作品
六花~first ver.
「ねぇ、これはどう折ればいいの?」
「ああ、ここは内側に折って……そう、それでいい。上手だよ」
そういうと玄冬が屈託なく笑う。
その様子があまりに可愛くて、つい頭を撫でた。
ふと、何とはなしに思い立って折り紙なんて持ってきて、玄冬と一緒に折ってみたらこの子は予想以上に夢中になっていた。
そういえば、君は昔から手先が器用だったものな。
きっと元来、こういうことが好きなんだろうね。
「出来た!」
「どれ。ああ、よく出来てるじゃないか」
手にしているのは、小さな紙飛行機。
折り紙の本を捲っていたら、玄冬がこれがいいと言ったから。
空を飛ぶそれに、そういえば久しく鳥の姿になっていないなと思い出した。
私が鳥の姿になっていたのは、主に偵察や逃亡の為だったから。
玄冬がここから動くことのない以上は、私もやはり動くことはない。
だから、私は空を飛ばなくなった。
飛ばなくなったことさえ、ずっと忘れていた。
「ねぇ、これなら飛ぶ?」
「ああ、きっと大丈夫だろう」
「どうやって、飛ばせばいいの?」
「ふふふ、よく見ていたまえ」
「うん!」
自分で折っていた方の紙飛行機を手にすると、軽く掴んで手首をちょっと傾け、空気に乗せるようにして、指を離した。
放たれた紙飛行機がす……と壁に向かって飛んで、当たって勢いを失い、床に落ちる。
本当は、こういうことは外でやれたらよかったんだけどね。
君を外に出すわけにはいかないからな。
「凄い! ホントに飛んだ!」
「ほら、君もやってごらん」
「うん。えいっ!」
玄冬が身体ごと傾けて、紙飛行機を飛ばそうとしたけど、先端が下に向いていたせいですぐに落下してしまう。
「……う」
「うーん、それじゃあすぐ下に落ちてしまうよ。
もっと上に向けて飛ばさなければ。ああ、そうだ」
「え……うわっ!」
床に落ちた玄冬の紙飛行機を取るついでにあることを思いついて、そのまま玄冬を抱き上げた。
「じゃあ、抱いていてあげるから、このままで飛ばしてごらん」
少しでも高い場所で飛ばした方が、多少先端が下に向いていても、滞空時間は僅かに延びるだろう。
「うん。上に向けて放せばいいんだよね?」
「ああ」
「えい……っ、あ! 飛んだ! ……あ!!」
「しまった、そっちは……っ」
今度は紙飛行機が僅かに上に向いて、綺麗な軌跡を描いて飛んだけど、方向が悪かった。
ちょうど、高い位置の窓が開いていて、その窓の格子をすり抜けて、玄冬の紙飛行機がそのまま外に出て行ってしまった。
「俺の紙飛行機……」
「あーあ……窓の外の樹にでも引っかかってくれていればいいが。
おや」
「ん? どうしたの? 黒鷹」
「どうりで今日は冷えると思った。雪が降ってるよ、玄冬」
「え。…あ、ホントだ…!」
紙飛行機を確認しようと、玄冬を抱いたままで窓に近寄ると、ほんの少しだけど雪が降り始めていた。
まだ滅びには何の関係もない、ただ静かに舞い落ちる白いもの。
玄冬が窓の外を眺めながら、手を出そうか出すまいか迷っている様子だったので、促してやる。
「……触りたいんだろう? 手を出してもいいよ」
「ホント!?」
「少しだけならね」
「うん!」
嬉しそうに玄冬が格子の間から手を外に出す。
雪が小さなてのひらに乗ると、すぐにひっこめたけど、そのときにはもう雪は解けてしまって水滴が残っているだけになる。
「……もう解けちゃった」
「君の手は温かいからね」
「でも」
「うん?」
「すぐに解けちゃうけど、雪って綺麗だよね」
「……そうだね。雪が好きかい?」
「うん!」
「私も雪が好きだよ。一緒だね」
翳りのない笑顔で笑う玄冬に、私も笑い返した。
かつての君なら決して言わなかったし、言えなかったことだ。
まして、そんな笑顔をすることも。
今の君は雪が意味することを何も知らないから。
だからそうやって、笑うことができるんだね。
――玄冬。外を見てごらん。雪が降ってきたよ。
――雪? ……そう、か。
――何だい。はりあいのない言葉だなぁ。
――良いものじゃないからな。当然だろう。
――私は好きなんだけれどもね。雪が。凄く綺麗じゃないか。
――そう……思えるのなら。
――……うん?
――どれほど良かっただろう、とは思うけどな。
苦笑いと共に呟いた言葉。
『玄冬』であると教えたあの日から、君は屈託なく笑うということが無くなった。
笑わないわけではなかったけど、それはどこか、苦笑交じりで、本当に心の底から楽しそうに笑うということは出来なくなってしまっていた。
そうした挙句に、結局君が選んだのは、
『自分が生まれる限り、殺し続けて欲しい』ということ。
まだ、時々迷うのだけど、やっぱりこうして良かった、とも思うんだよ。
だって、今の君は笑えるから。
雪を見ても憂うことなく、『綺麗だ』と言うことが出来るから。
本当に楽しそうに笑ってくれる。
その笑顔を見ることが出来るから、約束を守ろうとしてしまうのかも知れないね、私は。
「黒鷹? どうしたの?」
「ああ、いや、すまないね、何でもないよ。
そろそろ寒くなってきたから、窓を閉めようか。
また、新しい紙飛行機を折ろうじゃないか」
「うん! 他のものも折ってみていい?」
「勿論だとも。折り紙が無くなっても、また明日、新しいのを持ってきてあげるから、いくらでも好きなだけ折るといいよ」
「うん!」
――お前にしか頼めないんだ。だから、頼む。黒鷹。
そうだね、確かに私にしか聞いてやれないことだ。
――俺はお前に育てられて良かったと思う。
私こそ、君がいてくれて良かったと思うよ。
――有り難う。
礼なんていらない。
私も自分の思うままに行動した結果なのだから。
だから、今しばらくは。この穏やかな時間を過ごしていけることを願う。
いずれ、また訪れる別離の瞬間までは、君は私だけのものだよ。玄冬。
2004/10/28 up
サイトup後に、個人誌『Ad una stella』収録により、
サイトから撤去したものを再び持ってきました。
雪花亭で配布されている
「花帰葬好きさんに22のお題」よりNo2でした。
撤去後にこのお題で別の話をやったのが、second ver.です。
ほんのり物悲しい紙飛行機でのお遊び。
黒玄で考えて書いた話ですが、カプっぽさがあまりないので黒親子とも言える話。
- 2008/01/01 (火) 00:06
- 黒玄