花帰葬-Happy Life

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春風

「こんこんっ」
「大丈夫か?」
 
ちびくろがベッドの上で身体を丸めながら、苦しそうに咳き込む。
その背を撫でてやりながら、もう一方の手で額に触れた。
かなり熱がある。
 
「その様子じゃ、お花見は無理だね」
 
水を貼った洗面器とタオルを持ってきた黒鷹が、俺の後ろからそう声をかけた。
 
「ああ、仕方ないな」
「やだぁ……せっか……こんこんっ……楽しみにしてたのに……」
「無理に話そうとするんじゃない、ちびくろ。
来年だって花見は出来る。
だから今はちゃんと寝て、身体を休めないと。……いいな?」
「ん……」
 
黒鷹がベッドの横のチェストに洗面器を置いて、水で濡らしたタオルを俺に渡す。
それを受け取って、そっとちびくろの額に乗せた。
冷たい感触が気持ちよかったのか、ちびくろの表情が和らぐ。
今日は本当なら皆で満開になった桜を前に花見をする予定だったけれど、
ちびくろが風邪をひいてしまった状態ではとても行けるはずもない。
そういえば、昨夜はいつもより静かだった。
あの時には既に調子が悪かったんだろう。
 
「じゃあ、何かあったらすぐ俺か黒鷹を呼べ。
後で薬とお粥を持ってくるから」
「うん……」
「ちびたかはうつったら大変だから、部屋には来させない方がいいかな」
「そうだな」
「そういうわけだ。寂しくなったら呼びなさい。
傍にいて、何か本でも読んであげよう」
 
黒鷹がそっとちびの髪を撫でる。
ちびがこくんと頷くと小さい声で呟いた。
 
「くろたか……くろと……」
「うん?」
「どうしたね?」
「……ごめんね、ごめんなさい」
「……ちび」
 
消え入りそうな声に胸が軋む。
ちびだって好きで熱を出したわけじゃないだろうに。
きっと、昨夜何も言わなかったのだって、楽しみにしていた花見を潰したくはなかったからだ。
 
「君が謝ることじゃないよ。
気にしなくていいから、今はゆっくりお休み」
 
それをわかっているから、黒鷹の声はどこまでも優しかった。
 
***
 
「くろと、くろたか。くろは大丈夫?」
 
居間に戻ると、ちびたかがそういいながら、私たちに駆け寄ってきた。
 
「さっき眠ったところだ。
お前にまで風邪がうつったら大変だから、ちびくろがよくなるまでは、しばらく部屋にいくなよ」
「えー!?」
「まぁまぁ。君だって苦しい思いはしたくないだろう?」
「うー……つまんない」
 
ふて腐れた様子のちびたかを抱き上げて、宥める。
ふふ、随分重くなってきたな。
もう少ししたら、ちょっと抱き上げるのが大変になりそうだ。
 
「なら、私が遊んであげるよ。さ、何をしようか?」
「……お花見」
「……ちび」
 
少し険しい目でこちらを見た玄冬にちびが身体を萎縮させる。
 
「わかってるよ。ちょっと言っただけ」
「そうだな。来年は皆でお花見しようね。……ああ、私と二人でいいなら、今から少し見に行くかい?」
「いい。皆で行かないとヤダ。それにくろたかと二人なのもヤダ」
「ほう、言ってくれるじゃないか。ちびたか。傷つくなぁ」
 
ぐいっと頬の皮膚を掴んで引っ張る。
我ながら大人げないとは思うが。
 
「いだだっ! ほっぺた引っ張るなよ!」
「お前ら、少し静かにしろ。ちびくろが起きる」
 
そんな私たちを玄冬が呆れた顔で見ていた。
 
***
 
目が覚めて、部屋が凄く静かなのに気がついた。
……ああ、そうか。たーがいないからだ。
いつもだったら二段ベッドの上から何か話しかけてきたり、寝息が聞こえてきたりするのに。
早く、熱下がらないかな。
もう咳はあまり出ないけど、熱出してから、3日たったんだっけ。
くろたかもくろとも来てくれるけど、たーがいないのがつまんない。
お外はもう真っ暗。
ここからじゃ見えないからわからないけど……桜はもう散っちゃったのかな……。
皆でお花見、したかったのに。
 
キィ……
 
部屋の扉が開く音。
でも、そうっとした感じは……くろとでもくろたかでもない。
もしかして……。
 
「……たー?」
「……っ! ……しー……」
 
足音立てないように、たーがゆっくりとベッドに近づいてきて。
こつんと頭を合わせてきた。
たーの額が、ちょっと冷たくて気持ちいい。
 
「まだ熱いね、大丈夫? くろ」
「ん……昨日より大丈夫。
たー、くろたかやくろとは来ちゃダメだって言わなかった?」
「う……、だって」
 
絶対二人に内緒で来てる。
「しー」って言ったもの。
 
「くろに会いたかったんだもん」
「俺だってそうだよ。
でも、風邪うつっちゃったら苦しいよ? ……ねぇ、たー」
「ん?」
「ごめんね、たーだってお花見したかったよね」
 
俺が風邪引かなければ行けたのに。
 
「いいよ。くろともくろたかも来年はしようねって」
「うん。……ね、桜もう散っちゃった?」
 
お家の裏にも小さい桜の木がある。
お花見はそこでする予定ではなかったけど、あそこが咲いているなら、きっと他もまだ咲いてる。
 
「うーん、大分……あ! そうだ! 
今からこっそりちょっとだけ見に行こうか? 裏ならすぐだし」
「え? ……見たいけど……見つかったら怒られるよ」
「だから見つからないようにこっそり! 窓からいけばわかんないよ。
……あ、でもまだ身体しんどい?」
「ううん、ちょっとくらい全然大丈夫」
「じゃ、行こう!」
 
何かドキドキする。二人で秘密のことするのって。
桜、どうなっているのかな?
 
