作品
Dreams of Christmas
「なぁ、お前それ本気で言ってるのか?」
「? 本気だが?」
――クリスマスの夜、子どもは早く寝ないといけないんだ。
サンタクロースが来るからな。
そう、大きいおれが真顔で言った言葉をどう解釈していいものか、途方に暮れた。
単におれが子どもだから、サンタを信じていると思ってそんなことを言っているのかも知れないが、大きいおれは変なところで物を知らない。
まぁ、黒鷹の育て方に責任があるんだろうが、時々本気で、それで大丈夫か二十二歳、とつっこみたくなる面がある。
妙なところで素直というか、騙されていると思う。
色々と。
黒鷹は、素直な良い子だろう、と大きいおれのことを指していうが、何事にも程度問題がある。
おかげでおれは今みたいな場合、大きいおれがおれを気遣って言っている事なのか、本人が心底信じてしまっている結果の発言なのかがわからない。
気遣って言っていることだったら、気にしなくていいと言えるんだが、大きいおれが本当にサンタの存在を信じ込んでしまっているのだとしたら。
おれはそれについて、サンタなんていないと言ってしまっていいんだろうか。
「おい? どうかしたか? 妙な顔をしているぞ」
大きいおれが怪訝そうに訊ねてくる。
妙な顔になってしまっているのは、きっとどうしていいかわからないからだ。
こうして考えていても仕方ないか。
なるべく無難な形になるように聞き返してみることにした。
「お前は……信じているのか?」
「うん?」
「サンタクロース」
「……お前は信じていないのか?」
「…………本心で言えば信じていない。偶像だろう、あれ」
「サンタクロースは信じていない子どものところには来ない。
だから、お前はそう思うんだ」
ぽん、と頭に手を置かれ、そのまま撫でられる。
見上げた顔は穏やかに微笑っていた。
「俺の所には十二の歳まで来ていたな。
まぁ、何か欲しいと思う物があったのもその歳くらいまでのことだったから、自然と来なくなったんだろうな」
「…………」
黒鷹が飽きたんだろう、と言いそうになって口を噤む。
十年前の記憶に思いを馳せているのか、珍しいくらいに楽しそうな表情も浮かべていたから、余計に何かを言う気がなくなった。
「もし、お前が信じたことをないというのなら、一度くらいは信じてみたらどうだ?
欲しい物もないというのであれば、中々信じ甲斐もないのかも知れんが」
「……そんなことは、ない」
欲しい物、ならある。
大きいおれも持っているけど植物図鑑。
大きいおれのは古いけれど、とても大事にしているのを知っている。
読ませて貰っても嫌な顔をすることはないけれど、やっぱり自分だけの図鑑が欲しかった。
それなりの値段がするものだから、まだおれには早いかも知れないとも思うけど。
その事をおれは大きいおれにも黒鷹にも言ったことはない。
……もしも、本当にサンタが実在するのだとしたら。
それはおれの手元に届くのだろうか? 本当に?
あまりに大きいおれが真剣な表情をしているから、信じていないのが悪い気がしてしまう。
本当に信じるか、信じないかの問題なんだろうか。
いないと思っていたのは信じていなかったからだろうか。
いることを信じたのなら……サンタは来るんだろうか。
「…………信じて……」
「うん?」
「今年だけ試しに……信じてみる。今日はもう寝るな」
「そうか。……おやすみ。それなら、サンタはきっと来るさ」
「ん…………」
ベッドにもぐりこんで、大きいおれが部屋を出て行った後、信じていなかったはずのサンタクロースの存在に少しドキドキしながら、色々考えて。
やがて、眠くなって目を閉じた。
***
「……君も案外やるじゃないか。あのこくろを納得させてしまうとは」
小さいのと話をし、部屋を出た後にいつからそこにいたのか、黒鷹がごく潜めた声で話しかけてきた。
「盗み聞きとは趣味が悪いな」
俺もやはり潜めた声で応じながら、黒鷹と並んで自分たちの部屋に歩き出す。
「それは失礼。これでも旗色が悪くなったら加勢する気でいたんだけどな」
「お前が言うと胡散臭さが増して、猜疑心が強くなるだけだ。
黙っていた方がいい」
「はいはい。しかし、何でまたこんなことを?
