こえる、確実にいつもよりも速めの呼吸の音に後悔していた。
大事な式典があるからと、補佐官である玄冬にも同席をさせたものの、昨夜から、玄冬の調子がよくないことには気づいていた。
運の悪いことに雪まで降り始めている。
熱のある身には堪えるだろう。
それでなくとも、城外で長時間立ちっ放しだというのに。
「大丈夫か」
「なんとか、な」
式典の合間を縫って、小さい声で尋ねてみる。
そうは答えたものの、ヤツの声は随分辛そうだ。
そっと頬に触れてみると、指先に触れた肌は予想以上に熱さを伝えてきた。
限界だな。
後で、五月蝿い連中に何か言われるかも知れんが……構うものか。
「おい。次の貴族の挨拶が終わったら、引き上げるぞ」
「いいのか」
「ここで倒れられるよりましだ」
「……すまん」
「謝ることはない。そもそも、無理をさせたのは俺だ」
胸が軋む。
これ以上の無理をさせられないというのも確かだが、それ以上に辛そうな様子を見ているのがきついと思ったからだ。
限界なのは俺かも知れんな。
区切りのいいところで、周囲の面々に軽く挨拶だけして、その場を離れ、馬車の待つところまで行く。
「……あんたは戻った方がいいんじゃないのか?」
「馬鹿が。今の状態のお前を一人になぞできるか」
放っておいたら、今にも倒れそうで、不安で仕方が無い。
馬車に二人で乗り込み、御者に出来る限り、館まで急いで欲しいと告げた。
馬車が走り出すと、玄冬が辛そうな表情で目を閉じた。
何でもないように振舞ってはいたが、相当しんどかったんだろう。
「肩に寄りかかって構わんぞ。大分辛そうだ」
「……悪いな」
言葉に逆らわずに、玄冬が俺の肩に頭を預けてくる。
衣服越しに伝える熱が高い。
やはり、休ませておくべきだったな。
昨夜よりも確実に悪化している。
身体が少し震えているのが伝わったから、上着だけ脱いで、そっと肩から掛けてやった。
「有り難う」
「もう黙っていていい。着くまでは寝ていろ」
「ああ」
***
「平気か?」
「ああ……すまないな。世話をかけさせて」
「気にしなくていい。薬だけ飲んでから寝ろ」
館に着いて、すぐに玄冬を部屋で寝かせて。
ちょうど玄関で会った妹に頼んで、薬や白湯なんかを持ってきてもらい、一通りの用意を整えると身体を寝台の上に起こさせて、薬と白湯を渡した。
飲み干すのを見届けると、白湯の入っていた器を受け取り、サイドテーブルに置く。
そして、また横になった玄冬の額の上に、適度に濡らしたタオルをそっと乗せた。
「……手慣れてるな、あんた」
「ん? ……ああ、上の妹が幼い頃、少し身体が弱くてな。
よく熱を出していたから」
「そういう……ことか。……俺は初めて、だから」
「? 何がだ?」
「『玄冬』だったからな。
熱を出したり、寝込んだりという経験はなかった……」
「! そうか……」
経験さえなかったなら、かなり今は辛いだろう。
「黒鷹も……基本的に丈夫に……できてたから、寝込んだのは……まれ……」
「なるほどな」
薬が効いてきたのか、大分声が夢うつつといった様相になっている。
「……黒……た」
「……ゆっくり休め」
きっと聞こえてないだろうと思いつつ、そう声を掛けると間もなく寝息が聞こえてきた。
幾分和らいだ表情にほっとする。
それにしても、こんなときでも呟くのは黒の鳥の名前、か。
それを思うと少し切ない。
今、傍にいるのは自分なのにな。
口付けたら、風邪がうつるだろうか。
いや、いっそうつったらこいつは治るだろうか。
大事な人間の病んだ姿というのは、見ているほうが辛い。
それなら、自分が変わってやりたいと思う。
全くどうかしてるな、我ながら。
それでも、そっと起こさないように唇を重ねた。
熱い唇を強く吸いたくなる衝動を抑えて、ただ触れるだけにして。
「……銀……朱」
「……っ……!」
唇を放した途端に呟かれた名前に、起こしたかと慌てたが……寝言だったようだ。
それに気づいて、少しだけ嬉しくなった。
多少は自惚れてもいいらしい。
「早く、よくなれ。……相棒」
額のタオルを取り替えるついでに、もう一度。
今度は額に口付けを落とした。
おまけ
三日後。
玄冬と立場が入れ替わり、寝込む銀朱がいたとかいないとか。(笑)
2004/10/19 up
銀朱隊長親衛隊(閉鎖) が配布されていた
「銀朱隊長好きに10のお題」、No7より。
最初はカプ要素なしで玄冬と絡ませるはずだった話。
こっそりラブラブを狙いましたが……び、微妙?
銀朱視点。
実は隊長のへたれな面よりかっこいい面を出そうとしたのですが、イマイチへたれ属性が抜けてない感が……。
- 2008/02/01 (金) 00:03
- 番外編
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