花帰葬-Novel Under Ver.

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約束と後悔の残酷な方程式(玄冬Ver.)

「お帰り、黒鷹。今日は遅かっ……黒鷹? どうし……っ!?」
   
いつものように部屋に戻ってきた黒鷹。
だが、その様子は明らかにおかしかった。
凍りつくような視線に酷く固い表情。
平素のあいつからは考えられないような……負の感覚といえばいいのだろうか。
近寄りがたい空気が漂っていた。
一瞬、近寄るのを躊躇ったが、結局は傍に駆け寄った。
放っておいていいようには思えなかったのだ。
そうして、黒鷹に触れようとした瞬間に、強く抱きこまれて、深く口付けされた。
一切の前触れなしに。
   
「……んっ…………」
    
軽い口付けから始まるのではなく、どこまでも深く、口の中を蹂躙されるようなそれに、戸惑う。
歯列を辿り、舌の裏も表も嬲るように。
こんな激しさをぶつける黒鷹は珍しい。
が、その珍しさが逆に煽り立てて、いともたやすく、動悸は早くなっていくのを自覚する。
そうして、唇が離れ、不意に力の抜けたその時。
床に身体を押しつけられるように倒された。
ゴツ、と石畳の床に頭がぶつかり、派手な音を立てる。
   
「いっ……た。ちょ……黒た…………か?」
   
抗議の声を上げようとして、言葉を飲みこむ。
いつもは強い輝きを放つ琥珀色の瞳が、深い闇に包まれてるかのように底知れなかった。
それに戸惑っている間に、黒鷹は胸元の赤いリボンタイをするりと外して、俺の両手首をきつく縛り付けた。
遠慮のない縛り方だから、肌とタイが擦れて微かに痛みが走る。
   
「おい! お前、どういうつも……」
「……少し黙っていたまえ」
「つっ……どうし、た……」
「黙っていたまえと言った。聞こえなかったかい?」
   
冷たく響く低い声。
……怖い。
初めてだった。黒鷹をそんな風に思ったのは。
   
「くっ……」
   
がり、と鎖骨に歯が立てられる感触。
甘噛みとかじゃない、傷つけるつもりでやっている。
俺の身体は傷が直ぐに塞がるけれど、傷つけられた瞬間に感じる痛みまで消えるわけじゃない。
一体何があった? どうしてだ?
……こんな黒鷹を俺は知らない。
なのに、触れ合う肌も、匂いも、何もかもが黒鷹以外の誰でもないことを示している。
戸惑う俺を余所に、黒鷹は俺のシャツの前を開け、ズボンと下着を纏めて脱がす。
そんな作業もどこか他人事のように見る。
時折、黒鷹が俺の身体のアチコチに噛み付くことによる、微かな痛みがただ妙に現実的だった。
しかし、さすがに身体をうつ伏せにされて、腰を上げられ、唐突に貫かれたときには悲鳴をあげた。
   
「あ……くぅ……っ! やっ……やめ……! 痛っ!」
   
繋がった箇所にいつもの甘い痛みはない。
当然だ。
いつもなら丁寧な前戯を施して、俺が黒鷹を受け入れられるように準備してくれるのに、今日はそれがない。
苦しささえ感じるような圧迫感と、鋭い熱い痛みが辛かった。
相手のことを考えていない、ただ激しい律動。
快感どころではない。
それでも、生理的に身体がなんとか少しでも痛みを逃そうとしてるのだろう。
何とか、苦痛だけではないものを感じ始めた頃に、背後で微かに呟きが聞こえた。
   
「もう、あれからどれほど経っただろうね」
「あ…………?」
「あの言葉は効いたね。……つくづく私は君に甘いのだと思ったよ」
「ふ……っ…………」
   
何のことを差しているのか、わからない。
『あれから』。そして、『あの言葉』。
言葉が繋がってない。
心当たりもない。
お前は何を言っている?
今、お前の中にあるのはなんだ?
黒鷹、何を考えている?
   
