作品
So lamente Lei desidera. ~君だけしか望まない
話がある、と切り出した玄冬の顔があまりにも強張っていたので、一瞬戸惑いはしたものの、黙って扉を開けて、部屋の中に招き入れた。
どうしたと言うんだ、一体。
怒っているようにも見えるが、昼間の盗み聞きの事だったら、既に終わったことだし、夕食は妥協の結果、残さず食べている。
ついでに言うなら、よく玄冬を怒らせる原因となる部屋の状況も今はそう散らかっていない。
……困ったな、玄冬を怒らせるような心当たりは今は思いつかないんだが。
それとも。
バレていないと思った、あれやこれやのうち、何かがうっかり見つかってしまったんだろうか。
こうなると直接聞いてしまった方がいい。
根に持つ子ではないから、こじれる前にさっさと聞いて謝ってしまった方が早い。
「玄冬、一体どうし……」
問いかけた矢先に背後から強く抱きしめられた。
張り詰めた空気に一瞬戸惑ったが、どうしたんだい、と言葉にする代わりに、黙って玄冬の腕をぽんぽんと叩く。
「……お前が誘ったって聞いた」
「うん?」
誘った? 何の話だ。
「……最初の俺から。あいつを相手にはその……受け入れる方に回っていたって本当か?」
「…………っ!」
耳の下の部分を強く吸われて、息を詰めた。
昼間のあれか。
全部は聞こえなかったが、恐らくその時の話の流れで知ったんだろう。
この子は彼から何を聞いてきたんだ。
「貫く度に黄金の瞳が悦楽で歪んで、酷く扇情的だった、と。そんなことを」
「玄……っ」
後ろを振り向いたところで、顎を捉えられ、唇が重ねられる。
割って入ってきた舌が熱い。
この子にしては、執拗に口内を舐るやり方に自然と身体の中心が熱を持つ。
ややあって、唇を離した玄冬もまた目に情欲の炎を燃やしている。
「俺もそんなお前が見たい。今日は逆がいい。……お前を抱いてみたい」
「玄冬」
「……嫌、か?」
「まさか」
一瞬だけ見せた不安げな表情。可愛いと言ったら、今は怒りそうなので止めておくが、より一層煽られる。
そうだな、偶にはそれも悪くない。それに。
「他ならぬ君の願いを無下に断るほど野暮じゃないよ。
君と触れ合えるのなら、どんな形でも嬉しいしね。
まして、君がそんなに積極的になってくれる事なんて滅多にない」
単純に興味もあった。
この子に何もかも教え込んだのは私だ。だとしたら。
君がその身に覚えたもので、私をどう抱いてくれるのか。
なぁ、玄冬。
自分で解こうとした胸元のリボンタイは、玄冬が引っ張って解く。
そのまま指が釦を外していき、現れた首筋に舌が這わされる。
ぞくり、と背筋を駆けた快感に思わず呼吸を乱す。
まだ、こんなものは序の口だというのに。
「お前は何もしなくていい。……全部俺がやる」
「ああ。……でも君に触れているくらいは……構わないだろう?」
「ん……」
欲情で擦れた声の響きはこの先を期待させるに十分過ぎた。
君はどんな風に私を求めてくれるのだろうか? 愛しい子。
***
普段の玄冬はとにかく羞恥心が強い。
私の動きに応えようとしてはくれるものの、自発的に動くことには抵抗があるらしい。
特に抱き合い始めた当初、幾度か試みようとして、躊躇ったことも覚えている。
でも、今は。
全身で私を探ろうとしてくれている。
慣れていない所為か拙い部分もあるけれど、それがかえって興奮を煽った。
そういえば、受身に回るのは確かに初めてではないけれど、こんな風に全て相手に委ねてしまう行為は初めてかも知れない。
大抵、相手が受動的な姿勢で、自ずとこちらが動くような形になっていたからか。
まだ、玄冬を相手に『初めて』の経験が出来ることがあるのは嬉しい限りだ。
……いや、違うな。
この子にはいつだって教えられてばかりだ。
最初の彼にもそれは言えるが、この子を育て始めた以降はそんなことばっかりだった。
「……ふふ」
「ん……? くすぐったかったか?」
「ああ、いや。そうじゃないよ。ほんの少しだけ昔を思い出しただけだ」
「…………」
一瞬で拗ねたような顔になってしまった。しまった、誤解させたな。
「違うよ。そんな険しい顔をしないでくれ。
君が危惧しているようなことじゃない。
思い出していたのは、君のことだよ」
「……俺?」
「うん。あんなに腕の中に収まってしまうくらいに小さかったのに、何時の間にかこういうことを出来るようになるくらいに成長したんだなぁと」
「……誰がそもそも『こういうこと』を教えたんだ?」
「私しかいないな」
「だろう?」
既に行為を始めてから、幾度目かもわからないキスを交わす。
軽く触れ合っただけの唇は離れた後、そのまま私の身体の中心に向かう。
