作品
Abbia la solitudine chiamato il rammarico
無駄ではない。無駄だったはずがない。
あの子が自分で選んだ事だ。
この箱庭の存続の為に、繰り返し生まれては殺され続けるという事を。
私だって、自分の意思でそれに従う事を決めた。
玄冬がそう望むのなら。
幾度も繰り返しあの子に逢えるのならと、苦く思いながらもあの子の願いに折れたのは確かに私だ。
なのに。……それなのに。
一番最初に玄冬をこの手で育てた時、幼かったあの子が好きだといい、幾度か寝物語に聞かせた話を、繰り返し生まれてくるあの子にまた話す際に、何故、例えようのないくらいの虚無感が襲ってくるのだろうか?
玄冬は、私の傍にいるというのに――。
***
「お前、小さい頃に俺に読んで聞かせてくれてた話、結構改変して話していたんだな」
玄冬が本棚から取り出した本を読んでいたと思ったら、不意にそんな事を口にした。
幼い頃には一方的に話を読み聞かせていても、成長し、自分で本を読める歳になると自分で内容を確認出来るのだから、当然その事実に気付く。
それはとっくの昔に解りきっていたことだが、あまりにもどの玄冬も同じような時期に、同じような反応をするものだから、苦笑いしそうになる。
そう、私が最初に育てた玄冬から、既に何人目なのかも解らなくなった今の玄冬に至るまで。
微かに覚えた胸の痛みに気付かぬ振りで会話を続けるのもいつも通り、だ。
「おっと、ばれてしまったか。
いやね、一応、最初はちゃんと元々の話の筋書き通りに読み聞かせていたんだよ?
話の最初の方とかは、大抵そのままだろう?」
「それは……確かにそうだが」
「ただ、哀しい展開になり始めると君が泣きそうになってしまうから、お父さんとしては息子を泣かせたくないがばかりについ甘くなってしまい、こうハッピーエンドになるよう話を持っていってしまっていた訳でだね」
「……まて。哀しい話で泣いていたのはお前じゃないか?
俺の所為にしようとしてないか?」
「いやいや、それは気の所為というものだ。
うーん、やっぱり子どもの頃の記憶とは曖昧なものだなぁ」
こんなやりとりも何度目になるのか。
顔色が変わっても悟られないように、玄冬を引き寄せて抱きしめ、背をぽんぽんとあやす様に叩きながら、経てきた時の流れに思考を巡らせる。
幾度も聞かせた偽りの御伽噺。それが判明したときの会話。
そして……繰り返し生まれ、殺され続ける玄冬。
一人目の玄冬と二人目の玄冬が別人だったように、魂は同じものでも今の玄冬は二人目のあの子ではない。
二人目以降の玄冬は全て私が育てているとはいえ、いつかのあの子に聞かせた話は今のこの子には改めて聞かせないと知らないままだ。
そういう部分では別人だと解っているのだが、同時に全ての玄冬は玄冬以外の何者でもない。
魂に刻まれた情報はいつの世の玄冬も同じ姿にさせるから、錯覚しそうになる。
この玄冬は私と約束を交わしたあの子なのだと。
正しくもあるが、間違いでもある事実。
なのに、私はどこかでその間違いである方の事実を否定してしまっている。
だから――繰り返される流れが時々無性に哀しくなるのだろう。
繰り返してきた事、それ自体については無駄だとは思っていない。
いや、無駄だったはずがない。
それぞれの玄冬には出来る限りの思い出を持たせて、逝かせてきたつもりだ。
何も惜しまず、繰り返し生まれてくるこの子に愛情を傾けて。
極まれに、何らかのシステムの不具合で起きてしまうイレギュラーな事態を除けば、生まれてくる玄冬の記憶は、その都度白紙に戻る。
以前の玄冬に対してした事は何一つ覚えていない。当たり前だ。
幾ら、言葉を紡いで聞かせても、愛して隅々まで触れても、その全てを次の玄冬は憶えていない。
