作品
或る個体における救済への標
――これから世界が続いて
繰り返される季節。世界は時に花に包まれ、雪に包まれる。
――俺が生まれる限り、
唯一人の選択がこの箱庭を永らえさせているのだと、知る者はもう少ない。
――俺を殺し続けてくれ。
それは滅多に我が儘を言わないあの子の願い。
私にしか頼めない、と請われたものを拒めなかったのは他ならぬ私。
誘惑は甘く、そして苦く。
至高の幸福と永劫の苦痛。
知っている。
そう選択してしまったのは私自身なのだと――。
***
「…………雪か。積もりそうだな」
あれは二人目の君が救世主の子どもと初めて会った次の冬。
家の中から、窓を通して空を見ていたあの子の呟きをきいて、私も玄冬の横に立ち、同じように空を眺めた。
優しい青灰色をした空。
私はこの色がとても好きだった。
何より一人なら寒い季節も、二人寄り添えば暖かく過ごしていける。
当時の私には、いや今も。
冬は好きな季節だった。
「ああ、これは根雪になるだろうね」
「越冬の準備が終わっていてよかった。
雪が深くなると村まで中々行けなくなるからな」
「……ふふ」
「? どうかしたか?」
「何、こうなると村までも早々行けないが、誰かが来ることも容易ではない。
私としては君と二人きりの時間で過ごすことが多くなる、この季節は大歓迎だからね。
つい嬉しくて笑っただけだよ」
「……普段から、ほとんど二人きりだろうが。今更何を」
微かに苦笑いを零しながらも、君の目は空よりもずっと遠くを見つめていた。
その視線の先に何があるのか、何を思っていたのか。
当時の私は気付かなかった。
いや、気付かないふりをしていた。
雪に閉ざされた冬より、花の舞う春に穏やかな笑顔を見せることにも。
そうして、数年の後。
命の器が満ち、選択の時が来て。
一度は桜色の子どもの手を取った君は、再び私の手を取った。
あの瞬間は大丈夫だと思ったのに。
救世主の子どもの元へ戻ると決めた時にも、まだ大丈夫だと思った。
……どうして、大丈夫だと一瞬でも思ってしまったのか。
『次』があると考えてしまったのか。
――俺が生まれる限り、俺を殺し続けてくれ。
繰り返す輪廻。
身体は違ってもその礎たる魂は唯一人。
何度生まれ変わっても『玄冬』であることに違いはないのに。
『次』なんて、ありはしなかったのだと気付いた時には遅すぎた。
生まれてくる都度、無邪気に笑いながら私の髪や指を掴む玄冬。
その癖、いつだって君は最期の瞬間にその手を伸ばすことはない。
せめて、一度でも『死にたくない』と叫んでくれたなら、何に変えても、その言葉に従い、この腕で君を護ったのに。
静かに訪れる死を享受し、安らかにさえ思える表情で逝く君。
そう、まるで『救われた』と言わんばかりのあの顔に、守護の鳥である私の存在を拒まれてしまっているように思い、私は手を差し伸べられないんだ。
二人目の君が私の手を取りながら、結局選んでしまった結末と『殺してくれ』と告げたあの言葉を思い出して……。
***
「もうすぐ、かな」
いつもより少し遅い春の訪れ。
あの子の生まれてくる前兆。
再び、玄冬を腕に抱ける日はもう目前に迫っている。
待ち焦がれた束の間の幸せの日々を思い、心が浮き立つ。
そして、同時にその先にあるものを思って、気分が沈む。
わかっている。
選んだのは玄冬だけでなく、自分もなのだということは。
「それでも……ねぇ、玄冬。私は思ってしまうんだよ」
狡いというのは十分承知の上で、君がいつか私を救ってくれることを。
私を殺してくれることを願う。
言葉には出さずに心の奥でひっそりと。
約束を守り、君を救い続けている。
それなら、一度くらい返してくれてもいいじゃないか。
君が私にしか頼めない、自分を殺し続けてくれと願ったように、私だって君にしか殺してくれということを頼めないんだ。
一人で過ごす冬など、ただ凍えるだけなんだよ。
それなら、願いを叶えてくれてもバチは当たらないと私は思うんだがね。
だから、一度くらいは何も言わずに差し伸べてくれたまえよ。
救いの手を。愛しいたった一人の私の子。
2006/?/? up ※企画サイトでは2006年5月投稿
かつて運営していた企画サイトFlower's Mixでのコラボ作品です。
S様による原案内容は以下。
『『春告げの鳥』ED後で、テーマは『救い』。
黒鷹or玄冬を主役……少なくとも準主役として出して下さい。
『救い』とは言っても、どんな形でも良いです。
滅びこそが『救い』だと主張されるのも良いですし、
救われないで終わるというのも有りかと。
カップリングや、シリアス・ほのぼの等の指定はありませんので、
気の向くままにいじり倒して下さい(笑
貴方の考える『救い』、お待ちしております。』
この原案内容で私が書かないわけがない(笑)
でもって、いつもどおりな感じですね。
春告げの鳥ルートは黒鷹、玄冬、双方のエゴによる結果であると思うと同時に、この上なく似たもの親子な絆が垣間見えてたまらなく好きです。
春告げでの玄冬が救われる手段は自分を殺してくれること、黒鷹が救われる手段も自分を殺してくれることなので、両方が同時に救われる術がなく、ループし続けるのがこのEDの痛々しいところだよなぁと。
(いや、そんなとこも好きだけど)
『救い』のキーワードに改めて考えてみたりしました。
- 2008/01/01 (火) 00:12
- 黒玄