作品
水も滴る……
ほんのりと湿り気を帯びた、纏わりつくような空気。
何となく部屋も暗いと感じて、窓を開けて空を眺めた。
朝は日が差していたはずの空は何時の間にか薄暗い雲が覆い隠している。
いつ降り始めてもおかしくない。……一雨来そうだな。
「っと……洗濯物」
すぐに外に干してあった洗濯物の存在を思い出し、庭に出て次々と洗濯物を取り込んでいく。
一通りそれらを運んで、家の中に全部干し終わった頃に聞こえ始めた雨音。
瞬く間に小雨からかなりの降りになる。
窓を激しく叩く雨粒の音に間に合ってよかったと一息ついた。
一仕事した後の休憩がてらにお茶でも飲もうと、湯を沸かし始めたところで、ふいに黒鷹のことが思い浮かぶ。
あいつは二日前から何処だかの市場に出かけていた。
そういえば、今日帰るとか言っていなかったか?
この雨だから、帰りを遅らせるということも考えられなくはないが、黒鷹は滅多に予定よりも遅く帰ってくるようなことはしない。
一応風呂を沸かしておくか。
あとタオルの用意だ。
傘なんて持って行ってないし、そうでなくとも鳥の姿で行き来するから、ほぼ間違いなしに濡れて帰ってくるだろう。
風呂を沸かし、タオルを二、三枚ほどソファに置いて。
お茶を淹れ、飲み終わって片付けようとしたところで小さく玄関の扉を叩く音が聞こえた。
やっぱり帰ってきたか。
「ただいま。開けておくれ、玄冬。お父さんだよー」
「ちょっと待ってろ。……わっ」
扉を少し開いたと同時に強い風と共に鳥の姿のまま黒鷹が飛び込んできた。
思ったより風が強くなっていたらしい。
黒鷹が家の中に入ったのを確認して直ぐ扉を閉じる。
黒鷹は軽く羽を震わせて水を少し払った後、人型に戻った。
全身見事に濡れている状態だ。
水を吸ったマントからぽたぽたと水滴が床に落ちる。
「ふう……凄いな今日の雨は。ただいま、玄冬」
「おかえり。こんな時くらい帰りを遅らせたらいいだろうに。
何もずぶ濡れになってまで戻ってこなくても」
「水も滴るいい男、だろう?」
「馬鹿言うな。風邪をひいたらどうする」
タオルを手にし、帽子を取っても濡れていた黒鷹の頭を軽く拭くと、目の前の顔が苦笑いした。
「だって君、私が遅く帰ると心配するじゃないか。それに寂しいだろう?」
「寂しいかどうかはさておき、風邪をひかれるほうが心配だ」
「何でそこでさておき、になるんだい。素直に寂しいと言ってくれればいいのに。
小さい頃はいつも私が帰ってきた途端に抱きついてくれたじゃないか」
「何年前の話をしている。いいから早く風呂に入って来い。
そのままじゃ身体が冷える。本当に風邪をひくぞ」
タオルを黒鷹の頭に置いたままにして背を向けた。
が、それが間違いだった。
「む。素直に寂しいの一言も言えない子はこうだよ!」
「う……わっ!」
背中から勢いよく抱きしめられ、濡れて冷たくはりついたシャツの感触につい声を上げる。
何でこう子どもみたいなんだ、こいつは……!
「お前……」
「ははははは! これで水も滴るいい男が二人だな。
揃ったところで仲良く風呂に入るとしようじゃないか」
「お前、最初からそっちが目的だったな」
「私は寂しかったよ」
「黒……」
ちゅ、と首筋に口付けされて、抱きしめられた腕に力が入ったのが伝わる。
「そりゃ、さすがに今日の雨はどうしようかとは思ったけどね。
君はきっと私の帰りを待って、色々用意もしてくれてるんだろうなと思うと、やっぱり帰りたくてたまらなくなったよ。
帰ってきて予想通りだったのも嬉しいね。
ねぇ、私はそうだったけれども君はどうだい?」
「…………帰らないと思ったら、何も用意なんてしてない」
そう、確証があった。
どんな天気だろうと黒鷹が確実に帰ってくるだろうと思っていたからこそ、風呂だって沸かしていたし、タオルだって用意していた。
結局それは、黒鷹の帰りを待ちわびていたということに他ならないというのは、自分が一番よくわかっている。
……悔しいことに。
身体に回された腕を軽く叩くと、小さく笑い声が聞こえた。
「うーん、まだ言葉としては物足りないなぁ。まぁ、いいか。
耳までこうして真っ赤にしてくれていることだし、残りは風呂の中で聞かせてもらえれば」
「…………っ!!」
三日ぶりだからね、覚悟したまえ。と耳元で囁かれた言葉に敗北が見えた。
きっと雨のことなど半刻後にはすっかり忘れ去っている。
せめて、今のうちに明日は晴れてることをひっそりと祈ろう。
洗濯物が増えることだけは確実だから。
2006/?/? up ※企画サイトでは2006年6月投稿
かつて運営していた企画サイトFlower's Mixでのコラボ作品です。
D様による原案内容は以下。
『6月、ということで雨の日のすごし方です。
雨が降っている日のお話であれば、その他の指定等はありません。
例えば、誰かが書いた日記の内容のような感じでもいいですし、雨の日の思い出でもいいです。
勿論、シリアス、ほのぼの、ギャグ、どんな内容でも歓迎です。
あ、CP要素ありもOKですよ。
そんな感じで、どのように書いていただいても構いません。』
花帰葬の世界だと【雪が降っている】という状態の想像は割と出て来るのですが、雨は意外に考えたことがなかったので楽しかったです。
やっぱり鳥の状態で雨に当たったら、黒鷹はずぶ濡れかなぁとそんなところから話が出来ました。
水も滴るいい男、は絶対に鷹に言わせようと思いながら書きました(笑)
- 2008/01/01 (火) 00:13
- 黒玄