作品
君が逃げるからだよ
「……君がいけないんじゃないか」
紅に染まった手袋。
濃厚な血の臭い。
笑っていない黄金の眼は今まで知る何よりも恐ろしい、と思った。
「やっぱりあの時。会わせるのではなかったね。
運命の悪戯とは全くもって恐ろしいものだ」
「……誰……だ、お前……」
黒鷹であるはずがない。
冷たく花白を見下ろし、息絶えた遺体を足先で蹴り上げるような真似を黒鷹がするわけがない。
「黒鷹だよ。君の養い親で、情を交わす相手。……君こそ誰だい」
「……く……ろ…………」
「ねぇ。……私を置いて白の子どもと逃げようとした、君は誰だい」
「……っ」
重なった唇からさえ、血の臭いしかしない。
触れ合う感触は確かに知っているものなのに、纏う雰囲気は別人だ。
それがより一層恐怖を呼び起こす。
恐れるものなど、何もなかったはずなのに。
「君が逃げるから、こうなった。
私はそんなことをさせるために君を育ててきたわけじゃないよ、玄冬」
「黒……鷹」
「……おいで」
「あ…………」
雪が積もり始めた花白の身体の横を何食わぬ顔で歩き出す。
そこに何もなかったかのように。
「何れ、ここも雪に埋まる。
もっと高い場所から世界の終りを眺めようじゃないか」
俺が後をついていくことを疑ってもいないのだろう。
振り返らずにさっさと進んでいく。
「……もしも」
「うん?」
「俺が逃げなかったら結末は違ったのか」
「多分ね」
どうして気付けなかったんだろう。
自分のことしか考えていなかったからか。
黒鷹の歪みに気付けなかった俺に責めることは出来ない。
他に誰もいない。
そう、最初に戻っただけだ。
黒鷹と二人で過ごしていた頃に。
余計なことを考えなくてよくなっただけだ。
「おいで」
「……ああ」
だから、もう一度呼ばれた声に素直に歩き出し、並んだところで黒鷹の手袋と俺の手袋を外して、直接手を繋いだ。
小さかった時のあの頃のように。
迎えに来た手に。
2005or2006/?/? up
花々(閉鎖) が配布されていた「気狂い10題」より、No5。
玄冬が逃げるのを許容出来なかった黒鷹の図。
- 2013/09/13 (金) 08:54
- 黒玄