「さ……きから、何……」
   
俺の問いかけは、黒鷹には聞こえていない。
   
「……こんなことをされてもまだそういうのだろうか」
「うっ……くぅ!」
   
終わりに向かって、一層激しくなった動きに身体が震える。
   
「いっそ…………!」
「く……うああっ…………!」
   
どくりと繋がった場所に脈動を感じて、中で黒鷹が弾けたのを感じた瞬間、俺も達した。
さして、快楽がなくても達してしまえるものなんだと初めて知った。
腰を支えていた黒鷹が俺の中から離れて、手首のタイを解いても、しばらく俺はそのままうつ伏せのまま、顔を上げなかった。
痛みが引いて、ようやく顔を上げて見れば、随分と辛そうな、今にも泣きそうな顔の黒鷹がこっちを見ていた。
俺も辛かったけど、多分、黒鷹も全然気持ち良くなんてなかったんだろう。
でなきゃ、こんな顔してるはずない。
   
「…………何故、責めないんだい?」
   
しばらくの沈黙の後に、ようやく出て来た言葉。
先程までの冷たい響きはもうそこには含まれていなかった。
声がまだ沈んではいるけど、いつもの黒鷹だ。
   
「お前が…………」
「うん?」
「お前が訳もなく、あんなことをするはずがないから」
「玄冬」
「……そんな泣きそうな顔をしてる相手に、どうしろと?」
「っ!」
   
黒鷹の顔が悲しそうに歪む。
まさか、今の今まで自分がどんな顔をしているか気付いてなかった?
本当にそのまま泣き出してしまうかと思ったが、そんなことはなく。
黒鷹は静かに俺の肩に頭を乗せてきた。
きっと、顔を見られたくないからなんだろうと思ったから、そっと抱き寄せた。
少しでも落ちつくだろうかと、背中を撫でてやりながら。
俺が昔よくそうされたように。
ややあって、黒鷹の口から出た呟きは、やはりよく意味がわからなかった。
   
「咎……なのだろうね、やはり」
「黒鷹?」
「君は……何も悪くない」

悪くないんだ、とその言葉は俺に対してと言うよりは、黒鷹が自分自身に言い聞かせているような感じにも取れた。
背を撫でていない、床に置いていた手の方を優しく取られて、指先に軽く唇が落ちる。
   
「まだ痛むかい?」
   
手首に痕こそ残っていたけど、もう身体のどこにもほとんど痛みはなかった。
  
「いや、もう平気だ」
「そうか」
   
安堵したような響きの声にこっちもほっとする。
もう、完全にいつも通りの黒鷹だった。
何があったのかはわからないけど……どうしてだか、それを黒鷹に聞いてはいけないような気がした。
『咎』が何を指してのことなのかも。
   
「玄冬」
「何だ?」
「もう一度触れたいと言ったら、怒るかい?」

黒鷹が顔を上げて、何を言うかと思えば。
少し困ったような問いかけに、こちらもつられて苦笑いだ。

「……もう、痛いのはさすがにごめんだけどな」
「すまない。有り難う」

軽く唇が触れ合うだけのキス。
離れようとした、黒鷹の顔を両手で包んで告げる。

「なぁ、黒鷹」
「うん?」
「……言いたくないなら、そのまま言わなくたっていいけど。
一人で黙って抱え込むことはするなよ。沈んでいるお前は見たくない」
「……あんまり君には言われたくないな」
「? 別に俺は抱え込んだりはしてない」
「…………そうだね」

どうしてだか、哀しく耳の中に残った言葉。
だけど、再び始まった行為にそれは容易く流されていった。

***

「玄冬」
「……うん?」

最初と違って、終始優しい交わりが一段落つき。
熱の残る身体に眠気に誘われつつあった、そんな時。

「もしも、私を殺してくれと言ったら、君は殺してくれるかい?」

一気に背筋に寒気が走ることを言われた。

「! 何を……バカなこと!」
   
思わず上げてしまった声に、黒鷹も驚いたらしい。
目を丸くしてこちらを見ているが、こっちはもっと驚いた。
質の悪い冗談にも程がある。
何を言い出すのかと思えば!
俺にそんなことできるわけがない。
   
「俺にはできない。
お前を殺すのなら、俺が死んだほうがずっとマシだ」

俺の世界には黒鷹しかいない。
黒鷹が聞かせてくれる話や本で、他にもこの世界には人がいるのだということは知っている。
だが、俺には黒鷹だけだ。
黒鷹の居ない世界なんて、想像も出来ない。
それなのに、どうやってお前を殺せる?
だから、そう言ったら……黒鷹から低く小さな渇いた笑いが聞こえた。
   
「っくくく……はは。あぁ、そう……そう、か……ははは」
「……黒鷹?」
「いや、すまない。やっぱり、君は君なんだね」
「は?」
「……いいよ。気にしないでくれたまえ」

