作品
誰が為でもなく日は昇る
「うー……流石にこの時期、この時間の山頂は冷えるね。早まったかなぁ」
「……言っておくが。初日の出を偶には見に行こうと言ったのはお前だぞ」
まだ日が昇るまで1時間近くはありそうだ。
例年、年明けはただ家の中でのんびり過ごすだけなのだが、珍しく黒鷹が初日の出を見に行こうと言い出した。
――外出した際に一度その周辺で朝日が昇ったときに出くわしたんだが綺麗でね。
――今年は年初め早々天気が良さそうだから、ぜひ君にも見せたくて。
そう言われては拒む気にはなれない。
冷えないよう、色々準備はしてきたのだが黒鷹の言うとおり、焚火をしていても中々暖まりはしない。
考えてみれば、一番気温の下がる時間帯でもあるんだから当然なんだろうが。
「おお! そうだ。良いことを考え付いた! ちょっと失礼するよ」
「え、あ、おい!」
目の前で黒鷹が鳥の姿に変化したと思ったら、そそくさと俺の懐に入り込んでくる。
「ふふふ、これで暖かい」
「お前、自分だけ……!」
「いいじゃないか。君だって暖かいだろう?」
「それは……そうだが」
しかし、不公平な気がする。
外気が身体に当たる面積が全然違う。
それでも、俺もさっきまでよりは暖かいのも事実だから、それ以上つっこむのはやめて、黒鷹ごとブランケットを被リ直した。
魔法瓶に入れてきたお茶を飲むと黒鷹も嘴を開いたから、少し冷まして黒鷹の口にも流し込んだ。
「うん、大分暖まったな。気を抜くとうっかり眠ってしまいそうだ」
「寝たら流石に怒るぞ」
「冗談だよ。……あ、玄冬」
「うん?」
「焚火を消してくれるかい。始まったようだよ」
「あ……」
ほんのり火ではないもので明るくなったことに俺も気付いて、火を消した。
ほんのり寒くなった分は懐の黒鷹を少し強く抱いて暖を取ることでやり過ごす。
地平線から空が明るみ始め、瞬いていた星がなりを潜め出す。
代わって徐々にその星々を結集したよりもなお、眩い日が顔を見せ始めた。
澄んだ空気の中で、雪原を照らす明かりは……例えようがないほど美しかった。
「綺麗だね」
「ああ……」
しばしの間、二人で黙り込んで。
ただ景色だけに見入っていた。
「さて、改めて。今年もよろしく頼むよ」
「ああ。今年こそお前は野菜を食えるように……」
「とぅっ!!」
「わっ」
いきなり黒鷹が言葉を遮って、懐から抜け出たかと思うと、雪原に倒された。
身体の上には人型に戻った黒鷹。
満面の笑みで見下ろされて、苦笑するしかない。
「……髪が冷たい」
「家に帰ったら風呂に直行しよう。そして姫初……」
「せめて一眠りしないか」
「身体を温めるのには丁度いいじゃないか。……駄目かい?」
「……駄目と言ってもやるつもりの癖に」
「ふふ。だって一年に一度しかないじゃないか」
「今日はまだ半日以上残ってるぞ」
「それはいいっこなしだ」
「ん……」
重ねられた唇を拒めなかった時点で、もう後の展開は決まったようなものだ。
結局、こうやって俺はこいつに負ける。
でもこのままでは癪だ。
「日も昇りきったことだし、そろそろ帰ろうか」
「……ああ」
身体の上からどいた黒鷹が手を差し出してくれたのを掴み、咄嗟の機転で黒鷹を雪原に転がす。
「わっ! 冷た……っ」
「このくらいは仕返しさせろ。これで両方雪塗れだ」
「はいはい。君もたまに子どもみたいな真似するね」
「最初にやったのは誰だ」
「ははは。まぁそれはおいといて」
「おくな」
二人で立ち上がり、何とはなしにもう一度口付けを交わして。
空間転移装置を使って、家に戻った。
***
どうかもうしばらく。
こんな日常が続いてくれることを。
全てのものに平等に照らす日差しに祈ろう。
新しい始まりのこの日に。
2006/01/02 up
2006年のお正月期間に上げたものです。
姫初めネタで黒鷹がヘタレてたのが気の毒だったので、先にこっちをupした記憶だけはある(笑)
- 2008/01/01 (火) 00:18
- 黒玄