作品
cynical world
――此処……が?
――ああ。言っただろう? 何もない、と。
其処はまさに暗闇。
箱庭の明かりでほんの僅かに照らされる以外には何も無い。
冷たい虚無の空間。
時の流れから逸れた世界。
だからこそ。
何もない世界で、私たちは求め続けるのだ。
お互いだけを。
***
「…………っ」
何も無い。
時間の流れもないというのは、個の生存に関わってくる欲が頭をもたげることもない。
そう、本来ならば。
性欲だってあるわけがない。
だけど、お互い以外に何も縋れない。
そのことが私たちの思いを募らせる。
潤んだ青の目は私を求めて、私もまた君を求め、繰り返す。
口付け、触れて、抱き合い、繋がる。
時に静かに、時に激しく。
私は君の中に身を埋めて、君はただ私にしがみつく。
時折戯れ、悦楽の脱力感で眠る中で、幾度か玄冬が寝言で私を呼んだ。
――行くな。
――行くな……黒鷹。
甘えるように。
もしかしたら、私も。
眠りについているときに君を呼んでいるだろうか。
ここには君と私しかいないから。
他に呼ぶものもいないから。
互いの存在だけが、現実で、最後の慰め。
二人だけというのも悪くはないとは思っている。
それでも本当は、もっと別のものをあげたかった。
あげたかったけれど、今となってはどうしようもない。
それに、君は続いていく箱庭を時折眺めては、本当に満たされた表情になるから。
こうして続いていく世界を見られて幸せだと。
一緒にお前がいてくれてよかったと。
そんなことを君は言ってくれるものだから。
「……あ……っ…!」
……時折心に落ちる後悔は掻き消される。
***
「……知っているよ」
眠っている玄冬を起こさないように小声で呟く。
「私がこの状況に色々思うように、君もまた考えに耽ることがあることを」
――これは俺の我が儘で招いたことだろう。
――いいんだよ。……私は君がよければそれで。
そう言っても、優しい私の子は時折申し訳なさそうにする。
本当に可愛いったらないね、君は。
そりゃあ、私だって一人でここに来ることになったら、考えただろうし、君以外の誰かと二人きりなんて、耐えられやしなかっただろう。
君だから。他の誰でもない君が一緒だから。
こんな何も無い場所でも過ごしていける。
「結局は君だってそうなのだろう?」
虚無の世界にある唯一のぬくもり。
共にあるのが私だから、君もこの場所で過ごしていけるはずだ。
決して過度な自信でなく、当然のものとしてある絆。
箱庭を抜け出て、もう『玄冬』でも『黒の鳥』でもない。
あるのは立場に縛られた絆じゃない。
最初にあったのは確かに立場からかも知れない。
だが。
二人で時間を過ごし、相手を思うようになったのは、私たち自身の行動からに他ならない。
私は玄冬でなければだめだったし、玄冬も私でなければならなかった。
そうでなければ、こんなところまで二人で来れはしなかった。
私たちにはお互いしかいない。それだけのことだ。
――行くな……黒鷹。
「行かないよ」
君の傍以外のどこに行けというのか。
ねぇ、玄冬。
この冷たい虚無の世界で、君だけが全てなのだから。
2005/09/06 up
数少ない『てのひらの先に』ベースな話。
黒玄メールマガジン(PC版)第13回配信分から。
- 2008/01/01 (火) 00:17
- 黒玄