作品
印~見覚えのないキスマーク
印
「うーん、ちょっとつまらないなぁ」
「……あ?」
行為の後。まだ身体から快楽の名残は消えず、二人で横になっていたら唐突に黒鷹が呟いた。
「何のことだ」
「いや、だってね。
君はすぐに傷が治ってしまう体質だから、せっかくキスマークをつけても、すぐ消えてしまうんだなぁと思うとね」
「何かと思えば、そんなことか」
「そんなことってことはないだろう! 折角の印が残らないなんて。
これじゃ誰にも所有の証を見せられないじゃないか」
「……誰に見せる気なんだ、お前は」
そもそも人に見せる類のものでもない。
「あの、小生意気なちびっこに決まってるだろう。
まったく……あの子どもときたらここに来るたびに私を敵対視して、色々と五月蝿いからね。
その上、私が当然のように玄冬の傍にいるのが気に食わないと言う。
ここらで、決定的に差をつけておきたいじゃないか」
「何の差だ、それは」
くだらない。あまりに子どもじみている。
花白を相手に何をムキになっているんだか。
「お前と花白じゃ、立場がそもそも違うだろう。
気に食わないと言ってるのだって、今に始まったことじゃないし」
「だから、面白くないんじゃないか」
「……んっ……」
首筋に軽く歯が当てられ、唇でついばまれる。
さらに舌で焦らすように舐められて、まだ余韻の残る身体が軽く震える。
「ちょ……黒……」
「……ほら、もう跡が消え始めてる」
不満げな口調で言いつつ、指でその場所を触れるのは止めない。
焦らす様な触り方に声がつい途切れてしまう。
「……っ、跡が消えてても、感じてないわけじゃ……ないんだからなっ……」
「……うん、知ってるけどね」
唇を誘われて、深く口付けを交わす。
くすぶっていた炎がまたちらつきだす。
だからだろう。つい、そんなことを考えてしまったのは。
そして、考えたことを口にしてみた。
「それなら、俺がお前に跡をつけてみるか?
お前なら消えることもないだろう?」
「……! そうか! それはいい考えだな。その手があったか!」
目を見開いて、にやりと笑う……ごねるかと思ったが、予想以上に乗り気だ。
「じゃ、つけてもいいか」
「おお、勿論だとも! 好きな所につけたまえ」
あまりにあっさり言われると雰囲気も何もあったものじゃないが……まぁいいか。今更だ。
ふと黒鷹の首筋に触れて、先ほどの言葉を思い出す。
「……見えるような場所がいいのか?」
と言っても、黒鷹の服はほぼ全身を覆う感じになっている。
首でもかなり上の方じゃないと、つけたところで見えはしないと思うが。
「ん? いや、君が好きな所で構わないよ。あまり見えるところもないからね」
「確かにな」
それでも、耳に近い首筋のあたりを選んで、肌を吸ってみる。
すると意外なことに黒鷹が小さく悲鳴をあげた。
「……っ!」
「……黒鷹?」
「あ、いや……その」
何やらバツの悪そうな顔に、少し良い気分になった。
「そうか、弱いのか。ここ……」
「……くっ……ちょ……玄冬、やめなさ……」
制止の声は聞き流して、そのまま反応のある場所を甘噛みすると抱きしめた身体が小刻みに震え出す。
黒鷹でもそんな反応するのか。
予想外に見つけた弱点に笑いがこみ上げてくる。
俺の行動でこんな反応をしてくれることが、何か嬉しい。
「玄冬……っ……場所、変えなさ……」
滅多にない経験を誰が逃す?
