作品
約束と後悔の残酷な方程式(黒鷹Ver.)
また、幾度目かの時が訪れる。
命の器が満ちて、あの子を殺さなくてはならない時が。
本当に残酷な、そして優しい約束。
私はそれに後悔しつつも繰り返す。
愛し、慈しみ。あの子を育てていくことを。
***
狭い廊下に響き渡る、甲高い自分の足音が嫌に耳につく。
処刑台に向かう咎人なども、こういう気分になるものだろうか?
あの子の顔を見ておきたい。
だけど、見たくない。
相反する感情に苛立ちが益々募る。
こんな状態であの子に触れてはいけないと思うのに、いっそ感情の任せるままに動いて、愛想をつかしてしまえば良いのにとも思う。
まったくね。約束なんてするものじゃない。
玄冬の部屋の前まで来て、ほんの一瞬、扉を開けることを躊躇った手は、結局は予定のままに動いた。
開く扉に反応して、玄冬が私の方を向く。
『滅び』も何も知らない、今の君。
穏やかに笑む顔に心のどこかが焦がれる。
知らないのは、私が玄冬に教えなかったからなのに。
「お帰り、黒鷹。今日は遅かっ……黒鷹?」
また、失われるのか。
――貴方にもわかるはずです。再び時が訪れました。
片翼たる白梟の淡々と述べた言葉を思い出す。
―明日。救世主と共に貴方がたのところに参ります。……異存はありませんね?
この笑顔が。
穏やかな時間が。
あの約束の為に。
たまらないね、これで何度目だろう。
「どうし……っ!?」
私の様子を伺うように、玄冬がそっと近づいてきた。
躊躇いがちに触れようと伸ばしてきた手を捕らえて、強く抱きこんだ。
優しい温もりが伝わってくる。
この子は今、確かに『生きている』。
なのに、明日のこの時間には、もう……!
顎を捉えて、深く口付けた。
夢中で口の中の感触を貪る。
舌を、歯列を、粘膜を、唾液の味を、吐息を。
何度生まれ変わっても、愛してきたものを。
抱いた身体から、速くなりつつある鼓動が伝わる。
合わせた腰の中心で快感を示すモノの硬くなりつつ感触も。
壊してみようか。
この子が何も考えられなくなるように。
人形のようになってしまえば、言わないだろうか?
――これから世界が続いて俺が生まれる限り……
ねぇ、あの約束を。
――俺を殺し続けてくれ。
反故にさせて貰えるだろうか。
「……んっ…………」
口付けで力の抜けた身体を、強引に床に押し付けるように倒した。
床にぶつかる玄冬の身体が派手な音を立てる。
「いっ……た。ちょ……黒た…………か?」
不審な視線と戸惑いを露にした声には構わず、呆然としている玄冬の手首を縛るために、胸元のリボンタイを解いた。
逃げられないようにきつく縛る。
「おい! お前、どういうつも……」
「……少し黙っていたまえ」
何も知らないのだから。知らないままでいるといい。
「つっ……どうし、た……」
「黙っていたまえと言った。聞こえなかったかい?」
「くっ……」
鎖骨に歯を立てて、噛み付く。
音がするほどに派手に噛み付くのに、出来た傷と痣は直ぐに薄くなり、瞬く間に消え失せる。
私にはそんなものさえ残せない。
あの桜色の髪と血の色の目をした救世主にしか出来ない。
この子は私の、私だけのものなのに。
「黒鷹……」
消え入りそうな声で呼ばれる名前には反応を返さなかった。
訳が分からないといった様子で動けずにいるのを良いことに、玄冬の着ているものをどんどん脱がせていく。
シャツは中途半端で脱がせ、手首の辺りで纏める。
リボンタイで縛っているから、完全に脱がせるのは無理だし、さらに強い拘束にもなる。
肌に、時折噛み付きながら、手を下へと伸ばす。
強引なコトの運びに、口付けで反応しかけていた玄冬のモノはまた萎えた状態になっていた。
