作品
これが幸せ
[Kurotaka's Side]
「玄冬。ちょっとい……おや、これは……」
私の部屋で本を探していたはずの玄冬に用ができたから、部屋に入って声をかけたら、ソファーで横になって眠りに落ちているのに気がついた。
読みかけだろう本を腹の上に載せて、眼鏡もかけたままで。
この子にしては珍しい。疲れたのかな。
眼の下にはうっすらと隈が出来ている。
「そういえば、昨夜は明け方近くまで離さなかったからね」
起こさないように優しく髪に触れながら、昨夜の行為を思い出す。
あんまりにも君が私を呼ぶ声が可愛かったから、加減なんてとてもできなくて。
ただ、ひたすらに君を感じたくてたまらずに、何度も何度も繰り返し抱いた。
そういえば、最後は声さえまともに出せずにいたかな。
「朝、普通に起きられていたから、さすがに若いと感心してたんだけどねぇ……」
夜までは結局もたなかったか。
ずれかけている眼鏡を静かに外すと鼻の筋の両脇に赤く跡が残っている。
玄冬の体質だとすぐに消えてしまうだろうけど。
どこかその跡が無防備さを醸し出していて、可愛い。
言ったら君は怒るんだろうけどね。
早くも薄くなりかけている跡を惜しむように、そっと口付けた。
どうしてだか、玄冬の肌はほんの僅かではあるけど、甘いような気がする。
舌先でちょっと跡を突付くと、伏せられた少し長めのまつげが微かに震える。
でも目は閉ざされたまま。
悪戯心を起こして、もうちょっと強く舌で跡を押すように触れ、次いでゆっくりと唇を移動させる。
額、瞼、鼻筋、頬、耳など、とにかく顔のあちらこちらに。
軽く押し当てて滑らせるだけの、キスとは呼べないような行為を繰り返す。
途中で玄冬の皮膚がぴくりと反応したのには、気付かないふりで続けて。
顔に触れてない場所が残らないくらいに触れて、もう一度最初の場所から繰り返そうとした途端に、肩をつかまれた。
「……いつまでそうしてるつもりだ……っ」
目は閉ざしたままに、何時の間にかほんのりと紅潮した頬で玄冬が呟いた。
「起きたのかい。おはよう、玄冬」
「気付いてたくせに……白々しい」
「目を開けてはくれないのかね?」
「……お前がもうちょっと顔を離したらな」
今はお互いの吐息がかかる位置にある。
「いいじゃないか。別に」
「顔をそんなに近くで見られるのは、恥ずかしいだろうが」
「昨日だって、散々見てるのに」
「いいから、離れろっ……」
「いやだね」
「っ……!」
今度は派手に音を立てて、玄冬の瞼に口付けた。
それだけでも玄冬の身体がぴくりと反応する。
「……ちょ……黒鷹……っ」
「君が悪い。
そんな可愛い反応返されたら、襲ってくれといわんばかりじゃないか」
「! 昨日だって、散々……!」
「関係無いね。……嫌なら拒み給えよ」
私も意地が悪い。
君が拒んだことなんてないのを承知で言っている。
二人で熱を共有し、触れ合い始めたときに、ちゃんと言ってある。
コミュニケーションなのだから、嫌だと思う時に応じることはないのだと。
体調や気分にも左右されるものだし、無理なんてする必要はどこにもない。
それでも。君は私を拒んだことはない。
私の方で無理に抱いても、後で文句を言いつつも、受けとめてくれる。……どうして、そうしてくれるのかも私はよく知っている。
「できるわけないだろうが……っ」
「玄冬。……目を開けなさい」
「…………ん」
聞こえるか、聞こえないかくらいの小さな呟きの後に伏せられていた目が開く。
深い海の底の色をした瞳は微かに熱で霞んで潤んでいる。
ああ、やっぱりね。
「始めから言うことを聞いていれば良いのに」
散々、昨夜溶け合ったくせにまだ欲しいと望む。
愛おしさに限度はないからね。
玄冬の腹の上に載っていた本を床の上に置き、さらにその上に外した眼鏡をコトリと置いた。
「……癪だからな」
「そこがまた可愛いんだけどね」
「……っ……こら……」
言葉の意味は制止を示すけど、甘い響きはその逆を示している。
本当は私が望んでいたように、君も私を望んでいたのだと知っている。
触れたいと思う。
身体の機能に限界は来ても、心の方に限界はない。
別に行為に及ぶまでは行かなくても、肌のぬくもりは感じたいと思う。
そう、君を感じていられればそれでいいんだよ。
君だってそうだろう?
