作品
Square of the Moon(黒玄前提鷹花)
――すまない。……花白。
今でも鮮明に思い出せる。
玄冬が微笑って逝った最期の瞬間を。
持っていた剣から伝わった鈍い肉を切り裂く感触と、伝わり落ちてきた赤い血。
剣を持つ手の感覚がわからなくて震えるのに、血の温かさだけは変に実感があって。
玄冬の手が僕の髪を一撫でして、地に倒れても、現実なのか幻なのか分からなかった。
剣が手から離れて、地面にへたりこんで。頭の中で何かがずっとぐるぐると回っていた。
それから、どのくらい経っていたのかはわからない。
気がついたのは、小さく聞こえた呟き。
「……馬鹿な子だね」
顔を上げると、トリがいつの間にか来ていて。
玄冬を抱えて髪を撫でていた。
苦笑を浮かべながらも、愛しそうに。
しばらくそうやって居たかと思うと、トリが玄冬を抱き上げた。
「どこに……連れて行くの……?」
果たしてまともに声に出せていたのかどうか。
それでもトリはこっちに気付いて、僕に視線を合わせた。
「弔ってやらなければならないからね。このままにはしておけないだろう?」
「……だっ、だって…………でも!」
弔い、が上手く理解できなかった。
だって、そうしたら。もう玄冬と話せない。
「お前も帰りたまえよ。雪は止んだがそのままでは風邪をひく。
……あの人が待っているよ。救世主」
「……っ。待っ……」
風を感じたかと思った次の瞬間、もう玄冬とトリはいなかった。
そこに残っていたのは血に塗れた剣と雪原に零れている血痕。
「どう……して」
こんなはずじゃなかった。……ただ……。
――すまない。……花白。
「謝る、の……?」
謝るくらいなら、どうして。
僕は君と一緒にいたかっただけだったのに……!
もう君がいないなんて嘘だ。
ねぇ、玄冬。返事を……!
***
「やぁ、久しぶりだね」
かれこれ、半年ぶりくらいだろうか。
秋風の吹き始めた頃、私は久しぶりに片翼の元に訪れた。
決して歓迎の表情ではない面差しが溜息混じりに呟く。
「……何の御用ですか」
「そんなに目くじらたてなくてもいいじゃないか。 救世主の子どもは相変わらずかい?」
「貴方には関係のないことです」
ごく僅かな間だけ、目が細められた。
……相変わらず、ということか。
相変わらず、世界をまともに見ず、自分の中に閉じこもったままなのだろう。
「関係なくもないと思うがね。あの子どもに会っても?」
「貴方が会ったところで何か変わるとも思えませんが」
「わからないよ? それに変わらないのだとしたら、それこそ会う会わないにこだわらなくたっていいだろう?」
翡翠の目がその言葉に伏せられる。
少しの沈黙の後、「彼なら部屋にいます」と。
聞こえるか聞こえないかくらいの呟きが落ちた。
「どうぞご勝手に。……黒鷹」
「うん?」
「彼は……花白は間違ったことをしたわけではありません」
「……知っているさ」
法則に則って、世界を存続させた。
言ってしまえばそれだけの話だ。
「世界を救ったのは、確かに彼なのに……どうして」
「理屈と感情は別物だからな」
不意にあの子が居た頃の3人でのやり取りを思い出して、つい笑みを零すと白梟は複雑そうな表情になった。
「……貴方はもう笑えるんですね」
「笑うしか、ないからさ」
そう、笑うしかない。
いつまでも哀しむわけにはいかない。
だって、これは。
あの子が望んでいたことなのだから。
***
「おや、少し痩せたかね。
いけないなぁ、成長期には食べないと、いつまで経ってもちびっこのまんまだぞ?」
「…………っ!?」
聞き覚えのある声がして、辺りを見回すと、窓の外に一羽の鷹。
黄金の目が僕の方に向いていた。
「邪魔するよ」
「……っあ……!」
ばさり、と大きく羽ばたいた音に続いて、窓が開いて。
その拍子に入り込んだ風に目を閉ざしたら、次の瞬間には目の前に人型になったトリ……黒の鳥、黒鷹がいた。
「トリ……」
「やぁ、久しいな。息災にしていたかね、ちびっこ?」
「……何の用だよ」
「おや、用がなければ来てはいけないと? お前だって、よく我が家に用もないのに遊びに来ていたじゃないか」
「だって! あれは玄冬が……いた、から」
名前を口にした途端、思い出した。
切り裂いた肉の感触と温かい血を。
――すまない。……花白。
微笑って逝った玄冬の顔を。
僕が……殺した玄冬の。
ああ、もしかして。
「……殺しに、来たの」
「うん?」
「…………玄冬を殺した僕を……殺しに来たの?」
――君ってさ、何だかんだでバカトリに甘いよね。放っておけばいいのに。
――そうもいかない。あれでも親だからな。仕方ないヤツなんだがな。
困ったような口調なのに、玄冬は嬉しそうだった。
――黒……た……っ。んん……っ!
