作品
その手を薔薇色に染めて&やさしい嘘
その手を薔薇色に染めて[Kuroto's Side]
「珍しい……な。……お前が……傍にいてくれる、なん……て」
血に染まった指先の向こうに苦笑を浮かべた黒鷹の顔が見えた。
「『今の』君がかつての記憶を覚えていることを知っているからね」
頭を撫でてくれる手が心地よい。
刺されたはずの胸に痛みを感じないのは黒鷹の力なんだろう。
甘いな。
俺が痛みを感じていたとしても、きっとそれはあと数分のことなのに。
――直ぐに傷が治ることなんて知っているさ。……でも痛みを感じないわけじゃないのも知っている。
いつだったか、黒鷹はそうやっていって俺の傷を力を使って治した。
放っておいても、直ぐに治るはずのその傷を。
どうして、そんなに優しい?
俺はお前に残酷なことを繰り返しさせているのに。
「何か、欲しいものはあるかい?」
ほら、またそうやって。
そうやって甘えさせるから、俺は。
「話……を」
我が儘を言いたくなる。
「話?」
「……小さい頃の、ように」
「……御伽噺かい?」
「ああ。……いつでも幸せな……終わり方をしていた話……を……」
「あんな作り話がいいのかい?」
「話を聞いてるときは……嬉しくて、楽しくて。
……いつも幸せになれた」
「玄冬」
誰も死なない話。
登場人物皆が最後には笑う話。
黒鷹の作り話だとわかっていても。
「ずっと……聞いていたかった。……だから、聞かせて……くれ」」
あれは黒鷹が俺にだけ向けた話だったから。
俺を思って作った話だったから。
「……仕方ないね」
――一人で眠るのが怖い。嫌な夢を見たんだ。
幼い頃にそう言った時に、黒鷹はやっぱりそう「仕方ないね」といって。
話をしてくれたんだったな。
優しい口調で紡がれ始めた物語に耳を傾けて、目を閉じた。
***
「そうして、王子は…………玄……冬?」
いつしか静かに降り続いていた雪はやみ。
腕に抱いた玄冬は微笑みながら、その呼吸をとめていた。
子どもの頃の寝顔と何も変わらないのに、その目はもう開かれることはない。
力なく地に落ちた手を拾いあげて、紅く染まった指先に口付けを落とした。
幼い頃に幾度も物語を語っていても、君は流れが良い方向に向かうのを、
見当がつき始めたくらいに眠りに落ちてしまって。
話の終わりまで聞いてくれたことなんてほとんどなかった。
そして、また。
やっぱり、最後まで話を聞いてはくれなかった。
「……続きは、また君が生まれてきたときに話そうね」
それでも、またいつか語るよ。
君は幸せになれるといってくれた話だから。
軽く髪を撫でて、額にも口付けを落とす。
眠る前にいつもしていたように。
「……おやすみ」
再び生まれてくるその時まで、どうか良い夢を。愛しい子。
やさしい嘘[Kurotaka's Side]
「珍しい……な。……お前が……傍に……いてくれる、なん……て」
玄冬を抱きかかえると目元が和らいだ。
そんな顔をされると困るんだけどね。
何を言われても、応えてしまいそうで。
「『今の』君がかつての記憶を覚えていることを知っているからね」
――記憶が不意によみがえることがあるんだ。死ぬ直前に。
まれに玄冬は過去の記憶を持って生まれる。
が、そうでない時も死ぬ間際に、古い記憶が引き出されることがあるのだと。
今の玄冬はかつての思い出を持っていた。
――我侭でしかないんだろうけどな。
……そんな時は最期の瞬間までお前と一緒にいたいと思ってしまうんだ。
残していくお前が辛いだろうと解っているのに。
ああ、辛いさ。
だけど、君が苦しむよりずっといい。
少しでも安らかに逝けるのなら、記憶のあるときくらいは傍にいてやりたいと思う。
髪を撫でてやりながら、そっと力を送り込む。
せめて、痛みを感じることのないように。
「何か、欲しいものはあるかい?」
まるで熱を出した子どもに問いかけるように。
叶えてやれるものは限られているけれど、それでも私に与えてやれるものならば。
「話……を」
「話?」
「……小さい頃の、ように」
「……御伽噺かい?」
「ああ。……いつでも幸せな……終わり方をしていた話……を……」
「あんな作り話がいいのかい?」
改竄した童話。
悪人も善人も、誰も死なない。
最後は皆、めでたしめでたしで終わる、ハッピーエンド。
捻りのないありきたりで決まった話。
作り話とわかっていても、嘆いてしまう優しいこの子の為に、私は偽りの話を幾度となく繰り返した。
元の話がわかってしまうと、つまらないものでしかない、あれを君は望むというのかい?
「話を聞いてるときは……嬉しくて、楽しくて。
……いつも幸せになれた」
「玄冬」
「ずっと……聞いていたかった。……だから、聞かせて……くれ」
――一人で眠るのが怖い。嫌な夢を見たんだ。
――おや、じゃあ眠るまで話をしてあげよう。きっと嫌な夢は見ないよ。
そうやって、幼かった君に何度も添い寝をして、君は大抵終わり近くになって、皆が良い方向に向かうのを解り始めた頃に眠りについていたね。
「……仕方ないね」
それで君が嫌な夢を見ずにすむのなら。
息を一つ吐いて語り始めた。
「……昔々、あるところに。一人の女の子が……」
玄冬の笑う気配がした。
***
「そうして、王子は…………玄……冬?」
いつしか静かに降り続いていた雪はやみ。
腕に抱いた玄冬は微笑みながら、その呼吸をとめていた。
子どもの頃の寝顔と何も変わらないのに、その目はもう開かれることはない。
力なく地に落ちた手を拾いあげて、紅く染まった指先に口付けを落とした。
幼い頃に幾度も物語を語っていても、君は流れが良い方向に向かうのを、
見当がつき始めたくらいに眠りに落ちてしまって。
話の終わりまで聞いてくれたことなんてほとんどなかった。
そして、また。
やっぱり、最後まで話を聞いてはくれなかった。
「……続きは、また君が生まれてきたときに話そうね」
それでも、またいつか語るよ。
君は幸せになれるといってくれた話だから。
軽く髪を撫でて、額にも口付けを落とす。
眠る前にいつもしていたように。
「……おやすみ」
再び生まれてくるその時まで、どうか良い夢を。愛しい子。
2005/05/27 up
花々(閉鎖) が配布されていた「赤く染まる苦痛10題」、No9(玄冬視点)と
Kfir(閉鎖) が配布されていた「やさしい恋・10題」、No10(黒鷹視点)より。
流れ的に最後の部分は両視点で共通になってしまいました。
タイトルはやさしい嘘でまとめても良かったかなぁと思いましたが、今更なぁとも思ったので当初のまま。
幸せな結末で終わる偽りの御伽噺は綺麗事とも取れますが、自分の為に作られた結末なのを知っている玄冬はそんな話が好きだったかも、と。
- 2008/01/01 (火) 00:39
- 黒玄