作品
いつかのメリークリスマス(黒玄前提花→玄風味)
「玄冬ー! 早くおいでよー!」
俺よりも先を歩いていた花白が、俺の方を振り返って手を振る。
「そんなに急がなくても、まだ市場は閉まらないぞ」
「何言ってるのさ。今日はこんなに人が多いんだよ?
あんまり遅いと市場が閉まらなくても、売り切れるかも知れないじゃないか」
「……ああ、そういえば」
買出しに来た街中がいつもよりも賑わっていることに、今更ながらに気がついた。
「そりゃ、クリスマスだもん。普段より賑やかなのに決まってるでしょ?」
「そうか。今日がクリスマスか」
「……玄冬。もしかして、本気で忘れてた?」
「ああ」
その返事に花白の顔が目に見えて呆れたものになった。
「はぁ……まぁ君らしいっていうか……期待はしてなかったけどさ」
「……悪い」
「あ! 別に謝るほどのことじゃないって。
……ねぇ、玄冬はクリスマスとかってやってなかったの?」
「いや、やってはいたんだが……いつも、黒鷹がクリスマスが近づくとツリーを出してきたり、飾り付けをしてたりだったからな。
それがないから、すっかり忘れていた」
黒鷹はイベントごとが好きだったから、そういうのを盛大に祝いたがっていた。
俺はあまりそういうのに執着しない性質だったから、そのせいもあったのかも知れない。
ああいう風に準備していたから、その都度、俺はそんな時期なのかと認識していた。
「……ごめん」
「謝らなくていい」
沈んだ表情になった花白の頭をぽんと軽く叩いて、心持ち早めに目的の場所へと二人並んで歩く。
――どうだい! 玄冬! 今年のオーナメントは! 見事なものだろう?
――……お前、そんな趣味の悪いものどこで見つけてきた……?
――ノン! 趣味が悪いなんて酷いよ! 可愛いじゃないか!
――時々、お前の好みに疑問を持つぞ、俺は。
――ひどいことを言うなぁ。
あんな他愛もない会話を交わしていた日々が酷く懐かしい。
ふと、通りすぎようとしたある露店の前で、どこか見覚えのあるカップを見つけた。
……そうだ。思い出した。
これはいつかのクリスマスに、黒鷹が対で買ってきたカップと同じものだ。
大分前に片方が割れてしまって、なんとなく一方だけで使うのも妙な気がして、使わなくなってしまったのだが。
「玄冬? どうしたの? あれ、なんかそれ見覚えある気が……」
「ああ、うちに一つあるからな」
「……そういえば、ずっと使ってないカップがあったよね」
「よく知ってるな」
「そりゃあね」
使ってない食器なんてあれくらいだよ、と花白がつぶやく。
そうかも知れないな。
あれには黒鷹と過ごした思い出が色々詰まっている。
だからこそ片方が割れてしまって、余計に使う気になれないのかもしれない。
……片方が欠けたカップはまるで自分たちのようで。
「……それ、そんなに気になる?」
「え……あ……」
なんとなく手にしたそれを置くつもりになれずにいると、花白が苦笑を浮かべた。
「それ、僕が買うよ。玄冬へのクリスマスプレゼントに」
「いや、俺は……」
「いいから、いいから! おじさん、それ包んでくれる?」
「はいよ、毎度!」
半ば強引に俺の手からカップを取って、さっさと店の人に包んでもらい、それをまた俺の手に戻した。
「はい! どうぞ」
「……有り難う。お前、何か欲しいものはあるか?」
一方的に貰うのも、どうかと思ったのでそう尋ねたが、花白は笑って首を振った。
「いいよ、僕は。その代わり。そのカップは僕が使う」
「……は?」
「で、玄冬はうちに残ってるカップを使いなよ。
それで、二人でお茶しよう。ね?」
「あれは……」
使う気にはなれないと言いかけたところを、花白が制止した。
「使ってあげないとカップだって可哀相だよ。
あれだってずっと大事に使ってたんでしょう?
せっかくまた対にしたんだから、使ってあげなきゃ」
「……そう、だな」
「あ! 時間思ったより経っちゃったね。
市場に行こう! 売り切れてないといいけど」
「ん? ああ……。そうだな、少し急ぐか」
駆け足になった花白を追って、俺も少し走る。
懐にはカップを収めながら。
……そうだな。かつて黒鷹としていたように、二人でこのカップを使ってお茶の時間を楽しんでみようか。
昔を懐かしむだけでなく、これからの話もしながら。
きっとそれをあいつも望んでいるだろうから。
2005/01/23 up
ブログでクリスマスにあげた分を、一ヶ月後に改めてサイトにあげました。
花に捧ぐEDベースで黒玄前提花→玄風味。玄冬視点。
風味、とかいうのは私がどうも、玄冬と花白はカプというよりは家族的な関係でいて欲しいというのがあるからです。
花白からはそうでなくても、玄冬側はひたすら黒鷹を忘れず
想っていて欲しいな……なんて。
(どこまで黒玄思考だ、己は!!)
うちの作品中、一番花白の扱いがまともな話かも。
- 2008/03/01 (土) 00:00
- 黒玄前提他カプ