随分真剣だったじゃないか。
君は確かにある程度の年までサンタクロースの存在を信じてはいたが、こくろはそうではないのに」
「だから、だ。
……本当はサンタクロースがいない、と知るまでの年月、俺は確かに楽しかったからな。
その分、事実を知ったときに少なからず落胆もしたが……あいつもそんな楽しみを持ってもいいんじゃないかと思って」
そう、サンタクロースが黒鷹だったとわかったのは、十三の時のクリスマス。
その時の俺の欲しい物は『好き嫌いをしないで何でも食べる黒鷹』だったのだ。
クリスマスの後、三日は顔色一つ変えずに黒鷹は食事を全て平らげていたが、四日目で降参だよ、もう勘弁してくれ。と長年のクリスマスについての種明かしをされた。
思えば、馬鹿馬鹿しい発覚の仕方だった。
「なるほどね。で、君はあの子の欲しい物がわかっていると?」
「お前だって本当は知っているだろう。
村にいくとあいつは無意識のうちに目で追っていたんだから」
「まぁ、ね。……やっぱり自分のものが欲しくなるんだろうな、植物図鑑」
「ああ。どうしても俺に気兼ねしてしまっているからな、俺のを読むときに」
こくろは本の扱いも丁寧だから、あまり読まれることを気にはしていないのだが、あいつが気にしている。
それに新しいものの方が情報が増えているし、やはり自分のものが欲しくもなるのは道理だ。
俺にしても、黒鷹の本を色々読んだりはするが、本当に気に入ったものは自分の手元に置いておきたいという感情があるから、何となく解る。
「そりゃあ、あれを君が大切にしていることをこくろは知っているからだろうさ」
「ああ、あれは最後のサンタクロースからのプレゼントだったからな」
「……十三の時のあれはカウントしてくれないのかい」
「三日しかもたなかった癖に。
せめて年内一杯くらいはどうにかして欲しかったぞ」
「大分あれでも頑張った結果だよ。解るだろう?」
苦笑いしながら、そんなことを言う黒鷹には俺も苦笑いする他ない。
自分たちの部屋について、棚の片隅にこっそり紛れ込ませていた包みを取り出し、机の上に置いた。
一刻くらいしたら、多分ちょっとやそっとで起きないくらいの眠りの深さになっているはずだ。
そうしたら、これをあいつの枕元に置いてくればいい。
「君がサンタ役をやるような歳になったとはね。
いやはや、時が経つのは早いものだ」
「あれから十年経つからな」
「で、目の前にいるサンタクロースは私には何もくれないのかな?」
「お前、子どもじゃないだろう。……何が欲しいんだ?」
「言わないと解らないかい?」
あと僅かで唇が触れ合うというところまで黒鷹の顔が近づく。
解らないわけがない。
「……小さいのが先、だ。その後ゆっくり相手をしてやる」
「ふふ。そうこなければね」
今、俺が欲しいのも結局黒鷹と同じなのだから。
では、まずは予約だけ。と黒鷹が呟きながら、俺の顎を捉えたから、大人しく目を閉じた。
子どもには子どもの、大人には大人のクリスマスの楽しみ方がある、と思いながら、重ねられた唇の感触に身を委ねた。
2006/12/06 up
打鶏肉設定の家族構成でのクリスマス話。
こくろは結構リアリストっぽいけど、玄冬は良くも悪くも素直なので、二人目の玄冬の時間を巻き戻しても、多分全然違うタイプだろうなぁと。
でもって、二人目玄冬は何だかんだで成長すると、養い親の狡さもちょっと受け継いでいたり。
- 2008/02/01 (金) 00:00
- 番外編