が、それには構わずに下衣を一気に引き摺り下ろす。
中心には触れず、太股の皮膚を噛む。
喰いちぎれそうな柔らかい肌。
「っつ!」
ああ、そうだね。
痕が残らずとも、痛みは感じるのだったっけ。
くるりと身体をうつ伏せにして、腰を持ち上げる。
準備もせず、潤滑剤も使わない。
そんな状態のままで一息に貫いた。
「あ……くぅ……っ! やっ……やめ……! 痛っ!」
悲鳴が上がるのも当然だろう。
無理矢理繋げた身体は、強張ってこちらの方まで痛みがくるほどだ。
きっと相当な苦痛だろう。
それでも激しく動き始める。
セックスとはコミュニケーションだ。
だけど今行ってるのは、ただ強引な排泄行為に等しい。
感情も何も挟まない、悦楽を逃すためだけの行為。
もう長いこと、玄冬が生まれてくるたびにこの子を抱くけれど、こんな風にしたことはただの一度だってなかった。
繰り返し……そう、あれからもう。
「もう、あれからどれほど経っただろうね」
最初にあれを玄冬に言われてから。
何度目の輪が巡っているのだろうか。
ああ、思い出せない。
「あ…………?」
――これが済んで、次に俺が生まれたら、必ず殺してくれ。
「あの言葉は効いたね。……つくづく私は君に甘いのだと思ったよ」
「ふ……っ…………」
――これから世界が続いて、俺が生まれる限り、俺を殺しつづけてくれ。
『殺せ』と子が親に。
そんな非情な約束を、どうして私は守ってしまう?
ずっと後悔しているのに。
あんな言葉を言わせるように仕向けてしまったことを。
――言っている意味は解るだろう。……お前にしか頼めないんだ。
ああ、あれか。
『私にしか』頼めない。とその言葉が私を縛っているんだろうか。
「さ……きから、何……」
――お前に育てられて、花白に殺される人生なら、何度繰り返しても悪くないと思う。
「……こんなことをされてもまだそういうのだろうか」
「うっ……くぅ!」
苦痛だろう?
こんなことをされたくて、育てられることを望んではいないだろう?
――だから、頼む。黒鷹。
育て方を間違えてしまった。
あんな頼まれごとをされたくて、育てたわけじゃない。
愛したわけじゃなかったのに。
最初の君が世界を愛したように、この世界を好きになるようにはしたかも知れない。
……でも、私は君に世界よりも、自分自身を選んで欲しかった。
――俺はお前に育てられて良かったと思う。
そう言ったときの君は記憶も戻っていなかったね。
どうして、そんな状態でそんなことを言えた?
「いっそ…………!」
「く……うああっ…………!」
あの約束を反故にしてしまえたら。
この時々訪れる苛立ちに終止符を打てるだろうか?
そんなことを考えながら、意思のないからくりのように、ひたすら腰を動かして、達した。
ただ、空虚な思いだけの残るセックス。
いや、違うな。これではただの強姦だ。
支えていた玄冬の腰をそっと床に下ろして、玄冬の中から抜けた。
繋がっていた場所から、零れ落ちた白濁に血が混じっている。
中を傷つけたか。
直ぐ塞がりはするだろうけど、痛かっただろう。
腕に巻きつけていたシャツと手首のリボンタイを解いてやっても、玄冬は顔を上げない。
微かに指先が震えている。
抱きしめてやりたい衝動に駆られても、今の私にそんな資格はない。
直ぐ後ろにある壁に寄りかかった。
……いっそこれで。愛想をつかしてくれたなら。
『お前なんて嫌いだ』とでも言ってくれれば。
約束を破ろうという気になるかも知れない。
約束を守ってしまうのは、何度でも繰り返し、君に会いたいからというのも勿論だけど、君が私に対して無条件の信頼を寄せてくれている上での言葉だと知っているからだ。
ひたむきに求めてくれる君をどうして拒める?