張り詰めているものに口付けを落とされて、呼吸を飲み込んだ。
この場所を口で愛撫させたのは玄冬……今の玄冬だけだ。
「……く……」
軽く舌先で突付いていただけのものは、やがて舌全体を使って私自身を慈しみ始めた。
より張り詰めるのを感じながらも、間違ってもここで達してたまるかと堪える。
玄冬が口での行為を続けながら、指でそっと後ろに触れてきた。
「潤滑剤、あるか?」
「あんなの使う気かい? ……いらないよ。
私だって、君に滅多に使わないじゃないか」
潤滑剤一つにくだらない拘りを持っているのは自覚している。
が、あんなものに玄冬の体温を僅かでも遮られるのがどうしても嫌で使う気にはなれず、行為の殆どは直接挿入する形にしている。
数え切れないほどに行為を交わしていても、恐らく使ったのは片手でも余る程度だ。
「だって……傷つけでもしたらどうする。俺はお前みたいに慣れてないんだぞ」
「どうもしないよ。私だって、普通の人間より傷の治りは早いのだし。……それに大丈夫だと思っているさ」
玄冬が私を難なく受け入れてくれるように、私も玄冬を自然に受け入れられるはずだと自信があった。
私は玄冬の為に、玄冬は私の為に在る。馴染まないわけが無い。
「知らないぞ。……本当に」
「……っ」
ざら、と温かい舌が、先ほどまでの指の代わりに身体を繋げるその場所に触れる。
玄冬の顔は見ていない。
こんなことをされている最中の顔を見た瞬間に達しそうだから。
自分で大丈夫だろうと思ったあたりで、玄冬の頭をそっと撫でた。
もういいよ、という意味で。
玄冬も直ぐに意図を読んでくれて、身体を引き、私の脚に手を掛けた。
「……痛い思いをさせたら、済まない」
「いいよ、そんなこと。……おいで」
「……ああ。…………っ……!」
「ふ……っ」
身体の内側を玄冬の屹立が割り開いていく。
久々だからやはりきついか、と思ったのは最初だけで、玄冬自身が私に馴染んでいくのにはそう時間は掛からなかった。
……ああ、やっぱり。この子は特別だな。
玄冬が相手なら、私は何処までも満たされる。
半ばまで挿れたところで、荒く呼吸を繰り返す玄冬の頬に手を伸ばして、そっと触れる。
「……動けない、かい?」
「…………う……」
「堪えずに一旦出してしまうといい。……精液が潤滑剤の代わりになるし、余裕も出来る」
「なっ……ちょ……待……っ……あ!」
玄冬の腰を脚で押さえて、自分の腰をずらし、より深い挿入になるようにし、収めたのを確認したところで勢いよく締め付けた。
どくん、とその場所が強く脈打ったかと思うと、続いて感じたのは震えと内側に広がっていく熱。
「ずる……いぞ、お前……っ。待てって、言ったのに……」
泣きそうな顔で抗議されるが、その表情が私を煽るだけでしかないということに、この子は気がついているのか、どうか。
「そんな顔しない。今ので楽になっただろう。
今度は余裕が無くなったのは私だ。ゆっくり探してみれば良いじゃないか」
「黒鷹」
「知りたいんだろう? 私の弱い部分を、隅々まで」
「……ああ」
一度口付けを交わして、唇の感触を存分に味わってから玄冬がゆっくりと動き出す。
私の中を探って。
ああ、初めて玄冬を抱いた時に私がやったのと同じように探ってるなと、意識の片隅で冷静に考えられたのは最初だけ。
素早く弱い部分を見つけてしまったのか、それとも本能なのか。
玄冬が擦っていく場所は、恐ろしいほど的確に悦楽のツボを狙っていく。
「わざと…………っ……かね……っ」
「……ああ……そうだ……な。お前と、同じく」
「っ!」
その言葉に歯を食いしばったのはどちらだっただろう。
限界だった。
失うまいと思った余裕は、いつ破られてもおかしくない。
気力の堤防が崩れるのは時間の問題だ。
……いや、今更取り繕うことに何の意味があるのか。
触れているのは、繋がっているのは玄冬なのに。
たった、一人の、私、の。
「……っと……っ」
「……な……に?」
「もっと……奥……に……っ……玄……冬」
「……っ!」
残った力で玄冬の肩に縋り付いて、後はもうただ玄冬の動きに身を任せる。
声を上げたかも知れない。叫んでいたかも知れない。
でも、もうどうでも良かった。
君さえいるなら。
こうして傍にいて、一緒に過ごしていけるのなら。
私は、もう他に何一つ望まない。
幼かった頃の、まだ赤子だった玄冬が、初めて私に笑いかけた時のあの笑みが脳裏に浮かんだところで、意識は吹き飛んだ。
ねぇ、玄冬。……君だけが、私の。
- 2008/01/01 (火) 00:02
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