花帰葬-Novel Under Ver.

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First rapture

最初に教えてもらったのは、11の時だっただろうか。
成長に伴う身体の変化と共に人の成り立ちを知った。
精通が訪れたというのは、つまりは……子どもを作ることが可能になったということ。
 
――これで君も大人の仲間入りだよ。めでたいことじゃないか。
 
俺の身体の状態を知り、処理の仕方を教えてくれた黒鷹はそう言ったけど、その言葉に妙な気分になったのを覚えている。
世界を滅ぼす『玄冬』が命を生み出せるのかと。
俺が生き続けているというのは、いつかこの世界を滅ぼすことに繋がる。
なのに、そんな存在の俺に、どうしてそんな機能があるんだろうと疑問に思っていた。
 
***
 
「……く……っ」
 
追い詰められるような感覚に堪えられず、自分で性器に触れて義務のような感覚で熱を吐き出した。
生理現象によってもたらされる衝動。
それを開放させるためにするいつもの行為。
手馴れたそれは、確かに達した瞬間は気持ち良かった。
が、いつも感覚が冷めてくると途端に虚しさが襲ってくる。
なんで『玄冬』である俺にまで、こんな機能があるのかと。
考えつつも生理的な衝動には逆らえず、自分を慰める以外の術もなく、同じコトを繰り返す。
無駄に思えるのに、感覚は黙ってやり過ごせるほどのものでもなくもどかしい。
溜め息をついて衣服を整えると、ふと部屋の外にある気配に気が付いた。
……まさかとは思うが、何時からいたんだ?
なるべく足音を立てないよう扉に近付くと、勢い良くそれを開けた。
 
「おい」
「わぁっ! ……急に声をかけないでくれたまえ。驚くじゃないか」
 
案の定、扉の外には黒鷹がいた。
微妙に気まずそうな表情をしているのは、俺の気のせいなどではないだろう。
 
「驚いたのはこっちだ。お前、何時からそこにいた?」
「え? あ~いや、その……さすがの私も声をかけにくかったタイミングと言うか」
「その割には、場を去らずにいたのはどういうことなのか、聞かせてもらおうか。趣味の悪い」
 
何をしていたか、なんて黒鷹が気付いてない訳はない。
 
「ほら、それはだね……なんというか、親としては子の成長ぶりを、とりあえずは確認しておこうかとか」
「……お前」
 
がくりと肩が落ちる。
どこの親もこんななんだろうか。あまり、そうは思いたくはないが。
……成長か。
成長したところでどうなるものでもないだろうと思うんだが、俺の場合。
いつ、滅びが始まるかわからない、そうなったら、その時が訪れてしまったのなら……。
そんなことを考えて、なんとなく気分が落ちこんでいたら、ふいに抱きしめられて背中を撫でられる。
 
「悪かったね……さすがに抵抗があったかな? そんな浮かない顔をするなんて」
 
そっと気遣う声で言われたからだろうか。
それを言う気になったのは。
 
「……どうしてなんだ?」
「うん?」
「なんで、こんな機能なんかある? 世界を壊してしまうものなのに、俺は。
……命を生み出す機能なんてあっても、どうしようもないだろう?」
「玄冬……?」
 
黒鷹に言っても仕方がない。
八つ当たりでしかないとわかっているのに、零れ始めた感情は留まらなかった。
 
「しんどいだけだ、こんなの。
いっそなければいいと思うのに。どうして………」
 
身体で感じる快感と精神的なものはまた別だ。
終わったあとの虚しさ。無意味に思えてどうしようもない。
 
「……そんな風に思っていたのかい、君は」
 
抱きしめてくれている腕の力がふと強くなった。
体温と鼓動がより伝わってくる。
 
「セックスというのはね、ただ次代に繋ぐ命を編み出す行為なだけではないんだよ」
 
いつに無く、真摯な声が真っ直ぐに胸を射貫いていく。
何かがいつもの黒鷹と違う。でもそれが何なのかがわからない。
 
「自分の全てを使って、相手の全てを受け止める。
何もかもを捧げられる、たった一人の相手との至高のコミュニケーションでもある」
 
黒鷹の手が俺の髪に触れる。
優しく撫でられた手の感触が心地良い。
 
「全身全霊をかけるから、相手を選ぶ。
自分の全てを晒しても触れ合いたいと、相手の全てが欲しいのだと願うから。
……人が人を求めるのは当たり前のことなんだよ。
愛しい相手のぬくもりが欲しいと思うのは自然のことだ」
 
