作品
想いの温度
ほんの僅か、うとうとしていたらしい。
かちゃり、と何かが鳴った音に目が覚めた。
音の鳴った方向に顔を向けると、サイドテーブルに二つのマグカップを載せたトレーを置いた黒鷹と目が合った。
なるほど、今のはトレーを置いた時に食器がたてた音だったのか。
そのまま黒鷹がベッドに腰を下ろして、俺の髪をそっと撫でてきた。
「気が付いたかい、玄冬。ミルクティーを淹れてきたけど飲むかね?」
「……貰……う」
「ふふ、まだ声が擦れている」
「誰の……所為だ」
「私だね」
身体を起こすと黒鷹が俺のシャツを渡してくれたから、軽く袖だけ通す。
見れば黒鷹もシャツの釦を留めてはいなかった。
覗いた肌に自分がつけた口付けの跡を見つけてしまい、つい気恥ずかしさに目を逸らしたら、それに気付いた黒鷹が可笑しそうに小さく笑う。
「君がつけたんだろうに」
「……五月蝿い。お前、前閉じろ。目のやり場に困る」
「それは断る。まだ身体が熱いからね。君だって前を開けっ放しの癖に」
「その割には淹れてきたのは熱いミルクティーか?」
「適度に冷ましてあるよ。
温いくらいかも知れないが、きっと今の君には丁度いいんじゃないかな」
黒鷹が確信しているようにそんなことを言って、俺にカップを渡す。
ごくり、とお茶を喉に流し込むと確かにこれ以上はない程に丁度良いと感じた。
どういうわけかは知らないが、たまに行為の後に黒鷹が淹れてくれるお茶は、いつもその時に欲しいと思うものがくる。
それは時にアイスティーだったり、ミルクティーだったりと異なるのだが、何故かその時に一番欲しいものだったりする。
茶葉の種類も、バリエーションも、温度も。
俺は何も言ってはいないのに、まるで考えが筒抜けになっているみたいだ。
「何で……」
「うん?」
「何で、お前いつも丁度いいお茶を淹れてくるんだ?
俺は何が欲しいとは言わないのに」
「ふふ、単純なことだよ。
私は自分が欲しいと思うものをそのまま淹れてるだけだ」
「それだけ、なのか?」
「ああ、だから君が丁度いいと思っているということは、
ただ単に私達の意識に温度差がないだけの話だろうさ。
……そう、例えば」
黒鷹がさりげなく俺の手からカップを取り上げて、サイドテーブルに自分の分のカップと一緒に置くと、自分もベッドに入ってきて、俺のシャツの隙間から手を差し入れ、軽く肌を撫でてくる。
「ちょ……黒鷹」
「私は今、もう一度繋がりたいとまでは思わなくても、君と肌を触れ合わせて軽く戯れていたい、と思っているのだけど。
君の方はどうだい?
激しく触れ合うのはなしにしても、緩やかな気持ちよさをしばし味わいたいとは思っていないかね?」
「それ……は」
否定できずに二の句が告げられない。
確かにそんな風に思っていた。
最中は繋がった場所から湧き上がる激しい悦楽に流されるままになってしまっていたから、優しい体温に静かに身を委ねてゆったりと過ごしていたいと。
確かにそういうことを考えると互いの想いに温度差はないということだろう。
だけど。
今はそうだとしても、触れていたらそれだけではすまなくなる可能性も十分にあるわけで。
「……もしも、それだけで終わらなかったら?」
「その時はその時さ。
私が先に昂ぶったとしても、君もそれにつられるだろうし、逆もしかりだ。
で、問題点が何か?」
「……ないから困る」
再び寝かされた身体の上に黒鷹が笑いながら覆い被さる。
「何を困ることがあるんだか」
「錯覚してしまいそうになるからだ。何もかもが通じそうだと」
「ほう? じゃあ、通じてるように思う私の方は錯覚だということかな」
「……いいや」
触り心地のいい髪に手を伸ばして掴み、そっと引き寄せて近づいた耳元にこそりと囁いた。
「少なくとも今は錯覚じゃない。……多分」
身体だけでなく、心も溶けて通じ合う。
一緒にいるとそんなものかも知れない。
耳にそのまま軽く口付けたら、黒鷹も同じようにしてきて。
次はきっと唇だという確信を持ちながら、目を閉じた。
2005or2006?
Kfir(閉鎖) が配布されていた「やさしい恋・10題」、No5。
甘々な事後の話。そして多分そのまま二回戦の事前w
- 2013/09/19 (木) 08:40
- 黒玄