――……声。もう少し抑えないと、あの子どもに聞こえるよ?
玄冬にとって、トリが親なだけではないと知るまで、そう時間は掛からなかった。
玄冬がトリを見る目はどこまでも優しくて。
……悔しかった。
どこまでいっても、敵わないかも知れない。
それでも……玄冬は一緒に逃げてくれて。
何か、変わるかも知れないと思ったのに、
結果はああなった。
結局、僕が連れ出したことで玄冬は死んで。
恨んでいるかも知れない。
玄冬を殺した僕を。
「……そんなことをしたら、私はあの子に野菜を食べなかった時の比どころではなく、本気で怒られるだろうな」
まるで、今でも玄冬が居るみたいに。
何の気なしに話すその口調が酷く気に障って、僕の中で何かが切れた。
「……れなら」
「うん?」
「それなら! どうして……っ。
どうして、玄冬を僕に……殺させ、たりなんかっ!」
一緒にいたかっただけなのに。
多くを願っていただけじゃない。
ただ、玄冬と一緒にいたかった。
殺したくなんてなかったのに。
「……それが、あの子の望みだったからさ」
「な……!」
抗議の声を上げる前に、温かい感触が身体を包む。
抱きすくめられた、と気付いて抵抗する。
「離せよ、バカトリっ!」
「……『お前に育てられて、花白に殺される人生なら、何度繰り返しても悪くないと思う』」
「…………な」
「あの子がお前の元に行く前に、私に言い残した言葉だ」
「玄冬……が」
「知っているだろうが……あの子は普段は素直な癖に、偶に我が儘をいう時は強情でね。
……何を言った所で聞いてくれやしない」
トリの腕に力が入った。
僕の頭を抱えて動けないように。
もしかしたら、今の顔を見られたくないんだろうか。
「聞いてくれないのなら、叶えてやるしか出来ないじゃないか。
……自分でもあの子に甘いとは思っているのだけれどもね」
「……トリ」
「世界が続いて、自分が生まれる限りは殺しつづけてくれってね。
……言ってくれたものだよ、言われた方がどう思うかも気付いてないわけじゃないだろうに」
「……そんな風に言わせるように育てたのはお前じゃないか」
「ああ、そうさ。私も同罪なんだ。……だから、お前は悪くない。
お前はお前のやるべきことをやっただけだよ、花白」
「…………っ!」
――……お前は悪くない。……すまない。……花白。
玄冬の、声が聞こえる。
「やりたく……なかったんだ……」
「……そうだろうな」
「殺したくなんかなかった……っ!」
「すまなかったね」
「…………う……あ……ああっ!」
頭を撫でてくれる手に、涙が止まらなくなった。
玄冬が死んでから、初めて泣いた。
……泣くことが出来た。
***
「玄冬を……何処に埋めたの?」
一頻り泣いて、落ち着くとそう聞いた。
玄冬に会いたかった。
「お前も知っている場所だよ。今から行くかね?」
「……いいの?」
「……お前が来た方があの子も喜ぶさ。そのまま捕まっていたまえ。飛ぶよ」
「うん」
少ししがみ付く腕にに力を籠めて、ふわりと漂った匂いは玄冬と同じ匂いがした。
……悔しい。だけど、懐かしい。
玄冬と全然違うのに、玄冬を思い出す。
宙に浮いたような感覚は直ぐに消え、森の匂いがし、足が地についた。腕が解かれる。
「着いたよ」
「ん……あ、ここ……」
「あの子はこの花が好きだったからね。ここがいいと思って」
――凄い! こんな綺麗に桜が咲く場所、彩でも見たことないや!
