作品
Ora e tempi antichi ~今と昔と
「茶、もう一杯どうだ?」
「ああ、貰おう。良い味だな、この茶は」
「先日、黒鷹が市場で買ってきたんだ。
あいつは良い茶葉を見つけてくるのが上手い。
よくあちこちの市場やら村やら行っているんだが、そこで探すのが好きみたいでな」
相手のカップに茶を注いだ後、茶がほとんど無くなりかけていた自分のカップにも注ぐ。
……妙な気分だ。
自分とまるっきり同じ顔をした男とこうして向かい合って茶を飲んでいるというのは。
小さいのと初めて会った時にも不思議な気はしたが、あいつは結構幼かった頃の自分とは違うから、俺に兄弟がいたらこんなだったかも知れないと、案外素直に存在を受け入れられた。
が、目の前にいる世界で最初の俺とやらは背格好がほぼ一緒な所為なのか、どうも違和感が拭えない。
どこからどう見ても自分なのに、纏う雰囲気が違う。
「ほう。あいつがか。世界をあちこち飛び回るのが好きなのは相変わらずらしいな。
俺もそんな部分に色々世話になったが」
「……戦の最中は散々お前に扱き使われたと愚痴を零していたぞ。
反則みたいな真似までさせられたと言っていた」
「そんなことを言っていたのか。黒鷹も満更じゃなさそうだったがな」
……わかっているのに。
黒鷹が俺の鳥であると同時に、こいつの鳥でもあったのだと。
当たり前のことなのに、親しげに過去の事に思いを馳せる様子に釈然としないものを感じてしまうのは何故だ?
「満更じゃない、と言えば……お前も経験があるのか?」
「何の経験だ」
「黒鷹との性交の経験だが」
危うく、茶を吹き出しそうになったのを押し止めたのは自分でも上出来だったと思う。
「……そういうことは、真昼間から会話に出すことじゃないだろう」
「別に他に誰がいるわけでもないのに、何をそんなに驚いている?
大体、俺達の共通点と言ったらあいつぐらいだ。
話が偏るのは仕方ないだろう」
「だからといって、夜のことを話題にしていいという理由になるか!」
「何だ、案外羞恥心が強いんだな。あいつに赤子の頃から育てられたと聞いたから、もっと砕けているのかと思っていたが。
……ああ、それとも。自分が知らない黒鷹の一面を聞かされるのが不愉快か?」
「……っ!」
ガチャン、と勢いよく鳴った音の正体が自分が置いたカップなのだと理解するのにはたっぷり数秒掛かった。
……何で、自分自身を相手にこんなに動揺しなければならないんだ。
いや、違う。自分自身なんかじゃない。
こいつは俺と似て異なるものだ。
挑発になんか乗ってたまるものか。
不愉快、なんかじゃない。
「……あったら、何だというんだ」
涼しい顔で笑った相手に対して、今の自分の顔がどうなってるのかを考えたくはなかった。
***
「何やってるんだ、お前」
黒鷹が扉に耳を当てて、何やら中の様子を窺っている。
確か部屋の中には大きいおれと凄く昔の大きいおれが居たと思ったが、何をやってるんだか。
端から見てるとちょっと……いや、かなりみっともない姿だな。
「しっ! 静かにしたまえよ、こくろ。
ああ、玄冬と玄冬が私を取り合って火花を……!
もてる男はこれだから辛いね」
「……つまり確認するまでもなく、お前がやってるのは出歯亀なんだな」
「身も蓋も無い言い方をしないでくれないか。
誰だって自分の事が話題に出されていたら気になるに決まっているじゃないか!」
「お前がそうやっていたのは、自分の話題が出る前からじゃないのか? もしかしなくても」
「細かいことは言いっこなしだよ、こくろ。
それにつけても残念なのは、今のあの子達の表情を見られないことだな。
こうなったら、いっそ鳥の姿になって、外から窓に寄ってこっそり聞くべきか……うーん……いや、しかし……ああ、あんまり声を潜めないで欲しいな、二人とも。
良いところなのに、全然聞こえてこないじゃないか、もう」
「……盗み聞きも程ほどにしておけよ」
あいつらにもそろそろ見つかっていそうだから、手遅れかも知れないけどな。
大きいおれはともかく、大昔のおれは気配に敏感そうだから。
……ま、おれの知ったことじゃないか。
その場を去って自分の部屋の扉を開けかけたところで、案の定断末魔の声が聞こえた。
声の正体なんて考えるまでもない。
予想通り過ぎて、溜息も出ないな。あーあ。
- 2008/01/01 (火) 00:01
- 本編