作品
Padre
「誰なんですか、貴方!」
「貴女がそれを知る必要はないよ」
突然に現れた私を警戒して、女が生まれたばかりの赤子を庇うように抱く。
紺青の髪と瞳の子ども。
やっと生まれたね、私の玄冬。
「貴女の抱いてるその子を迎えに来たんだ。その子は私の子だからね」
「何を言っ……」
女の目に手を翳して、耳元で囁きかける。
「……貴女の子は死産だった」
「死……産」
「生まれては来なかったんだよ。貴女の見ていたのは哀しい幻だ」
「…………あ」
力を送り、記憶を改竄する。
放心状態になった女の腕から玄冬を抱き上げる。
微かに目元が笑ったように見えたのは気のせいだろうか?
「……私がわかるかい? 玄冬」
「あー……」
無邪気に手を伸ばしてくる玄冬の手が私の指を掴む。
ずっとずっと君に逢いたかったよ。
虚ろな目をした女に言い訳のように呟いた。
「貴女が十月十日、この子が生まれてくる日を待ち望んでいたのは知っている」
なんと名をつけよう、なんと呼ばせようと夫婦そろって、幸せそうに語っていたのを思い出すと胸が痛い。
「……でも、私はその何百倍という気の遠くなる時間、この子が生まれてくるのを待っていた」
満開の桜を一人眺め、爽やかな風の吹く夏を一人で越え、美しく染まった紅葉が落ちる中一人身を任せ、優しい色をした空から舞い落ちる雪に玄冬の笑顔を思い出して。
そうやって幾度の季節を一人で過ごしながら、ただ逢える日を待っていた。
「すまないね」
酷い親だな、私は。
生まれるたびに君から母を奪い、母から君という子を奪う。
「それでも、渡せないんだ」
私のたった一人の愛し子。
君に逢えることを想えばこそ、一人で永い時を過ごしてきたのだから。
「さぁ、行こうか」
「あー……」
額に口付けを落とすとそれに応じるように声があがる。
手放さないよ、私の子。
時が再び君を奪っていくまでは、慈しんで愛して育てよう。
「……だから、許してくれたまえ」
貴女が大事にするはずだった分以上に、大事にするから。
せめてもの償いに。
2005/04/07 up
黒玄メールマガジン(PC版)第7回配信分。
春告げの鳥で玄冬が生まれるたびに、玄冬のその時の実の親に対して、毎回多分色んなやり方で玄冬を連れて行くけど、そのうちの一つ。
ツカラクシリーズ第一部ラストで、黒鷹が玄冬にも言えないようなやり方で玄冬を取り上げて来ているというのは、こういうケースだったり、もっとアレなケースだったり。
- 2008/01/01 (火) 00:18
- 黒玄