――ははは! ここは私たちの自慢の場所だからね。見事なものだろう?
――うわぁ、花びらが落ちてくる……えい!
――やめろ、花白。わざわざ花びらを落とすな。木が可哀想だろう。ほら、メシにしよう。
――え……あ……。……何、これ。
――玄冬。この弁当箱の一段目、緑のものしか見えないんだが。肉はどこだね!?
――二段目にある。が、一段目を空にしないと二段目はあけないからな。大人しく食え。
――えー!?
――横暴だよ、君! 折角の花見気分が壊れるじゃないか! なぁ、ちびっこ!
――トリの言うとおりだよ、折角なんだから楽しんで食べられるものにしようよ!
――お前ら、こういうときだけ……!
あれは1年半前だったっけ。
随分と昔のことに思えるのに、1年半しか経ってないんだ。
「玄冬が弁当箱の一段目を野菜で埋め尽くしてきたときにはどうしようかと思ったね」
「……しかも、嫌がらせのように人参とか茸とか散々入っていた。それを笑って「食え」だもんなぁ」
トリも同じことを思い出していたらしい。
今は花は咲いていないけど、ここは玄冬とトリが自分たちのとっておきの場所だと連れてきてくれた場所。
桜は凄く綺麗で、花見は楽しかった。
「春に生まれたせいなのか、あの子は春がとても好きだった」
トリが穏やかに懐かしむような表情で木の幹を優しく擦る。
「あの子の望んだとおりに、こうして世界は続いて。
あの子の好きだった季節も過ぎた。
それでも、世界が続く限り、また季節は巡る。
そうして……やがてあの子がまた生まれてくる」
「…………トリ」
「また、あの子に会える。それでも。
……その時まではまだ長い。
こうして思い出話ができるのもお前しかいないのだな」
「…………思い出……話」
「少し外すよ。この裏の丘にいる。玄冬はこの木の下に眠っているよ。
二人で話すといい。話が終わったら来たまえ」
それだけ言うと、あいつは身を翻してそこから去っていった。
「……玄冬」
名前を呼ぶとまるで返事のように小枝が揺れる。
「ごめんね。……そして、ありがとう」
こんな形にはなってしまったけれど。
……僕はやっぱり君と会えてよかった。
「また……会えるんだね」
その頃には今の記憶はきっとない。
それでも。
「忘れない、から」
『今』の僕は。ずっと、君のことを……。
***
「……話は出来たかい?」
「うん。……その……あり、がとう」
「……お前に礼を言われるのは、些か妙な気分だな」
「……悪かったね、僕だって妙だと思ったよ!」
それでも、一言言うべきだと思ったから言ったのに。
「……礼を…………は……の方……」
「……え?」
小さな呟きが聞こえなくて、聞き返したけど、
トリは意地の悪い笑みを浮かべただけだった。
「いや、何でもないさ。送ろう。あまり長いこと連れ出してるとあの人に何か言われそうだ」
「ねぇ、時々来てもいい? ……その、玄冬のところにも、だけど。
……あの家の……方にも」
玄冬を思い出すのは哀しいけど、楽しかった時間も蘇るから。
玄冬の話がしたいと思った。
出来るのは一人しかいないから。
「いいさ、何時でも来るといい。あの子のように食事は作れないが、お茶くらいは淹れてやれる。
お前が来るならあの子も喜ぶだろうしね。
あの子の話をしようじゃないか、色々と。
ふふふ、ネタなら山のようにあるぞ!」
「な! 僕だってお前の知らない、玄冬のことを一杯知ってるんだからな! 僕だって……」
トリと色々話しながら、自分が笑えるようになっていたのに気がついた。
……そうか、トリは色々むかつくこともあるけど悪くないね。
きっと、春が来たらあの場所で花見をするだろう。
二人で好きなだけ肉を持っていったら、玄冬は呆れるだろうか。
ねぇ、玄冬。
僕たちは忘れないから。
大事な、大事な君のことを。
2005/08/19 up
+Pでいきなりぎゅんと萌えが来た黒玄前提鷹花です。
春告げの鳥EDで二人目の玄冬が亡くなった後の話。花白視点。
タイトルは某ゲームから持ってきてしまいましたが、今でもピント来るのが浮かばない……。
- 2008/03/01 (土) 00:02
- 黒玄前提他カプ