作品
E affogato liberamente da due notte di persone. ~夜は二人で溺れるままに
「やっぱりこういうのも何かの采配というべきだろうね」
「馬鹿馬鹿しい。唯の偶然だろう」
くじなんて、偶然の産物でしかない。
少なくとも俺はそう思っている。
可能性のあったうち、出てきたのが偶々俺達の組み合わせだった。
それだけだ。
今夜の寝酒に選んだのは先日出来上がったばかりのざくろ酒。
それを炭酸水で割ったものを黒鷹に手渡す。
自分にも同じものを作って、軽く黒鷹とグラスを合わせてから、一口含んだ。
……よし、うまく出来ているな。
「そうかね。私には偶然ではなく必然に思えるよ。
……うん、美味しいね、これは。やっぱり君の果実酒は最高だな」
「褒めてくれるのは有り難いが、飲みすぎるなよ。
お前、酔っている時しつこいから」
作った酒を嬉しそうに飲んでくれるのは気分が良い。
だけど、黒鷹は酔いが回ると行為がしつこくなりがちだ。
俺は酒に酔うという事がないので解らないのだが、黒鷹は酔っている時には達きにくいらしい。
なので、今夜みたいに最初からその気でいる、という時にあまり深酒はして欲しくないというのが本音だ。
早々と空になってしまっているグラスに二杯目をさっさと注いでいるものだから、つい口に出してしまいたくなるのも当たり前だろう。
「そういう場合は長く楽しめる、と言ってくれないか、情緒の無い」
「今更情緒なんてものを求めるのか、お前は」
「何だか、そんな事を言われてしまうと少し寂しいね。
まぁ、情緒を感じられないというのなら、実力行使で感じさせれば良い話だが」
「……ちょ……おい、黒た……」
黒鷹が俺のグラスを持っていなかった方の手を取り、指先に口付けを落とした。
唇が少しずつ移動して行き、指先から関節、指の付け根まで辿っていく。付け根まで着いたと思ったら、今度は唇だけでなく、舌を使って指をゆっくりと舐り始めた。
強い感覚ではないものの、小さな水音と微かに漂う酒の甘い匂いに、じわじわと快感がその場所から広がっていく。
「……っ」
「酒に酔わないなら、私に酔って溺れてしまえばいい。
……おお、何か良い事言ったと思わないかね」
「馬鹿。ここ、居間なんだ……ぞ。
小さいのがもし起きてきたら、どうする、つもりだっ……言い訳出来ない、のに……っ」
つい先日から一緒に暮らし始めた小さいのは結構聡いところがある。
誤魔化すのは厳しい。
そうでなくても、あいつの年齢を考えると流石に教育上良くはないだろう。
なのに、それは気にしないのか、黒鷹は止める素振りも見せない。
手首まで辿り着いた唇で、勢いよく脈打つ部分を吸われて、一瞬身体がびくりと跳ねてしまう。
慌てて手にしていたグラスを置いて、その手で黒鷹の頭を押さえた。
……まずい、大したことをされていないのに、もう手にあまり力が入らない。
「あの子が起きてきたって、まだ誤魔化せる範囲だと思うがね。
私が触れているのは手だけだしな。
……誤魔化せないのは君の方じゃないのかい」
「やっ……触る、な」
服の上から身体の中心を一撫でされて、つい身を引くようになってしまう。
が、黒鷹は逃がすまいとするかのように、そのまま俺の方に覆い被さるような格好になる。
間近な距離になった黄金の瞳が楽しそうに笑った。
「ふふ、情緒がどう、とか言うのは私の触れ方次第であっさり昂ぶるからかな」
「……誰の、所為だと……っ」
「私だな。……場所を変えよう。
飲み足りないのは些か残念だが、まぁ、いいさ。
君の作ってくれた果実酒は確かに美味しいが、君自身はもっと美味しいからね」
そのまま、一旦身体を離した黒鷹にキスもしないのか、と思ってしまった瞬間に自分が負けているのを悟る。
おいで、と言う代わりに差し伸べられた手を取って、椅子から立ち上がった。
***
「……っ……く」
背後から腰を抱えられて、黒鷹がゆっくりと挿れてくる。
今夜の黒鷹は後ろから抱くことを望んだ。
呼吸を合わせ、体温を馴染ませ、深い部分まで黒鷹に埋められていくのが解る。
後ろから、というのはあまりやらない所為か、繰り返し抱き合ってきていても、未だに受け入れるときに変に身構えてしまう。
痛むわけではないが、違和感が拭えない。