舌先を耳に入れると、さらに声が甘くなった。
「あ……っ……こっこら……」
後から思えばここで止めておけばよかった。
調子に乗ってさらに弱いところを探していたら、不意に一瞬の隙を突かれて、身体を引き剥がされ、そのまま、押し倒される形になる。
「ちょ……まだ終わって……な……」
「……君が悪いんだからね」
押さえられた肩に加減のない力が篭められている。
低い響きの声にやり過ぎを悟っても、もう遅かった。
獲物を捕らえる猛禽類の視線に、嫌な予感が足音を立ててやってくる。
「倍……いや、三倍にして啼かせてあげよう。覚悟したまえ」
「…………!!」
……この後、どうなったかはあえて口を噤む。
***
「ああ、見事に跡が残ってるね」
黒鷹が鏡を見て、俺のつけた印を確認していた。
「付けられたかったんじゃなかったのか?」
「いやぁ、それはそうなんだけどね。なんていうのかな。
ああなってしまうと思わなかったからね。
ちょっと親としての威厳を考えると、複雑な気持ちというか……」
「お前に親としての威厳なんか始めからない」
「ひどいなぁ」
頭を抱かれて、額に口付けを落とされて。
威厳はなくても、その温かさが何より好きだ。
とはいえ、言ったら調子に乗るだろうから、口にしないかわりに別のことを言った。
「跡をつけられるのは嫌か」
「ん? いや、嬉しいよ。
今日の午後、ちびっこが来るのが楽しみだねぇ」
「……花白で遊ぶのは程ほどにしておけ」
ちょっとだけ、後の想像をして苦笑いをした。
見覚えのないキスマーク
「玄冬。何だい、それは」
「え?」
「ほら、ここ。何かついて……」
言いかけて、俺の首筋に指を伸ばした黒鷹の動きがぴくりと止まる。
その場所に思い当たって……嫌な予感を感じた。
あれは昼間のことだ。
***
「……むかつく」
「……あのな、花白」
「何だよ、あのトリは!! 得意げにあんなの見せびらかして!」
あんなの、とは……俺が黒鷹につけたキスマーク。
花白で遊ぶのは程ほどにと言ったのだが、予想通りというか、なんと言おうか。
黒鷹が自慢するかのように、花白に見せびらかしたりなんかするから。
まぁ、やらかすだろうとは思ってはいたが。
「玄冬も玄冬だよ! 何でわざわざあんな……!」
「あ……いや、その……」
理由についてはさすがに言えない。
俺にはわざわざそんなことを言いふらす趣味はない。
「不公平じゃないか」
「何がだ」
「……僕にもつけてよ」
「は?」
「僕にもつけてったら! ずるいじゃないか、トリにだけ!」
「どういう理屈だ、それは……」
眩暈がする。
見せびらかす黒鷹も黒鷹だが、それに本気で怒って対抗しようとする花白も花白だ。
「断る」
「なんで!」
「ずるいも何も理由がないからだ」
「む~…………」
花白はしばらく何か考え込んでいたが、ふと口元に笑みを浮かべて、俺の首筋に手を当てた。
「そっか、じゃあ僕がつければいいんだよね」
「何でそうなる」
「だって、玄冬がしてくれないから。
……それに僕なら君につけられるかも知れないもの」
後半の言葉は小さな呟きだったが、はっきりと聞こえてしまった。
互いに言葉に出したことはない。
だけど知っている。
『玄冬』と『救世主』。
『玄冬』を殺せるのは、傷をつけられるのはこの世にただ一人。
『救世主』……花白だけだということを。
そうやって、考えてる間に花白が俺の首筋に顔を近づけてきて、軽く甘さを漂わせる刺激が走った。
「……っ……おいっ……」
「……やっぱり」
「あ?」
俺から離れた花白がにやりと笑った。
「今日はこれで帰るよ。……あー、すっとした」
「花白?」
「バカトリによろしくね。それじゃ」
***
今にして思う。
やけに晴れ晴れとした顔をして帰っていったのはそういうことか。
「……ちびっこか」
「あの……な、黒鷹……」
黒鷹の声が妙な迫力を伴う低いものになっている。
「他の場所につけられてなんていないだろうね?」
「っ……! ちょ……! 待て……!
他のとこになんてない……っから!」
「確認しないとわからない」
「ふ……っ」
壁に背を押し当てられて、襟を寛げられて。
黒鷹の唇と舌が首筋をじわじわと這っていく感触に足に力が入らずに、膝が崩れ落ちそうになる。
「ちょ……黒……っ」
「そんな声、あのちびっこに聴かせてやしないだろうね?」
「誰……が……!」
「……絶対にもう、こんなことさせるんじゃないよ」
「やっ……お前……どこ触って……っ」
黒鷹の手が辿った場所に焦って抗議の声を上げたが、手の動きは止まらなかった。
「嫉妬で私を怒らせたくはないだろう?」
「あ……!」
本気の黒鷹の眼に射抜かれて、服を脱がされ、肌という肌に口付けされ、
欲情に霞んだ意識の底で思った。
今夜もろくに眠れそうにないと。
***
「……邪魔なんだけど」
あくる日。
花白が来た時に、僅かさえも席を外そうとしない黒鷹を相手に花白が睨みつける。
「邪魔だと人の事を言う人間が、一番本当は邪魔なのだよ、ちびっこ。
念の為に言わせてもらうが、ここは私と玄冬の家だ。私がいて何が悪い」
「ちびっこって言うなって言ってるだろ!
とにかく邪魔なんだから、あっち行けよバカトリ!」
「断る。君と玄冬を二人きりになぞさせたら、どんなちょっかいを出されるかと思うと、とてもとても。
親としては黙っていられないからね」
「何が親だよ! ……ああもう! 玄冬!
このバカトリなんとかしてよ!」
「落ちつけ、お前ら……」
たまには静かにお茶を飲みたいと思うのは、俺の贅沢なんだろうか?
2004/06/06&2004/06/14 up
「惑楽」(お題配布終了)で配布されていた
「萌えフレーズ100題」よりNo67(印)&No42(見覚えのないキスマーク)。
嫉妬とキスマークシリーズ、と称していたものの第一話と第二話をまとめました。
第三話は嫉妬に狂った鷹が反撃というわけで、under ver.へ。
こちらからどうぞ。
- 2013/09/10 (火) 00:18
- 黒玄