額に落とされた、優しい口付け。
されたのは初めてではない。幼い頃から幾度もされていた。
なのに何故、鼓動が高まるんだろう。
変に気恥ずかしい気分で黒鷹を見返すと、穏やかな、でもやっぱりいつもと何かが違う笑いが返された。
 
「欲情を伴わない愛もある。
でも、激しく求め、全てが欲しくなる愛もあるんだ。
セックスとはそういうものだよ。
……君に教えてあげよう。
ただ、一人で悦楽を解消するだけの行為と、誰かと悦楽を共有する行為がどう違うのか。……私の全てをかけて」
「黒……っ」
 
顎を上げさせられて、唇同士が触れ合う。
柔らかくて温かい。行為に違和感はなかった。
 
――唇同士のキスは特別だよ。
 
かつて、そう言われた事がある。
 
――キスは愛しいものへの想いを表す証としてするんだよ。
 
額とか頬とか。そんな場所には何度もされた。
 
――でも唇はね、特別なんだ。唇同士でキスをすることはね、ただ一人。
――何があっても代えがたい大切な相手のみに許された行為なんだよ。
 
……だから、簡単にしてはいけないと。
 
――ある意味、儀式かも知れないね。
 
どういうことかと聞き返した記憶がある。
 
――大切な相手だと確認するためのだよ。嫌だと思った相手とは、絶対にできないからね。
――そうなの……か?
――きっと時が来たら自然にわかるさ。その意味がね。
 
じゃあ、これはそういうことなんだろうか。
触れた感覚に違和感を感じない。
それどころか、ごく自然な気さえしているこれは……黒鷹が『特別な相手』だからなのか。
全てが欲しいというたった一人の相手ということなのか。
 
「……おいで、玄冬」
 
唇が離れて、微笑まれて。
手を取られて部屋の中に促されたのに、そのまま従う。
触れた指先から伝わる体温は、やけに熱く感じた。
 
***
 
「……俺はどうしたらいいんだ?」
 
ベッドの上で玄冬を組み敷く形になって、シャツの釦を外していると、玄冬が戸惑いながらそう言って来た。
 
「何もしなくていいよ。
ああ……でも、そうだね。私が君に触れていて、君も私に触れたいと思ってくれたら、触れてくれればいいし、気持ち良いと思ってくれたなら、それを言ってくれればいい。
勿論、その逆もね。
こうやって触れていて……嫌ではないかい?」
 
露わになった胸元にそっと掌を這わせてみる。
 
「いや、気持ち良い」
「良かった」
 
些か、ほっとした気分で白い首筋に顔を寄せて、軽く肌を吸ってみる。
 
「んっ……!?」
 
びく、と触れている身体が跳ねた。甘い響きを含んだ声に背筋に走ったのは快感。
感じてくれているのが伝わると嬉しくなる。
唇を離して、薄らと付いた赤い印に指で触れるが、間もなくそれは跡形もなく消えてしまう。
そうか。玄冬の体質ではこれも傷と数えられてしまうからか。
触れ合った跡を残せないのは少々残念だな。
それでも唇で所々の肌を吸って、掌で身体を撫でていくと、玄冬の呼吸が徐々に荒くなってくる。
肌を慈しみながら、服を全て脱がせて、自分もまた全ての服を脱ぐ。
最後に一緒に風呂に入ったのは何時のことだっただろう。
染みも傷も何もついていない白い肌はただ綺麗だと思った。
抱きしめることで全身に直接感じるぬくもりが、心地良くて愛しい。
玄冬も少々躊躇っていたようだが、やがて腕を私の背に回して抱きしめ返してくれた。
 
