作品
怖い
それは不意に降り注いだ雨のような感情だった。
何かきっかけがあったわけでなく、突然に考え付いてしまったことだった。
いつも、黒鷹は優しく気遣って俺に触れてくるけども、過去にそうやって触れた相手がいたのかと。
俺は全て黒鷹から教わった。何もかもだ。
愛し方も、愛され方も。
でも、黒鷹は恐らく違う。
俺に触れるように、俺に話し掛けるように……あの優しい雰囲気で接した相手がいたのかも知れないと思うと、急に怖くなった。
俺の世界の全ては黒鷹が関わっているのに、黒鷹は違う。
黒鷹には黒鷹の時間があったことくらい、わかってるつもりだけど。
一度走り出した黒く霞む感情は留まらなかった。
「……一体どうしたというんだね」
ため息混じりに黒鷹が呟いたことに、内心ぎくりとしたものの、表面上は何もないかのように振舞う。
「何のことだ」
「私が何も気付かないと思うのかい? 今日の君は少しおかしい」
「別に。……気のせいだろう」
自分の中の嫌な……醜いとも言える感情を知られたくなくて。
目を逸らして、黒鷹の横を通り過ぎようとしたら、酷く強い力で腕を掴まれた。
「……っつ。何の……」
つもりか。と続けようとした言葉は、黒鷹の視線の前に出てこなかった。
心の底まで見透かすかのような、真っ直ぐで深い黄金色の瞳。
「私を見くびるのは止したまえ。本当にどうしたというんだ。
怒っているとか、いうよりは……そうだな、寧ろ君自身が戸惑ってるような、いや、後ろめたいという感じかね」
「……っ!」
図星を差されて、思わず顔が熱くなる。
二の句が告げられずにいると、唐突に抱きしめられた。
背中に回される腕と抱かれて感じるぬくもりに、動揺するのを隠せない。
「まったく……何でも自分で抱え込もうとするのは君の悪癖だね」
背中にある手が優しく撫でる。
「泣いてしまっても、みっともないなんて思わない。
……顔を見られたくないのなら、見ないから。
何をそんなに頑なになっているのか、言いなさい」
「……っつ……………………わい……」
静かに感情の壁が崩壊し始める。
優しい声と言葉には抗えない。
「玄冬?」
「……お前が……っいなくなったらと……思うのが……怖い……っ」
「どうして……私がいなくなると?」
「俺は……俺の世界にはお前しかいないけど……お前は違う……だろ」
「玄冬」
「他の……誰かにも……そうやって……っ!」
もう、自分でも何を言いたいのか。
言葉が上手く繋がらない。
「……嬉しい。と言ったら君に悪いかな。
泣くほど嫉妬してくれるとはね」
「……え……あ……」
顔を上げられて、拭われた涙の向こうの顔は、穏やかに微笑んでいた。
「ねぇ、玄冬。今、現在、この時というのは全て。
自分が経て来た時から成り立っているんだよ」
頭にそっと手が置かれて撫でられる。
小さい頃のように。
「そりゃあね。
君より遥かに長い時を生きてきているから、何もなかったとは言えないけどね。
……今は誓って君だけだよ。
慈しんでいるのも、愛しいと思っているのも……触れるのも」
唇に落ちる柔らかな優しい感触。
ああ、唇同士のキスは特別なのだと、それを教えてくれたのもお前。
「だから、君の傍から離れるつもりはない。頼まれてもね。
……それでは、答えにならないかな?」
「……悪かった」
ひどく、自分が恥ずかしい。
子どもじみた独占欲から来ていた感情だというのが、今更ながらによくわかっていたから。
「……許さないよ」
「え?」
黒鷹の眼が優しい光を湛えて笑っている。
「今夜一晩はね。
私だって、これでも一日中どうしたものかと悩まされたんだ。
その責任くらいは取ってくれたまえ」
「……ああ」
先ほどのキスとは違い、熱を孕んだ激しい口付け。
その先を断る理由は何もなかった。夜はまだ長い。
2004/06/25 up
「惑楽」(お題配布終了)で配布されていた
「萌えフレーズ100題」よりNo14。
割りと初期の頃に書いたので、そこはかとない別物感と強引さを感じるw
- 2013/10/08 (火) 02:03
- 黒玄