作品
he con cui interferisce e quello che. ~邪魔する者は何とやら
「あー……。今、あの部屋に行かない方がいいぞ」
「?」
黒鷹に借りていた続きものの本を返し、続刊を借りに行こうと席を立ったところで、この家の中で唯一の子ども……こくろ、と呼ばれている子どもが俺の服の裾を引いて止めた。
「人の恋路を邪魔するヤツは何とか、って言うだろ。
どうせ、部屋の前まで行って引き返す羽目になるだけだから、やめておけ」
「……待て。お前、あいつらが何をしているのか解っているのか」
小さい子どもに訊ねるような内容ではない、と思っているのに、つい疑問はそのまま口をついて出てしまった。
「まぁ、な。あいつらはおれが気付いてるかどうか知らないけど。
……今更だから、そんな拙い事を聞いた、みたいな顔はしなくてもいいぞ。別に平気だから」
あっさりとそんなことを言ったこくろは、実際無理をしている様子はなく淡々としている。
夕食の献立について話しているのと変わりなかった。
「まだ小さいのに随分悟っているんだな、お前は」
「あの二人とまともに付き合っていたら疲れるのはこっちだからな。
仲が悪いよりは良い方が平和に決まっているし」
「生活の知恵か」
「そんなものかも知れないな、ある意味。
ああ、茶を淹れて飲もうと思っていたとこだけど、お前も飲むか?」
「あ、ああ」
「ちょっと待ってろ」
こくろが台所に向かうのを目で追いながら、立ち尽くしたままなのも馬鹿らしいと再び椅子に腰掛ける。
間もなく、小さな足音を響かせてこくろが二つのカップを手に戻ってきた。
「淹れたぞ」
「……有り難う」
俺の動揺も素知らぬフリで、カップの片方を渡してくれた。
受け取ったカップから、漂う湯気と茶の香りに昼間にあいつと話していたことを思い出す。
……まさか、直ぐに試すようなことをするとはな。
思っていたより行動派だったか。
そんな部分は意外に自分と近いのかも知れない。
思わず笑みが零れてしまう。
「焚きつけた、か」
「なるほど。お前の所為か」
「ああ、多分。すまんな」
「ちっとも謝っているように聞こえないぞ。……わざとだろ、お前」
「いや? そんな気は無かった。
全く無かったとは言わないが、今夜直ぐにとは本当に思わなかった」
「……結局、今夜じゃなければあるかも知れない、とは思ったんだろ」
身も蓋も無いつっこみには、苦笑して言葉を無くすだけだ。
その通りだったからだ。
あいつと俺は別の人間だが、どちらも『玄冬』であることに変わりはない。
生まれる時代、状況は違うが、同じような育ちをしていたら、やはり大差ない思考なのかも知れない。
それを思うと無性におかしかった。
「何を一人で笑っているんだ。気持ち悪い」
「いや、やはり『玄冬』は『玄冬』だと、そう思ったんだ。
そうしたら面白くてつい、な」
血は争えない、とはよく言うけれど。
こういうのは何と言えばいいのか。
「…………それ、大きいおれの前では言うなよ」
「どうしてだ?」
「あいつ、自分を他の『玄冬』と一緒にされるの、凄く嫌がるから。
本人はあんまり自覚ないけどな。……おれも少し気持ちは解るし」
「? そういうものか?」
どうも、嫌がる意味がよく解らない。
首を傾げたら、こくろが少しだけ寂しそうな顔で笑った。
「……お前、自分が最初の『玄冬』だから、解らないんだ」
「……仲間外れも寂しいものだな」
「だったら、解るよう努力してみろ。
なぁ、暇つぶしに賭けをしないか?」
「賭け?」
唐突に言い出したそれの意図が何か理解できず、問い返すと小さな頭がこくんと頷く。
「あいつらが、明日の朝どんな顔して出て来るか」
「……それはまた悪趣味だな」
「出歯亀より遥かにましだろ。お前はどう思う?」
「そうだな。黒鷹は……満面の笑み、いや、苦笑いか?
あいつは、逆にさっぱりとしてい……あ……そうか、解ったぞ」
不意に視界が開けた気がして、確信を持った。
「うん?」
「仲間外れなのは、俺でもなければ、お前でもない。……あいつ、か」
なるほど、他の『玄冬』と一緒にされるのを嫌がるわけだ。
自分が黒鷹にとって、特別な『玄冬』なのだと、どこかで意識しているんだろう、あいつは。
だから、それを揺るがされると自信を持てなくなる、そういうことか。
だが。
「そういうこと。あいつ、一度吹っ切ると強いからな。
……黒鷹があいつとおれたちを同じ視点でなんて見ているわけがないのにな。
ダメだ、賭けは成立しない」
そう、きっともう揺るがないものになっているだろう。
あれで、自分が黒鷹にとっての何かをわからないほど愚かでもないだろう。
もっともこれで解っていなかったら、同じ『玄冬』としては呆れる他ないわけだが。
「……敵わんな」
「全くだ」
相棒を取られた気分ではあるが……まぁ、仕方ないな、こればかりは。
二十二年以上も一緒にいた似たもの親子に太刀打ち出来るはずもないからな。
そう呟くと、この家で一番幼い『玄冬』、そして恐らく一番賢い『玄冬』が無邪気に笑った。
だけど、反面教師なあいつらも悪くない、と。
- 2008/01/01 (火) 00:03
- 本編