「温かい。……気持ちいいな」
「気持ちいいね」
 
合わせた肌の感覚にお互いに笑みが零れる。
まだ、これからすることを考えると、きっと君の方は気持ちいいというのだけでは、済まないだろうとは思うけれど。
しばし、緩やかな快感を味わってから、また動き出した。
 
「行為自体はね、恥ずかしいものではないんだよ。
生き物として当然のことだからね。
……誰もがそうやって生を受けて、また新たに命を生み出す」
「ふ……っ……」
 
言葉を紡ぎながらも、指で、唇で、舌で。
ただ、愛おしさのままにこの子に触れていく。
触れないところなど、一片たりとも残さないようにくまなく触れつつ、話を続けた。
玄冬の零す掠れた声に自分が暴走しないように留める意味も含めて。
 
「恥ずかしいのは行為によってもたらされる快感であり、それに対する個々の反応だ。
全て曝け出して、全て受け止めるから。そこには恥も外聞もない。
羞恥心やモラルがある限り、それを交わせる相手というのが、おのずと限られてくる。
……だからこそ、それができる相手がたまらなく愛しい。
いや、愛しい相手だから何もかもが欲しいと思う。
全てを曝け出した、ありのままの姿を」
「く……ろたかっ……」
 
身体の線を確かめるように手を沿わせていくと、玄冬が身体の下にあるシーツを酷く強く、手の甲に血管や筋が浮き出てしまうほどに、握り締めていることに気が付いた。
まるで何かを堪えるような様子に、辛い思いをさせてしまっているだろうかと、そっと手を重ねる。
 
「……怖いかい?」
 
人と人が触れ合い、肌を重ねることでしか得られない安らぎを、この子に与えてあげたいし、私もまた与えられたい。
でも、それは無理にであってはならないから。
決して。戸惑う表情の玄冬はしばらくの後そっと呟いた。
 
「自分でも、わから……ない」
「……ん?」
「どうしていいのか……どう反応したらいいのか、わからないんだ。…………でも」
 
玄冬の手から、幾分力が抜けたのを感じた。
 
「……怖いとか、嫌だとか、そんなんじゃ……ないと思う」
「そうか」
「あ……っ……!」
 
心の何処かでその言葉に安堵して、胸の突起を軽く唇で啄む。
玄冬の身体に走る震えは愉悦がもたらすもの。
 
「反応はそれでいいんだよ。
そうやって、身体が震えたり、声を上げるのを聞きたい」
「っ……そんなのを口に出されるのは……凄く、恥ずかしいんだが」
「だから、意味があるんだよ。……誰とでもできることじゃないだろう?」
 
潤んだ青い瞳にもっと涙を浮かばせて見たいという欲望が頭をもたげる。
それでも暴走はしないように理性を総動員させ……ずっと触れていなかった玄冬のモノをそっと握りこんだ。
勃っているのは見てわかってはいたけど、十分固くなってるそれの反応が嬉しい。
 
「……や……そん、な……っとこ……汚な……」
「何を言ってるのかね、君は」
「ひっ……! あ……!」
 
先端に零れ始めてるものを塗りたくるように指で撫でた。
 
「……私がここまで、君を育ててきたんだよ?」
 
それこそ腕に収まる赤子の頃から。
ずっとずっと。一番傍で見てきたのに。
 
「どうして今更、汚いなどと思う? 
君の身体に汚いところなんて、どこにもない」
「や……ああっ!! ちょ…………やめ……!」
 
それを指の代わりに舌で愛撫する。
口の中に塩気を含み、それでいて、どこか蜂蜜のように甘い蜜が溶けて馴染んでいった。
今まで上げた声で一番甲高い叫び。
本格的に泣きそうな声に私の昂揚感も引き摺られていく。
先端だけでなく、芯にも、その下の双玉を収めた柔らかい場所にも。
舌を辿らせ、反応を探る。
同じ性だ。
大体はどうすれば感じてくれるかはわかるけど、やはり個人差はある。
出来る限りの快感を与えたい。……私なしではいられなくなるほどに。
 
