作品
The pain of the name of love
「お前な……いい加減にしとけよ」
俺は溜息混じりに呟いて、救急箱を開けた。
目の前には細かい傷をあちこちにつけた黒鷹。
まったく、懲りないにも程がある。
どうせ、返り討ちにあうのがわかってるだろうに。
また、あの鶏と一戦交えていたところを間に割って入って止めた。
あいつが黒鷹には懐いていないのがわかってるんだから、余計な手を出さなきゃいいのに。
「連戦連敗なんて、悔しいじゃないか」
「毎度、傷の手当てをする方の身にもなれ。俺みたいにすぐに傷が治るわけじゃないんだから」
「うーん、それを言われると返す言葉がないがね。
痛た……少し沁みるよ、玄冬」
「我慢しろ」
黒鷹の両の手に散らされた細かい傷はどれも深くはないが、正直見ていて痛々しい。
大した傷でなくても、傷つかないにこしたことはない。
人の気も知らないで。
傷を消毒して、そっと傷に口付ける。
俺のようにすぐに治ってしまったらいいのに。
「あ……」
「? え? ……これ、は」
口付けていた部分の傷がすっと閉じて……何もなかったかのように、皮膚が元通りになる。
これは俺の身体と同じ反応。
「……黒鷹?」
「あー……その……なんと言おうか……」
黒鷹の困惑気味の顔が物語ってる。
『知っていた』と。
「……俺の能力なんだな」
「……そういうことになるね」
「自分自身だけでなく、人にもこの能力が有効だと?」
「君がそういう意思の元に使えば、ね」
「なんで……黙っていた」
知っていたのなら。
いくつも黒鷹の身体に痕を残さずに済んだ傷があるはずだ。
幾度も夜に首筋や背中にしがみついた時につけてしまったものや、何より……熊にやられたときの傷。
あんな大きい傷を身体に残しはしなかったのに。
黒鷹は少し笑うと、俺を引き寄せて抱きしめた。
手が優しく髪を撫でてくる。
「その能力はね……自分にはともかく、人に使うときは君の身体に負担をかける。
治癒する対象の程度が酷ければ、それに比例して。
それを知ってて使わせるわけないだろう?」
「それでも、命に別状はないだろう」
俺は『玄冬』なのだから。
少なくともその能力を使って死ぬことはありえない。
「そうだね。……だけど。いや。これは私の我侭なのだろうね」
「……黒鷹?」
髪を撫でていた手が、滑り落ちて耳や顎の輪郭をなぞっていく。
「君の身体には傷の類は残らないからね。
口付けた跡さえ、傷と数えられてしまう」
「黒……」
「だから、君の分も自分の身体に残してしまいたいのかも知れない。
君がそのことで心を痛めているのがわかっていてもね。
ほら、我侭な理由だろう?」
「……馬鹿だな、お前は」
俺のほうも、そっと腕を黒鷹の背に回して抱き返した。
触れた服の下の肌にはいくつも傷があるはずの背。
嬉しいと思ってしまってはいけないと。そう思うのに。
「では、その馬鹿に育てられた君はなんだろうね?」
「……馬鹿なんだろうな。やっぱり」
「ふふ……お互いさまだということじゃないか」
顎に手をかけて、上を向かされて。
重ねられた唇は優しかった。敵わない、な。
「でも……」
「うん?」
「手の傷は治させろ」
「大した傷じゃないのに?」
「だから、だ。
俺がつけた傷でもないんだから、残さなくたっていいだろう?」
「……そうくるか。負けるね」
大人しく差し出された手に唇をあてると、耳元にそっと低い呟きが落ちた。
「覚悟しておきなさい」
「うん……?」
「……後で、その何倍も君に口付けてあげようじゃないか」
「っ……!」
君が与えてくれたものは傷さえ愛しい。
2004/09/24 up
UP当時サイト3周年&残暑見舞い&60000HIT記念でのフリーSSでした。
玄冬の隠れ設定は美味しいなぁと思って、いつか使おうと思ってました。
鳥たちの治癒能力についても、話で触れようかと思ったんですが、
余計な方向に逸れていくのがわかったので、やめてしまいました。
人に能力使うと体力が~ってのは私の捏造ですw
玄冬の場合あんまり(どころか、まったく)意味ないですけど。
- 2008/01/01 (火) 00:18
- 黒玄