黒鷹の顔も見えなくて、何処か頼りない気分になってしまうというのもあるのかも知れない。
腰を突き出す格好になってしまっている事も羞恥心を一層煽らせる。
触れられたことのない場所なんて、とっくに身体の何処にも残っていないというのに。
触れている体温はちゃんと黒鷹のものだとわかっている。
が、いつもは黒鷹の背に回せる腕は目の前で波を打っているシーツに縋りつくしか出来ない。
シーツの冷たさと、繋がっている部分の熱さの差が妙な気分だ。
「苦手、かい?」
「……ん?」
「後ろからされるのは。……いつも少し苦しそうに見えるから」
シーツを掴んでいた手に、黒鷹の手がそっと重ねられる。
耳元に落ちた囁きも心なしか柔らかい。
「……苦手とか、嫌なわけでは……ないんだが」
「だが?」
「……お前の顔が見えないのが、落ちつかな……っ……あっ」
言葉を言い終わらないうちに、黒鷹の腰が動き始めて声が詰まる。
決して、激しくはないけれど、深い部分で小刻みに擦られるやり方に俺は弱い。
重ねられている黒鷹の手に縋るように指を絡めた。
背後で微かに笑ったのが伝わる。
「昔から、そうだね」
「何……が」
「セックスの最中は私の存在を確認したがる。
出来るだけ、顔を見ていたがるし、肌は出来るだけ広い範囲で触れることを望む」
「……れが、何……っ」
「……求められている、というのを感じさせてくれるから悪くない。だが」
「…………っ……あ……!」
律動が少しずつ速く、強くなっていく。
繋がっている部分から広がる快感は、身体を支えている膝が崩れそうになるほどだ。
が、黒鷹が腰を支える為に、俺の指を解いて手を離した瞬間に正体のわからない不安に襲われる。
「やめっ……手、離す……な……っ!」
「……だからこそ、時折……っ。崩したくも、なる……っ」
「っ! ……く……あうっ……! 黒た……ああっ!」
……何もかも飲み込まれて、あやふやになった世界で小さな囁きだけが、存在感があった。
――偶然、なんて言葉で何て片付けられたくないよ。
……ああ、そうか。
お前、解り難いんだ。……馬鹿。
***
「……悪かったな」
「うん?」
わざと突き放すような行為の後はいつも通りの黒鷹だったが……それでも気付いてしまったことは、流石に無視するわけには行かなかった。
「腹を立てていたんだろう。偶然、とか言ったあれに」
そして、考えていた通り。それを口にした瞬間、目の前の顔が苦笑いの表情を作る。
「だって、私達は互いの存在が必然じゃないか。
黒の鳥は玄冬を守護するもので、玄冬は黒の鳥と共に在るもの。
……そんな関係なのに、選択された理由が『偶然』の一言で片付けられてしまうのは寂しいよ」
「……お前の怒り方は解り難いんだ」
表面では何でもない風を装うくせに、セックスの最中に余裕が無くなってくるとそれを隠しきれない。
余裕を崩せるほど乱している、と思えば悪い気分はしないが、そうなる前に言ってくれればいいのに。
とは言え、無いものねだりみたいなところがあるから、今更どうしろとは言えやしないが。
言われたところで、こいつだって困るだろう。
「それは済まないな。……玄冬」
「うん?」
「あんな風にしておいて何だが……やはりもう一度良いかい?
どうにも物足りなくてね。今度はちゃんと前から抱くから」
その癖に、しれっとこういうことを言うんだからな、黒鷹は。
一瞬だけ勝手なことを、と言い掛けたが、元はといえば失言したのはこっちの方だ。
絆されていると言えば、それまでなのかも知れないが……まぁ、いい。
「……今度は手を離すなよ」
それでも照れは隠せず、視線を逸らしながら言った。
今の黒鷹の顔なんて、見るまでもなく解る。
どれだけ嬉しさを表しているか。
「ああ。朝まで離さないよ。手だけではなく、全ての場所をね」
だけど、行為が始まったら。
今度は最初から黒鷹を見ている。
目を離してたまるものか。
口付ける直前の顔も、繋がる時の顔も、達する瞬間も、何もかも。
一番近くで、お前だけを見ている。
どちらからともなく、口付けを交わしながら片手を繋いだ。
行為に疲れて眠って、起きるまでは離すことのないように強く、しっかりと。
- 2008/01/01 (火) 00:00
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