「ん……! くっ……!!」
「……ああ、この辺かい?」
「ひっ……! やぁっ……!」
 
裏筋を下から上に、強く舌で押し付けるように這わせると腰ががくりと強く揺れる。
可愛いね。本当に、可愛すぎてどうしようかと思う。
そのまま舌で触れつつ、その奥にある部分にそっと指で触れると、玄冬の身体がこれまで以上にびくりと大きく跳ねた。
 
「ここで。繋がるんだよ。男同士での場合はね。……大丈夫かい?」
「…………あ……」
「今日でなくたっていいんだよ? 
ゆっくり、少しずつ慣れていけばいいだけなのだから」
 
今なら、まだなんとか引き返せる。
でもきっとこれ以上は無理だ。欲しくてたまらなくなるだろう。
 
「……いい。そのまま、続けて……くれ」
「玄冬」
「大丈夫……だから」
 
見上げた顔は火照って耳まで赤く染まって、眦には涙が滲んではいたが、視線はまっすぐに私の方を見ていた。
 
「……わかった。無理かも知れないと思ったら、すぐに言いなさい」
「ん……」
 
ごく小さな声と頷きで返事が来たのを合図に内股にキスを落として、それから舌先を奥の方に潜ませた。
周囲をゆっくりと舌で撫でてほぐすと太股が小刻みに震えだす。
 
「く……ふっ……なん……かっ……それ……っ変に、なる……っ!」
「……こうしないと、君が辛いことになる」
「! ……うあっ……! く……ろたっ……!」
 
熱い粘膜の中に指を一本滑りこませる。
今まで触れたなかでも、一番熱いそこを傷つけないように静かに掻き回した。
微かにうねる肉壁。零れる喘ぎ。
指しか入れてないのに、随分と圧迫感を感じる。
この中に入りこんで、私は理性が保てるだろうか?
 
「黒鷹……」
「本当に……辛かったら言いなさい」
 
するりと指を抜いて、代わりに自分のモノをそこに宛がう。
そして、額に優しく口付けを落とした。
 
「なるべく、止める努力はするから」
 
それを言われたときに、私にそうできるだけの理性が残っていれば、の話だけれども。
その言葉に、僅かに玄冬が頷いたのを確認してから、足を抱えて重心をかけた。
 
「……く…………あぅ……!」
「っ……!」
 
きつい締め付けと熱に身震いがする。
私自身、誰かと肌を重ねるなんて久しぶりで、忘れかけていた感覚に飲み込まれてしまいそうだ。
それでも何とか半分ほどまで挿れると、また玄冬がシーツをきつく掴んでいるのがわかった。
手が酷く、震えている。
 
「大丈夫、かい? どうせなら、私にしがみついて……いるといい」
「…………め……だ……」
「……玄冬?」
「ダメ、だ……っ……余裕な……からっ。
お前にしがみ……ついた、らっ……傷つけ……る」
 
やっとのことで途切れ途切れに呟かれた言葉に目を見開いた。
そんな状況で、まだ私の方の心配をしてるのか、君は。
不覚にも一瞬、涙腺が緩んでしまいそうになった。
どうして、そんなに優しい子に育ってくれたのか。
 
「……馬鹿な子だね」
 
馬鹿だと思うけど……優しい。
そして、そんな君がたまらなく愛しい。
 
「ん……ちょ……黒……!」
 
強引にシーツから両手を引き剥がして、私の背中に回させる。
 
「そんなものは、たいしたことないよ」
 
傷なんていくらつけたって構わない。
寧ろ、つけて欲しいとさえ願う。
私では玄冬の身体に傷をつけることも、抱いた跡を残すことも適わないのだから。
それにそのことを差し引いたとしても、私が今君に与えてしまっている傷みに比べたら、遥かにましだ。
 