知っているから、君も私を拒まない。
君の何もかもが愛しい。
「黒鷹」
「夕食前に一眠りしないかね?」
「……また、夜眠れなくなるぞ」
「眠らせてあげるよ。昨日みたいに」
「今日は無理だ」
「試さないとわからないよ?」
「どうだか」
苦笑を返す君の目が穏やかに優しい光を宿しているのを知っている。
多分、私の方も。
幸せ、だと思うのだよ。
何気ない日常が。
ふとした瞬間に繋がってることがわかる心が。
求めるものは君と同じ。
きっとそれは至上の幸福。
優しい時間が何時までも、何時までも。
続くことを願ってやまない。
[Kuroto's Side]
ソファーに横になりながら本を読んでいると、酷く眠気に襲われた。
霞んでしまう目を擦るが、どうにも視界ははっきりしない。
昨日はことのほか黒鷹がしつこくて、何度も繰り返し抱かれていた。
その所為だろうか。
開放されたのは空が明るくなり始めた頃。
可愛いと幾度となく告げられた言葉と、優しい視線に行為を拒めず、求められるままに付き合った。
夕食にはまだ時間がある。
ほんの少しだけうたた寝しよう。
本を腹の上に置いて目は閉じた。
***
柔らかく温かな馴染んだ感触が、顔のあちこちに落とされる様子に意識が覚醒した。
誰がやってるか考えるまでもない。
黒鷹の唇の感触。
いつまで続けるつもりなのか、ひたすらに滑るその感覚の気恥ずかしさに
耐えられずに、制止をかけた。
「……いつまでそうしてるつもりだ……っ」
掴んだ肩から小さい笑いによる、黒鷹の身体の振動が伝わる。
「起きたのかい。おはよう、玄冬」
「気付いてたくせに……白々しい」
「目を開けてはくれないのかね?」
「……お前がもうちょっと顔を離したらな」
顔にかかる吐息に、ごく近い場所に黒鷹の顔があるのがわかる。
「いいじゃないか。別に」
「顔をそんなに近くで見られるのは、恥ずかしいだろうが」
「昨日だって、散々見てるのに」
意識してないのか、わざとなのか。
昨夜の行為を思い出し何とも言えない気分になる。
「いいから、離れろっ……」
「いやだね」
「っ……!」
今度は派手に音を立てて、瞼に口付けが落とされる。
まずい。身体の中心が疼き始める。
まるで連鎖反応のように思い出す。
黒鷹の指を。唇を。舌を。
繋がる時の焦がれるような熱を。
あれだけ昨日求め合っているというのに。
「……ちょ……黒鷹……っ」
「君が悪い。
そんな可愛い反応を返されたら、襲ってくれといわんばかりじゃないか」
「! 昨日だって、散々……!」
「関係無いね。……嫌なら拒み給えよ」
「できるわけないだろうが……っ」
嫌なわけがない。
拒めるわけがない。
何時だって本当は触れていたいと思うのに。
ただ、理性がそれを押しとどめる。
人として、それだけではいけない、と。
それを知ってか知らずか。
黒鷹が穏やかに優しく囁く。
「玄冬。……目を開けなさい」
許しを請うかのようにも聞こえるそれに結局折れた。
「…………ん」
予想通り間近にあった、黄金色の瞳が柔らかい光を湛えている。
仕方ないね、というような表情に敵わないと思う。
「始めから言うことを聞いていれば良いのに」
本が腹からよけられコトンと小さな音がした。
多分寝ている間に外されていた眼鏡を置いたんだろう。
「……癪だからな」
「そこがまた可愛いんだけどね」
「……っ……こら……」
耳に触れた唇に、つい出す声が鼻にかかるようになってしまったのが恥ずかしい。
どうせわかってはいると思うけれども。
……嬉しいんだ。
黒鷹が俺の存在を望んでくれている、そのことが。
また、俺も黒鷹を望んでいることを受け入れてくれているのも。
ただ触れたいと願う。望む。
愛しいという感情に限界はないのだと、黒鷹が教えてくれた。
望んでいる証の行為としてセックスをするのだっていい。
だけど、そうじゃなく。
ただ触れるというのだけでも全然構わない。
どんな形でもいつだって存在を感じていたい。
「黒鷹」
「夕食前に一眠りしないかね?」
「……また、夜眠れなくなるぞ」
「眠らせてあげるよ。昨日みたいに」
「今日は無理だ」
「試さないとわからないよ?」
「どうだか」
気遣うように覆いかぶさる身体。
優しく頬に触れる指につい笑った。
こんな何気ないやりとりさえ愛しい。
……幸せだと本心から思う。
求め合える相手がいるのは、何て安らげるのだろう。
例え、いつか。
この時間が終わりを告げたのだとしても。
この暖かい気持ちを抱いていけるから。
それでも許されるなら、願いたい。
もうしばらくはこうした時間を過ごせることを。
再び唇に落とされた口付けに応じるように
腕を黒鷹の背に回した。
言葉になんて、きっとできないだろうけど。
深い感謝と愛情を捧げよう。
ただ一人の優しい俺の鳥に。
2004/09/03&2005/01/01 up
「惑楽」(お題配布終了)で配布されていた
「萌えフレーズ100題」よりNo66。(黒鷹視点)
黒玄メールマガジン(携帯版)第一回配信分より。(玄冬視点)
眼鏡の特徴を持たせたかった話なのに、結局ただのラブラブw
- 2013/09/10 (火) 01:08
- 黒玄