作品
あなたが居るだけで
我らの主が箱庭を去ってから、私の片翼は少しずつおかしくなっていった。
ひどく虚ろな、現を見ていない瞳。
夜な夜な主を求めて、正気でないままに探し回っては私が塔に連れ戻した。
この日も何時の間にかいなくなった彼女を探して、私は気配を求めて歩き回っていた。
「……っ……白梟っ」
見つけた相手は湖の中に、腰ほどまで浸かって佇んでいた。
何時から入っていたのか、浸かっていたのは腰まででも、纏っている衣は隅々まで水を吸っている。
慌てて、湖に自分も入って肩を掴んで見れば、すっかり冷え切った体温が伝わる。
「白梟! しっかりしなさい! 貴方は何を……」
「……こ……ですか」
「白……?」
「どこに……いらっしゃる……のですか……主……。
ずっと私はお待ち……しておりますのに……ど……して……」
白梟の身体がずるりと力を無くして、崩れ落ちる。
水に浸かってしまう前に支えて、なんとか抱き上げた。
元々華奢な人なのに、あれから余計に細くなった気がする。
「貴方には本当にあの方以外は見えていないのだね……」
一抹の寂しさを振り払うように、空間転移で急いで塔に戻る。
私たちは頑丈にできているけれども、決して死なないわけではない。
さすがに放っておけば命に関わるのだから……。
***
「……体温が……中々戻らないな……」
塔に戻る早々に水気を含んだ衣を脱がせ、湯を使い、部屋を暖かくしてベッドに眠らせたが、顔色はまだ青白く、体温は低いままだった。
「これは……仕方ないね」
人を温めるには人の体温が一番効果がある。
躊躇している場合ではなかった。
自分の服を一糸纏わず脱ぎすてて、ベッドに入り、冷えた肌を抱きしめる。
「……く……」
冷たさを全身で受けるのは少々辛かったが、それでもしばらく抱いていると少しずつ、白梟の体温が上がってきた。
「……あ…………?」
「……気がついたかい?」
もう大丈夫だろう。
そう思って彼女から離れようとしたところ、思いがけず強い力で掴まれた。
「白……梟?」
「戻って……きてくださった……のですね」
「え?」
「ずっと……お待ちしてました。
主……触れてください……。いつものように」
「……っ……よく見なさい!
ここに居るのはあの方じゃない、私だ、黒鷹だ」
「主……」
「ん……」
見ているのは幻覚だろうか?
主とは髪の色も目の色も雰囲気も何もかもが私と違うのに。
ひやりとした感触の口付けがそのまま心も凍らせる。
曲がりなりにも対の鳥であるというのに。
彼女の世界には私がいない。
「落ち着いて。……私がわからないかい? 主はここにいない」
「どうされたのです?
主……? 触れてはくださらないんですか……?」
「……っ…………」
哀しそうな声が酷く辛い。
こんな風に貴方を追い詰めたのは私なのだろうけど。
苦い感覚をねじ伏せて、白梟を抱きしめる。
彼女の世界の主の代わりに……。
***
「……ん……あぁっ……主……主っ……」
「……く……」
抱きしめて、その肌を隅々まで愛しても、白梟はただあの方を呼ぶ。
身体が繋がっても、こんなにも空虚なことがあるのだと哀しく思う。
ただ一人の私の片翼。
私に絡みつく熱も、快感を訴える声も全て私に向けられたものじゃない。
「報い……だな」
「は……あっ……主……っ」
あの方が箱庭を去る時に、何も貴方に言えなかったから。
言ったら、貴方も箱庭を去ってしまいそうだったから。
「や……ああっ……!」
貴方にまで去ってしまって欲しくないと。
……一人で次の役目の時まで留まっているのが辛かったから。
それが貴方を苦しませるだろうと知りつつ。
「ひ……っ……主……っ……主……!」
「っつ……!」
心が空虚でも、身体は走りはじめた快楽をより深く求めようと、律動が激しくなる。
導かれるままに頂きに上り詰め、深く奥で達した。
せめて、一時の繋がりを刻み込むかのように。
***
「……ん……黒……鷹?」
「……気がついたかい?」
朝、私を見返して来た若草色の瞳には力が篭っていた。
どうやら正気に戻ったらしい。
「私は一体……」
「覚えていないかい? 湖に浸かって放心していたのだよ。
体温がずいぶん下がっていたから、どうなるかと思ったがもう大丈夫のようだね」
「……そう、ですか」
身体を起こした白梟の手を取って、暖かいココアの入ったマグカップを持たせる。
特に抗うことはせず、ゆっくりとそれを飲み干した。
「……では……あれは」
「……うん?」
「……いえ、何でもありません。世話をかけました」
「まだ、休んでいたらどうだい?」
「もう平気です。気遣いは無用ですよ」
ベッドから起きあがって、彼女が服を纏う衣擦れの音。
音が止んだのを確認して、向き直ると何かがふっきれたような顔が微笑を返した。
「白梟」
「やれることはまだあるのだと、気付きましたよ、おかげでね」
「……え?」
「わからなければ、それで構いません。……邪魔をしました」
白梟が踵を返して、部屋を出ようと扉に手をかけたところで、動きが止まった。
「……有り難うございました」
振り返らずにそれだけ呟くと、彼女は部屋を出ていった。
……礼を言われるようなことは何もしていない。
正直戸惑うが……何故か、もう主を求めてさまようことはしない。
そんな確信だけはあった。
***
微かに覚えているぬくもり。
優しく気遣う仕草。
そして、自分の中から滴る放熱の名残。
……それらが何を示しているかなんてわからないわけは無かった。
「……良い気分はしなかったでしょうに、ね」
抱いている相手ではなく、別の相手を呼びつづけているなど。
ですが、おかげで気がついたことがあるんですよ。
「待つだけではダメなのですね。自分で……やれることをやらなくては」
そう、新たな時代の救世主が生まれるのを待ち、護らなければ。
この世界に平和をもたらすために、主が望んだ世界を作るために。
望んだ世界になれば……あの方も戻ってきてくださるかも知れない。
「その時まで……お待ちしていますよ、我が主」
まだ、春は始まったばかり。
何時か会えると思えば長い時は辛くない。
一人でないことはもうわかっているから。
2004/06/12 up
「惑楽」(お題配布終了)で配布されていた
「萌えフレーズ100題」よりNo41。
一方通行気味ですが、多分最初で最後の黒玄前提でない(ポイント)黒白。
色々未熟な部分が目立ったので、Junk Underに。
- 2013/10/09 (水) 01:10
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