「いくらでも縋って……傷つけてしまうといいっ……」
「……くあ………っ!!」
 
腰を強く突き入れて、残ってた半分を一気に玄冬の中に押し込んだ。
根元まで。
その瞬間、玄冬の手に力が入ってぷつりと背中で皮膚が切れる感触がしたが、不思議と痛みは感じない。
全身で抱きしめた肌の熱さに酔って、それどころではないからだろうか?
繋がった部分で心地よさと衝動がせめぎあう中、なんとか玄冬が今の状態に慣れる様にと、動いてしまうことのないように努めた。
少し玄冬の呼吸が落ちつくのを待って、口付けを交わす。
唇を触れ合わせるだけでなく、口内の熱を貪り、歯列を辿り、舌を絡めあう、そんな深い口付けを。
汗に濡れた髪を掻きあげてやって、覗きこんだ瞳は熱に霞んでいた。
その目と濡れた唇がまた酷く情欲を掻き立てる。
 
「辛いかい?」
「……さすがにちょっと、な。でも大丈夫……だから」
「……動いてみても?」
「ん……多分」
 
言葉に甘えて、それでも負担はかけないようにゆっくりと抽挿を始めた。
きっと痛みや辛さの方が勝ってしまってはいると思うけれど、それでも少しでも感じさせてやりたいと場所を注意深く探っていく。
 
「……っうあっ!」
 
そして、ある一点で玄冬が小さく悲鳴を上げたのを聞き逃さなかった。
つい笑みが零れるのが自分でもわかる。
  
「ここ……かね?」
「ひっ……だ……! そこ……っ! やめ……! あ!!」
 
ざわざわとそこが蠢く反応に確信を持ってその場所を突き上げた。
引き込まれるような内部の熱さに、徐々に私の余裕が無くなり、玄冬のしがみつく力が大きくなる。
 
「黒た……かっ! ダメ……! 壊れ……っ!」
「……っ壊れても、構わない、よ……!」
 
セックスはそういうものだから。
自分の全部を相手に預けて、曝け出して。
そして、相手の全ても受け止める。
快楽も苦痛も、何もかもを繋がる中で共有する。
壊れた君も。そして壊れる私も。
全てが愛しい。
ただ、君を感じたくてどうしようもない。受け止めてあげるから。
壊れて構わないと言った自分の方こそ、もう抑えの効かないことを僅かに残った理性で悟って律動を強めた。
頂きへと目指して、深く、深く熱い中を穿っていく。
絡みつく熱に眩暈がしそうなほどの悦楽。
 
「……黒……った……か! く……ろ……っ」
「っ……玄冬っ!」
 
存在を求める。名を呼んで、呼ばれて。
強烈な衝動が身体の奥で弾け飛んだ。
 
「ふあ……っ!」
 
内部に叩きつけた熱に玄冬が背を大きく撓らせた。
玄冬もまた熱を開放させながら。
快楽の残る、虚ろな色を浮かべた目に感じたのは底知れないほどの愛おしさ。
感情に限界はないね。汗の浮いた額に口付けを落とした。
……こんなにも私は君が愛しい。 
 
***
 
「全然違うだろう? ただ、自分でするのと相手がいるのとでは」
「ん……」
 
黒鷹に抱きしめられつつ、告げられた言葉には反論ができなかった。
髪を優しく撫でてくれる手が気持ち良い。
本当にどうにかなるんじゃないかと思った。
このまま溶けてしまうんじゃないかと。
今だって、一人でした後に残る虚無感とは全く違う、ただ満たされた思いがあった。
伝わる黒鷹の体温が心地良くて、安らぎに泣きたくなりそうで。
こんな感覚があったなんて、知らなかった。
繋がったときに痛みがなかったわけじゃない。
辛くなかったというのも嘘にはなるけれど、それだけじゃない。
黒鷹の存在をあんなに強く感じたのは初めてだった。
そっと黒鷹の頬に手を伸ばして触れると、優しい笑みが返って来る。
 
「どうしたね?」
「……まだ、何か信じられない」
 
黒鷹とこういう風になったことが。
 
「それは私もだよ」
 
頬に触れていた手をそっと取られて、指先に口付けを落とされる。
 
「十五年間で君との間に築いてきたものを、全部壊してしまうかも知れないと思ったからね。
……本当は少しだけ怖かったよ。拒まれたらどうしようかと。
いや、拒まれるだけならまだしも、嫌われてしまったら、どうしようかとね」
「……そう、なのか」
 
黒鷹でもそんなことを思ったのか。
俺が黒鷹を嫌うことなんて有り得ないのに。
……知り尽くしたつもりでいた。
ずっと傍にいたのだから。
なのに、黒鷹の知らないところが沢山あった。
きっとまだあるんだろう。
知りたいと思う。もっと。黒鷹の全てが。
黒鷹もそうやって思ってくれているんだろうか?
 