黒鷹に抱きしめられて、優しくそんなことを囁かれて。
先程の言葉の意図は分からないままだけど。

なぜか、理由の分からない罪悪感に襲われ、胸がちくりと痛んだ。
   
***   
   
眠るときには確かに一緒にいたはずなのに、起きたときには黒鷹はいなかった。
そのまま、時間が過ぎて昼過ぎになっても、夕方になっても。
そして、もうじき、日が完全に落ちるという頃。
扉が開く音に振りかえれば、そこにいたのは、明るい桜の色の髪と目をした知らない男。
   
「……誰だ、お前」

問いながらも、俺は瞬時に理解してしまっていた。
ああ。

「初めまして、玄冬。……そして、さようなら」

『救世主』。俺を唯一殺せる存在。

――これから世界が続いて俺が生まれる限り……

そうだ、俺が黒鷹に頼んだんだ。

――俺を殺し続けてくれ。

他の誰にも頼めないからと。
昨夜の罪悪感の正体はこれだ。
なのに、黒鷹にすまない、と思いながら。
一方で俺は、この剣をかざして微笑む男を前に安堵している。
約束を守ってくれている黒鷹に。
これで、また世界が続いて。 

「黒鷹は……どうした」
「多分、どっかで見てるんじゃない?
悪いね。……さっさと終わらせるから」
「そう……か」

いつか、また。
俺は黒鷹に逢える。

「怖がらないで。苦しまないよう、一瞬で終わらせてあげるから」
「ああ」

俺自身は今から死ぬことに恐怖はない。
ただ、俺の苦しみが長引けば、それをどこかで見ている黒鷹が苦しむことになるだろう。
その点、一瞬で終わらせてくれるというのは有り難かった。
   
「何か、言う事あるなら聞くよ?」
「黒鷹に。有り難うと」
「……それだけ?」
「ああ」

詑びも礼も。
何度言ったところで、どうせ追いつかない。
剣が下ろされる気配に目を閉じた。
俺の選ぶ選択はこの先もきっと同じものだから。
黒鷹に辛い思いをさせ続けていることがわかっても。

お前を殺す選択なんて、俺には選べない。

***

――有り難うって、伝えてって言われたから。じゃあ、確かに伝えたよ。
   
桜色の髪をした救世主が、去り際にそんなことを私に告げた。

「どうして、そんな言葉を遺していくのかね、君は」

扉を開けて、あの子と過ごした部屋に入ると、床に転がっている首のない胴体と、少し離れたとこにある頭が真っ先に目に入ってきた。
胴体を抱き上げてベッドの上に寝かせ、次いで、首を持ち上げた。
安らかな顔にほっとした気持ちと、腹のたつ気持ちと。
複雑な思いを込めて額に口付けた。
   
「君が君であることは、会う度に嬉しくも思うけど、哀しくもあるんだよ」

玄冬にはもう届かぬ言葉と知っていても、語らずにいられなかった。

「……約束を違えてしまえたら、どんなにいいだろうかと思うよ。
いつも後悔するのに、結局は誘惑に負ける」

幾度も会えるということと、そうやって会える事を望んでくれていることが、私を縛る。
『お前にしか頼めない』と言ったあの言葉に、どんな意味が含められているかが、嫌というほどわかってしまっている。
私にしか叶えてやれない願い事。
存在をどれほどに強く求めてくれてるかということが、重荷であると同時に幸せでもある。
君がいない永い時はひどくつらいけど、会える間の時間は私にとっては、至上の幸福。
だから、いつまで経っても告げられない。
約束を守ってしまう。

「我が儘な親ですまないね」

その癖に一方では願ってしまう。
次の君は私を殺してくれるだろうかと。
世界よりも私よりも、自分自身を選んではくれまいかと。

春を告げる鶯の声を聞きながら。私は永い永い冬を思う。

――黒鷹。

そう君がまた私の名を呼んでくれるのは、何時になるだろう。
ねぇ、玄冬。
愛しい私の子。
次はいつ生まれてきてくれる?

2004/06/05 up
黒翼祭出展作品。玄冬視点。
萌えフレーズ100題、No59の監禁の別ヴァージョン+エピソードです。
後に個人誌でこの話の黒鷹視点を書きました。
当時の後書きを久々に読み返したら、
『自分でもしんどいので、しばらく春告げの鳥系はいいです』
え、誰の話なの、一体それはw状態になったコメントが。
以後、私が書きまくるタイプの話じゃん!とセルフツッコミ。
久々に読んでうぎゃー!となったので、黒鷹Ver.共々リライトしてあげてみました。
この時の玄冬は二人目と同じくらいまで生きたと想定。

  • 2008/01/01 (火) 00:00
  • 黒玄

タグ:[黒玄][黒鷹][玄冬][春告げの鳥][ダーク系][玄冬視点]

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