作品
護るべきもの
――懐かしい、その腕の中に戻りたい。
――微笑む顔は誰よりも……。
「好きなのか? その歌」
「え?」
部屋で何とはなしに絵を描いていたら、不意に横からお茶の入ったカップが差し出され、そんなふうに玄冬に訊ねられた。
描きながら無意識に何かを歌っていたらしい。
「すまない、意識しないで口ずさんでいたらしい。歌って?」
「ほんのり物悲しい感じの曲。
お前が昔、夜に俺を寝付かせようとしてた時にもよく歌っていたやつだ。
『懐かしい、その腕の中に……』」
「ああ、それか」
玄冬が曲の一節を口にして直ぐに納得が言った。
……確かによく歌っているのかも知れない。
昔は意識的に。
だが、今は馴染み過ぎて無意識に口に出る歌。
「まぁ、好きな曲とは言えるんだろうな。気になるかい?」
「何となく、な。
……色々歌は聞いた気がするが、それが一番懐かしいというか、印象に残っているから。
俺もその曲は好きだけど、小さい頃は聞くと少しだけ怖かった」
「ほう? それは初耳だね。
君の口から怖かったなどと聞こうとは意外だ」
「言っておくが、本当に小さい頃の話だからな。……笑うなよ。
その曲を聞くと怖かったのは、お前が何処かに行ってしまいそうな感じがしたからだ。
多分、後半の歌詞の所為だと思うが……黒鷹?」
うっかり一瞬だけ顔が強張ったのかも知れない。
玄冬の視線が戸惑いを含んでいた。
誤魔化すように腕を伸ばして抱きしめる。
「いやぁ、君もまだまだ可愛いな!
うんうん、そうか怖かったか。ふふふ、それはすまなかったね」
「ちょ……お茶が零れる! 小さい頃の!
昔の話だと言っているだろう! 今じゃない、勘違いするな!」
「ははは、そんなに照れなくてもいいじゃないか!
大丈夫、私は何処にも行かないよ」
「…………昔の話だと言っているのに」
少し拗ねたように呟きながらも、玄冬も私の身体に腕を回してくれる。
本当に大きくなったものだ。
腕に収まっていたあの頃を思うとくすぐったい気分になる。
私は何処にも行かないよ。
君を護るのが私の役目なのだから。
そう、あの人の分まで。
彼女の命が潰える瞬間には間に合わなかった。
だけど、玄冬のいる場所が明確にわかったのは、あの強い思念のおかげだ。
――『玄冬』だとしても渡さない! 私がこの子を護らなければ誰が護るというの!?
君があの曲が怖かったと思うのは、微かにあの時のことが脳裏にこびりついているからと考えてしまうのは、私の穿ちすぎだろうか。
……あれは彩の都周辺に伝わる子守唄。
生まれた場所のことを何も知らない君にせめてそれだけでもと、よく昔は選んで歌っていた曲。
もしかしたら、君は彼女の胎内で聞いていたかも知れない。
そして、君の目の前で失われた命。
無意識にそれが恐れを抱かせていたと思うのは考えすぎだろうか。
私はずっと君の傍にいるよ。
何があっても護るから。
――懐かしい、その腕の中に戻りたい。
――微笑む顔は誰よりも優しかった笑みはもう見られない。
――ああ、だけど。私も今はこの子に笑うことが出来る。
――ねぇ、空から見てますか。
――貴方の腕の中を思いながら、私はこの子を抱きます。
――おやすみ、坊や。良い夢を見られますように。
2005下半期か2006年上半期あたり
雪花亭で配布されている
「花帰葬好きさんに22のお題」よりNo15。
モデルの歌はありますが、歌自体は捏造したもの。
モデルになった歌は某魔王な18禁ゲーム内でちらっと出た子守唄。
黒鷹は玄冬に出生地とかを言わない代わりに、せめてと幾つかの子守唄に縁のある曲を入れたようなイメージがあります。
- 2013/09/27 (金) 00:57
- 黒玄