「黒鷹」
「うん?」
「……『特別』なんだって思っていいんだよな」
「誰が、君にそうやって教えたと思っているんだね。
……触れたのは愛しいからだよ。同情や気紛れで抱いたわけじゃない」
「ん……」
 
顔を引き寄せられて唇を重ねた。
柔らかくて温かい感触にほっとする自分がいる。
 
「その……また、してくれる、か?」
「言葉が違うよ、玄冬」
「え……」
 
両頬に手が添えられて、こつりと軽く額を合わせる。
 
「一方的にすることじゃないんだから、したいときに『したい』と言ってくれればいいんだよ。
逆に私がそういっても、どうしても気分が乗らなければ、そうだと言えばいい。
言ったようにコミュニケーションなのだから。
これは二人ですることなんだからね。
……でも、嬉しいよ。またしたいと思ってくれてるんだな、君は」
「いや、じゃないよな……?」
「当たり前だろう? 毎日だってしたいくらいなのに」
「まっ……」
 
黒鷹の台詞に顔が赤くなるのがわかる。
さっきまでの行為をつい思い出してしまったから。
その様子がおかしかったのか、黒鷹が小さく笑う。
 
「……何がおかしい」
「いや。可愛いなぁと思ってね」
「かわ……お前な」
「本当だよ」
 
黒鷹は真面目な響きの声でそう言うと、頬に添えていた手を放して、その腕で俺の身体ごと抱える様に触れてきた。
 
「黒……」
「無理をさせるつもりはないけどね。
本当に可愛いと思うし、何時だって触れていたいと思うよ。
どうしようもないほど、君が好きでたまらないからね」
「っ……ずるいぞ、お前……っ」
「何がだい?」
「そんな言葉を言われた後に、俺に何を言えというんだ、お前は……!」
 
どんな言葉を言っても敵わない気がしてしまう。不公平、だ。
 
「別に何も言わなくたっていいさ。
これでも君の親だよ。わかってるつもりだから」
「それがずるいって言ってるんだ」
 
自分で完結して、納得して。
それで、人には何も言わせないつもりか。
……俺にだって、伝えたい言葉はあるのに。
 
「……だって………………だからな」
 
聞こえるか、聞こえないかくらいの小さい声で呟いたら、黒鷹が凄い勢いで俺の顔を上げさせた。
目がいつになく真剣だ。
 
「ちょ……玄冬! 今の! 今の言葉をもう一度!」
「……何も言わなくたっていいんだろう」
 
自分で言った癖に。わかってるつもりだと。
慌てた様子に少し愉快な気分になりながら、そんなことを言ってやる。
 
「いや、ぜひ言ってくれたまえ! あと一度でいいから!」
「さあな」
「玄冬~!」
「……もう。本当に一回しか言わないからな」
 
結局、拗ねたような声に俺が折れて。
こっそりと耳元で呟いたら、満面の笑みで抱きしめられた。
それが心地良いという自分も、黒鷹のことなんて言えないんだろうなと思いつつ、その身体を抱きしめ返した。
 
――俺だって
 
――ずっと傍にいたいと思うくらいは
 
――お前のことが好きなんだからな。

2004/06/18 up
我が家の黒玄初めて物語。懐かしいっていうか、初々しいw
一旦サイトにあげていたものを個人誌に収録。
その後再び微妙リメイクして、再アップした作品です。
黒玄メールマガジン特設サイトに逆視点の2.0も書いてました。

  • 2013/01/01 (火) 00:04
  • 黒玄

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