***
 
「うわぁ……!! 綺麗!」
「うん、夜の桜綺麗だね」
 
窓からこっそりと二人でお外に出て。
お家の裏を少し歩いたところにある桜を見に来た。
ピンクの花びらが風に舞ってすごく綺麗。
夜だと桜ってこんな風に見えるんだ。
暗いお空とピンクの花びらがなんか似合う。
 
「ありがとう、たー! ……くしゅん……っ」
「あ、寒い?」
 
くろが、くしゃみしたから俺が着てるマントで一緒に包んだ。
くろ、温かくて、気持ちいい。
でも、まだ熱がある。連れて来ちゃってよかったかな?
 
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
 
風に舞う花びらは綺麗だけど、ちょっと風は冷たい。
くろの熱上がらないといいな。
 
「ね、そういえば。くろとが言ってたんだけど。
今度桜の香りをしたお茶を作ってくれるって!」
「桜の香りのお茶? 作れるんだ! 楽しみだなぁ」
「お菓子も作れるっていってたよ! くろの熱が下がったらやるって!」
「わぁ!」
「だから、早くよくなってね、くろ。くろがいないとつまんない」
 
くろともくろたかも遊んでくれるけど。
でも、くろと一緒じゃなきゃ嫌だ。
 
「うん、早く治すね。一緒に遊ぼう」
「そうだよ! 早く遊ぼうよ」
「そう思うなら、その状態で外に出てくるのはどうかと思うがな」
「……っ!!」
 
がさりとした音の後に、後ろから声が聞こえた。
くろと二人で身体が固くなる。
 
「まったく……いけない子だね、うちのちびさんたちは。
こんな時間に外に出るなんて」
「ああ。……どれだけ心配したと思ってる」
 
二人とも声が怒ってる。
……物凄く物凄く。
後ろを振り向くのが怖かった。
 
***
 
「で? どっちがこういうことを考え付いたんだい?」
「俺!」
「や! でも連れて行ってって言ったのは俺!」
「まったく……まだ熱だって下がってないのに、お前たちは!」
「ごめんなさい!」
「ごめんなさい……」
 
しゅんとなった二人のちびを前に黒鷹と二人で顔を見合わせる。
……やれやれ。
 
「大事がなくてよかったけどね……こんな時間に黙って家を出たりするのはよしなさい」
「ああ。心配するんだからな」
 
部屋に行ったら、二人ともいなくてどれだけ慌てたか。
二人でそれぞれにちびを一人ずつ抱き上げた。
ちびくろを抱き上げた黒鷹が少し顔をしかめて、マントでちびを包む。熱でも上がっていたかな。
気のせいだろうか。
ちびたかも少しいつもより体温が高い気がするのは。
 
「じゃあ、お家に帰ろうか」
「…………ん」
「うん……」
 
黒鷹の促す声にちびたちが残念そうな声を出す。
すぐにでも帰って寝かせた方がいい。
それは俺も理屈ではわかるんだが。
……あまりに意気消沈した声が理屈を押し潰してしまう。
 
「もう少しだけ、見ていくか?」
 
だからか次の瞬間、つい口ではそう言ってしまっていた。
 
「……いいのかい?」
「もう、今更少し外に居る時間が延びたところで変わらないだろう。
それなら夜桜を皆で楽しんでいくのも悪くない」
「君から言うとは思わなかったね」
 
ごそりと黒鷹が懐から小さな水晶を取り出す。
空間転移装置だ。
 
「それなら、せっかくだ。もっと桜の木が多いところを眺めにいこうか。
こうして抱いていれば、ちびたちもあまり冷えないだろうしね」
 
……甘いのは俺だけではないなと、苦笑した。
 
***
 
翌日。

「うー……」
「……せっかく、ちびくろの風邪がうつらないよう、部屋に近寄らせなかったのにねぇ」

黒鷹が苦い顔でベッドに寝ているちびたかの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
心配していた、ちびくろの熱は朝には下がったが、今度はちびたかが
入れ替わるように熱を出してしまった。
本当に手がかかる。しょうがない子どもたちだ。
 
おまけ
 
「ちびたか。何か欲しいものはあるか」
 
玄冬がちびたかの髪を撫でてやりながら、そう尋ねた。
熱があるせいだろうが、玄冬の声が幾分いつもよりも優しい。
 
「ううん、何もいらない。……玄冬がいてくれればいい。
行かないで。眠るまで、傍にいて」
 
潤んだ目で玄冬の袖を引いて。
それに苦笑を零しながらも玄冬がちびたかの眠っているベッドに腰掛けて、袖を引いていた手を握ってやった。
 
「わかった。眠るまでこうしているから、ちゃんと寝てろ」
「ん…………」
 
病気のときは心細いだろうからね。
悔しいけど、今日は見逃してやろうじゃないか。
玄冬と目配せだけ交わして、部屋を出た。
じゃあ、私はたいくつしてるだろうもう一人のちびと遊んでこよう。
早く元気になりたまえよ。
君が弱っているとどうにも調子が狂うのだから。

2005/03/25 up ※元は一日一黒玄で連作してたもの。
視点が玄冬→黒鷹→ちびくろ→ちびたか→玄冬→(おまけ)黒鷹となってるのはそのせいもあります。
ちびたちは変に詳しく描写すると子どもらしくならないから難しいw

  • 2008/01/01 (火) 00:14
  • 年齢制限無

タグ:[年齢制限無][ちびたち4歳]

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