作品
澄んだ空の下で
[Kurotaka's Side]
「今年も綺麗に咲いたね。……どこかで見ているかな」
見上げた桜は見事なほどに咲き誇っている。
君の一番好きだった花。
去年までは毎年二人で花見に来ていたこの場所に今は私一人。
いや、やっぱり二人かな。
この木の下で君は眠っているのだから。
玄冬が作ってくれた果実酒の最後の一瓶。
自分の分はグラスに分けて、残っていた僅かな量を木にかけた。
せっかく作ったものを無駄にするなと君は怒るかな。
でも、君と一緒に飲みたかったんだよ。
記念の日だからね。
――誕生日がわからないというのなら、一緒に祝おう。
――お前が俺を祝ってくれるという気持ちと同じくらいに、俺も祝いたいから。
そう小さかった君が言ってくれたのはいつの話だったか。
グラスを傾けると、甘い果実の香りが桜の香りと優しく混じる。
木の根元に腰を下ろして、グラスに分けていた方の酒を手にする。
風に舞う花びらが別れた日の雪を思わせた。
そして、二十三年前。
こうやって、花びらの舞う中で、私は小さな君を腕に抱いて連れて帰った。
昨日のことのように鮮明に覚えているのに、君はもういない。
「……早く生まれておいで、私の愛しい子」
次の君も春に生まれてくるだろうか?
やっぱり桜が好きだというのかな。
言ってくれるだろうか。
また一緒に誕生日を祝おうと。
[Kuroto's Side]
「今年も綺麗に咲いたね。……どこかで見ているかな」
ああ、ここにいる。
今年も綺麗に咲いたな。
どこか影のある微笑で黒鷹が果実酒を桜の木の根元にかけた。
俺にくれたつもりなんだろう。
……一緒に飲めたらよかったな。
地に座った黒鷹の横に寄り添うように座る。
触れられはしないし、俺の声も聞こえない。
それでも、僅かな間だけでも傍にいたかった。
どうして、ここにいられるのかわからない。
もしかしたら、特別な日だからだろうか。
最後の最後にもう一度お前と花見がしたいと、青い空が見たいと。
誕生日を祝いたかったと思ったからだろうか。
――おめでとう!
日付が変わった途端に二人で顔を見合わせ、そう言って笑って。
黒鷹のあの笑顔を見るのが嬉しくて、誕生日を一緒に祝うのが楽しかった。
自分が『玄冬』であると知った直後、一時期だけ誕生日が嫌だったことがある。
世界を滅ぼす存在が生まれたことを誰が祝福する?
黒鷹にそう言ったら、哀しい顔をして、抱きしめられた。
――私は祝福するよ。この先も、ずっとずっと。
――大事な子どもの誕生日を祝福しない親がどこにいるね?
――私は君がいてくれて良かったと思っているのだから。
「……早く生まれておいで、私の愛しい子」
黒鷹の呟いた言葉に、泣きたくなった。
こんな道を辿っても、お前はまだ俺が生まれてくるのを望んでくれる。
俺が次に生まれても、満面の笑みで誕生日を祝ってくれるんだろう。
きっと、そんなお前に俺は何回生まれても甘える。
誕生日を祝ってくれるのも、甘やかしてくれるのもお前だけだから。
2005/04/26 up
春の日差しのように -Side B-(後編)ラスト部分をリメイクして、誕生日企画サイトにUPしたもの(黒鷹視点)&黒玄メールマガジン(PC版)第7回配信分(玄冬視点)でした。
- 2013/09/13 (金) 08:50
- 黒玄