そんなこの箱庭におけるシステムを十分過ぎるほどに理解しているはずなのに、理解したくないという思いが何処かに在る。
しかし、御伽噺を繰り返し読み聞かせていると、その理解したくない真実を、目の前に強く突きつけられてしまう。
そう、哀しいのは御伽噺の内容よりも、どの玄冬も私と約束を交わした玄冬ではないということが解ってしまうのが哀しい。
一番最初に不幸な流れで終る御伽噺を改竄して幸せな流れに変えて話したのは、確かに小さかったあの子が話の流れに泣きそうになった事に動揺して、ついやってしまった事。
だが、その後は。
自分を犠牲にし、他者の幸せを優先させるという話に、ついこの世界を存続させる為に自分が殺され続ける事を選択してしまった玄冬を何処かで重ねてしまう部分もある。
その事も哀しいとは思う。だけど、それよりも哀しく思うのは。
どの玄冬も改変した話を聞かせた時点で言ってくれる事はないのだ。
それは、お前が作った話だろう?と。
どの玄冬も同じように途中まで原典に沿った流れに泣きそうになり、その後改変された話にほっとした表情を見せ、この話が好きだと言う。
手を加えた事には気付かず、元来の話と近い行動を自分で選んでおきながら、私が改変した話が好きだと言ってのけるのだ。
同じ姿、同じ声、同じ表情。
極め付けに内に秘めている魂も同じ。
それでも、この玄冬もあの子ではない。
私が最初に育てた玄冬ではないし、また幾人も育ててきたいつかの玄冬でもないのだと思い知らされる。
玄冬でしか無い癖に、目の前のこの子は、あの残酷な約束を覚えてはいない。
あの子は何処にもいない。
「いつまでも子ども扱いで誤魔化そうとするな」
「うん?」
そんな言葉に一瞬だけ動揺を覚えても。
「これでも記憶力は悪くないつもりだ。
どこかの誰かは結構適当な発言をするからな。
哀しい展開になりかけて、目を潤ませていたのはお前だぞ」
ほら。私の真意にまではやっぱり気付いていない。
気付いたのは表面上の誤魔化しだけだ。
多分、これがあの子だったのなら。
約束を交わしたあの子だったら、きっとまだ誤魔化しているものがある事に感付いた。
玄冬に幾度も繰り返し逢う為に、私はここにいるのに、約束を守り続けているのに、この子はあの子ではない。
「君だって泣いていたさ。やれ姫が可哀相だのなんだのとね。
それで、どうなってしまうんだ?と震えた声で話の先を促してきたのを私はしっかと覚えているぞ!」
それでも、繰り返していく以外の術を、私には思いつけない。
生まれてくるのは約束を覚えていない玄冬でも、きっとあの時と同じ展開になったら、玄冬はまた同じ言葉を私に向かって告げるだろう。
自分を殺し続けてくれと。あんな言葉はもう聞きたくない。
だけど、玄冬にはやはり逢いたくてたまらないのだ。
いつも焦がれるほどに玄冬が生まれてくるのを待っている。
玄冬が世界にいない間の喪失感を思えば、再び生まれて来た時の喜びは計り知れない。
以前の記憶がなかろうと、迎えに行くといつだって笑って無邪気に手を伸ばしてくる玄冬に、誰が冷たく出来るというのか。
結局、私には玄冬しか残されていないのに。
「そんなことはない」
「ほう? じゃあ、久しぶりに読み聞かせて試させてもらおうかな。
君の表情が動かないかどうか」
***
だから、私はまた繰り返す。
一番最初にあの子をこの手で育てた時に、好きだといってくれたあの話を。
あんな約束を君と交わしてしまった事に後悔しながらも、いつかの玄冬がそれはお前の作った勝手な創作だろうと言ってくれることを期待して。
2006/?/? 花帰葬集合誌寄稿分
物凄くいつもどおりのうちの黒玄。
- 2008/01/01 (火) 00:33
- 黒玄