玄冬がようやく顔を上げて、私を見る。
どんな言葉を投げかけられるかと、期待と恐れを抱きつつ、口を開くのを待つ。
だけど、玄冬はじっと私を見つめるだけで何も言おうとはしない。
目の色には怒りも嘆きもない。
ただ静かに、労わりさえ篭められてるかのような目と沈黙に、結局耐えられなくなったのは私の方だった。
「…………何故、責めないんだい?」
あんな酷い抱き方で不満に思わないわけはないのに。
「お前が…………」
「うん?」
「お前が訳もなく、あんなことをするはずがないから」
「玄冬」
どうして。そうやって全部許そうとしてしまう?
「……そんな泣きそうな顔をしてる相手に、どうしろと?」
「っ!」
ああ、変わらない。君は本当に。いつだって優しすぎる。
そうやって育てているつもりなんてないんだけどね。
きっと、今の自分は情けない顔をしているだろう。
あまり見られたい顔じゃない。
隠すように、玄冬の肩に頭を乗せると、玄冬の腕が身体に回されて、抱き寄せるような形になった。
そうして、背中を優しく撫でられて。
本当にこのまま泣いてしまい気分になる。
「咎……なのだろうね、やはり」
もう一つの方法を告げられずにいる私の。
「黒鷹?」
「君は……何も悪くない」
ただ、偶然に君の魂が『玄冬』に選ばれただけ。
降りかかる宿命にどう動こうと私が何を言えるだろう。
『殺してくれ』というのが君の選択肢なら、今までと変わらず、私はそれを守ろう。
君が逝く都度、引き裂かれるような心の痛みは受けなければならないものだ。
方法を告げられずにいるのは私なのだから。
背を撫でていない、床に置いていたもう一方の手を優しく取って、指先に軽く唇を落とした。
まだ、手首に縛っていた痕が薄っすらと残っている。
「まだ痛むかい?」
「いや、もう平気だ」
「そうか」
やはり辛い思いをさせたままで逝かせたくはない。
身勝手だな、私は。
それでもやはりこの子が愛しいから、せめて、最後は優しく触れてやりたい。
「玄冬」
「何だ?」
「もう一度抱きたいと言ったら、怒るかい?」
顔を上げて、そう告げたら苦笑しながらも応じてくれた。
「……もう、痛いのはさすがにごめんだけどな」
「すまない。有り難う」
「なぁ、黒鷹」
「うん?」
「……言いたくないなら、そのまま言わなくたっていいけど。
一人で黙って抱え込むことはするなよ。沈んでいるお前は見たくない」
「……あんまり君には言われたくないな」
遥か昔。最初に私が君を育てた頃。
私は何度君にそう思ったことか。
「? 別に俺は抱え込んだりはしてない」
「…………そうだね」
確かに。今の君は何も知らないから。
『玄冬』であるという事を。
またそれがもたらす意味を。
それでも、無理に事情を聞こうとせずにいるあたりなんかはやっぱり変わらない。
本当は気になるだろうに、踏み込むまいとする。
君は本当に優しい子だね。
口付けを交わして、再び行為を始めた。
先ほどと違い、慈しむように。
安堵した玄冬の表情に申し訳なさを感じながら。
***
「玄冬」
「……うん?」
互いにまだ火照ったままの身体を絡めて、睦みあっているときに、無駄だろうなと思いつつも、往生際悪く尋ねてみる。
「もしも、私を殺してくれと言ったら、君は殺してくれるかい?」
「! 何を……バカなこと!」
玄冬の顔色が、こちらがびっくりするほどに一瞬で変わった。
「俺にはできない。
お前を殺すのなら、俺が死んだほうがずっとマシだ」
低い声で、確固たる意思を秘めた言葉。
「っくくく……はは。あぁ、そう……そう、か……ははは」
ついおかしくて笑ってしまう。
なんて予想通りなのか。
何度生まれ変わっても、そんなところは一緒だよ。
「……黒鷹?」
「いや、すまない。やっぱり、君は君なんだね」
「は?」
「……いいよ。気にしないでくれたまえ」
そんな君だから。私はこんなにも君が愛しいのかも知れない。
***
「よろしいのですか?」
「何がだい?」
「あれの傍にいてやらなくて」
