作品
青灰色の空の下
――雪が好きだよ。
黒鷹がそう呟いた言葉を思い出す。
――綺麗だろう? ……雪の降る空の色も優しい色合いで私は好きだよ。
返す言葉に困って黙り込んでしまった俺を、あいつはただ優しく抱きしめてくれた。
…………あのぬくもりを俺は今でも覚えている。
***
[Ginshu's Side]
「何を見ている?」
王城の中庭に通じる廊下。
玄冬はただずっとそこで青灰色の空を一人見上げていた。
何もないはずの空、だがそこにある見えない何かを見つめるように。
その様子があまりに遠く感じられて、つい声をかけるのに躊躇った。
「……ああ、あんたか」
俺の声に反応してこちらに首を傾けたのも一瞬。
すぐに視線を空へと戻した。
「雪が降っているんだ」
「…………雪?」
何もないと思っていた空は確かに目を凝らすと雪が舞っていた。
今年の初雪。
ああ、もうそんな季節になっていたんだったな。
「……もう、これは滅びの雪じゃない」
ただ季節の流れに応じて、冬の訪れを知らせただけのものだ。
それなのに。
「知っている」
「じゃあ、どうしてそんな顔をしているんだ」
泣きそうに見えた。
所在なさげにしている迷った幼子のようだ。
「思い出していたんだ。
雪が……雪が好きだと、あいつが言っていたことを」
『あいつ』が誰かなんて問うまでもない。
今の世界と引き換えに失った……玄冬が殺したも同然だと言っていた、養い親で玄冬にとって誰よりも特別な存在だった黒の鳥。
他に誰がいるはずもないのだから。
「……そう、か」
歯痒い。
どうしてこうも気の利いた言葉一つかけてやれないのか。
……今、思うことを言葉にしたら。
それでも何か変わるだろうか。
「……俺も悪くないと思う。雪の降る空の色は綺麗だしな」
雪は不吉。世界を滅ぼすもの。
それでも昔から思っていた。
この雪が降っているときの青灰色の空。
特に日が暮れ始めて、王城の灯りを映し、桜色にも似た色で広がる空は綺麗だと思った。
俺の言葉に玄冬は一瞬だけ目を見開いて。
少し顔を綻ばせたかと思うと、ようやく聞き取れる程度の小さな声で『ありがとう』と呟いた。
穏やかな微笑をさせてやれたことに安堵する。
俺も玄冬の横に並び、黙って雪を眺めた。
白い花びらが舞うような、優しい空の色を……。
[Kuroto's Side]
「何を見ている?」
「……ああ、あんたか」
王城の中庭に通じる廊下で、つい空にみいってしまっていたら、いつからそこにいたのか、銀朱が訝しげに俺の方を見ていた。
「雪が降っているんだ」
「…………雪?」
――雪が好きだよ。
そんなことを言ってくれた時の黒鷹の笑みを覚えている。
優しく抱きしめてくれたぬくもりも。
もうあの笑みもぬくもりもない。
雪がまた降ってきたというのに、抱いてくれる腕はない。
「……もう、これは滅びの雪じゃない」
「知っている」
「じゃあ、どうしてそんな顔をしているんだ」
「思い出していたんだ。
雪が……雪が好きだと、あいつが言っていたことを」
「……そう、か」
雪は不吉なものである、と誰もが言う。
それでも黒鷹は雪が降るたび笑っていた。
空の色が……。
「……俺も悪くないと思う。雪の降る空の色は綺麗だしな」
――綺麗だろう? 雪の降る空の色も優しい色合いで私は好きだよ。
脳裏で黒鷹の言葉と、今の銀朱の言葉が重なって、つい凝視する。
……そうか、あんたも言ってくれるんだな。
雪を厭うわけではないんだな。
「……ありがとう」
何となく礼を言いたくなり、小さく呟くと銀朱が微かに笑って俺の横に並んだ。
触れる距離ではないけれど、二人でいる空間は心地良かった。
まだ俺には言うことは出来ないけど。
いつか言えるだろうか。
雪が好きだと。
……一緒に雪を眺めてくれるあんたが好きだと。
お前もどこかでこの雪を見ているんだろうか。
なぁ、黒鷹。
お前みたいにこの空を綺麗だと言うやつがここにもいたぞ。
2005/? up ※サイトUPは2006/01/05
銀玄祭、穴埋め小説(身も蓋もない)のリメイクです。
玄冬視点を書き足したら、花白の出番が削られ(略)。
花白がつけたし程度になってしまうのも、哀れなので思い出すのは鷹だけにしてしまいました。 ←こう言ってしまうのが既に酷い。
相変わらずラブ度が高いのは黒玄なんだか、銀玄なんだか。
- 2008/02/01 (金) 00:30
- 番外編
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