何かを咎める様な口調の白梟に、ふと笑いがこみ上げる。
「何がおかしいのです?」
「いや。貴方も変わったなぁと思ったまでさ」
「……私には、貴方のほうこそ変わったように思えますけどね」
「変わってないさ」
今までも、これからも。
繰り返し生まれる君を、慈しんで愛し、育てていく。
そう、何一つ変わってはいない。
変わっていないからこそ、残酷なのだ。
「別れは昨夜済ませた。貴方が気にすることもない」
「貴方はいつも、あれが死ぬときに傍にいないのですね」
「我が子が、腕の中で命の灯火を消すのを感じたくはないのでね」
「黒鷹」
「死の間際に、私が傍にいようと、いまいと、結果は同じだ。
それとも、貴方は私があの子を連れて逃げることでも期待しているのかな。
私があの子と共にいたら、救世主は無事な保証がないんだが」
我ながら、棘を含んだ言い方だ。
白梟の微かな動揺が伝わる。
「……すまない。貴方を責めてるのではないよ、白梟」
「いえ。…………すみません」
己の意地の悪さを自覚しながら、その後はただ押し黙っていた。
きっと、私が傍にいたら。
あの子は微笑みながら逝くだろう。
満足そうに。
……それが辛いから傍にはいないんだよ、白梟。
弱いのかも知れないね。私は。
そうして不意に。
存在の半分を持っていかれたような、なんとも言えない感覚が身に降りてきて、溜息をついた。
何度繰り返しても、これには慣れることはない。
ああ、終わったのだな。
あの子が逝くことで、自分の中の何かが失われていく空虚感。
少しでも苦しみが短く済んでくれただろうか。
……おやすみ、玄冬。
***
――有り難うって、伝えてって言われたから。じゃあ、確かに伝えたよ。
桜色の髪をした救世主が、去り際にそんなことを私に告げた。
「どうして、そんな言葉を遺していくのかね、君は」
扉を開けて、あの子と過ごした部屋に入ると、床に転がっている首のない胴体と、少し離れたとこにある頭が真っ先に目に入ってきた。
胴体を抱き上げてベッドの上に寝かせ、次いで、首を持ち上げた。
安らかな顔にほっとした気持ちと、腹のたつ気持ちと。
複雑な思いを込めて額に口付けた。
「君が君であることは、会う度に嬉しくも思うけど、哀しくもあるんだよ」
玄冬にはもう届かぬ言葉と知っていても、語らずにいられなかった。
「……約束を違えてしまえたら、どんなにいいだろうかと思うよ。
いつも後悔するのに、結局は誘惑に負ける」
幾度も会えるということと、そうやって会える事を望んでくれていることが、私を縛る。
『お前にしか頼めない』と言ったあの言葉に、どんな意味が含められているかが、嫌というほどわかってしまっている。
私にしか叶えてやれない願い事。
存在をどれほどに強く求めてくれてるかということが、重荷であると同時に幸せでもある。
君がいない永い時はひどくつらいけど、会える間の時間は私にとっては、至上の幸福。
だから、いつまで経っても告げられない。
約束を守ってしまう。
「我が儘な親ですまないね」
その癖に一方では願ってしまう。
次の君は私を殺してくれるだろうかと。
世界よりも私よりも、自分自身を選んではくれまいかと。
春を告げる鶯の声を聞きながら。私は永い永い冬を思う。
――黒鷹。
そう君がまた私の名を呼んでくれるのは、何時になるだろう。
ねぇ、玄冬。
愛しい私の子。
次はいつ生まれてきてくれる?
2005/01/16 発行
個人誌『Ad una stella』より。
一時サイトにあげていた玄冬Ver.の視点変更版です。
ラストだけ、両方黒鷹視点で一緒。
原型は萌えフレーズ100題の監禁。
大抵の話は黒鷹視点の方が書きやすい傾向がありますが、この話も例外ではなく。
最期の最期にようやく約束と黒鷹ご乱心(他に書きようないのか)の理由を悟った玄冬より、約束と自分の想いとの間で揺れてグダグダになる鷹の図が書きやすかった覚えがあります。
- 2008/01/01 (火) 00:01
- 黒玄