花帰葬-Novel Under Ver.

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First rapture ver.2.0

「……く……っ」
 
玄冬の部屋の扉をノックしようとして、微かに零れる声に気がついた。
ああ、そうか。何をしているかすぐにわかった。
さすがに自慰をしているところに部屋に踏み込むのは気拙い。
後で出直すか……それにしても。
私の腕の中に収まるようほど小さかったあの子がね。成長したものだ。
だが、どうにも。
あの子がどこかの誰かといずれ触れ合ったりするようになるというのは、想像が出来ないでいる。
どこの親もそうなんだろうかね。
取られたくないというか、なんというか。
誰か、思う相手ができるというのは幸せなことなのに、また自分に執着を持ってくれるきっかけにもなるはずの喜ばしいことでもあるのに、どうしてだか、それを素直に歓迎してやれない気がするよ。
親離れできない、ということなのかね、これが。
どうしてこんなにすっきりとしない気分になるのか。
 
「おい」
「わぁっ! ……急に声をかけないでくれたまえ。驚くじゃないか」
 
扉が開くと同時に玄冬が声をかけてくる。
しまったな。
考え事をしていて、すっかりそちらに気を払うのを忘れてしまっていた。
 
「驚いたのはこっちだ。お前、何時からそこにいた?」
「え? あ~いや、その……さすがの私も声をかけにくかったタイミングと言うか」
「その割には、場を去らずにいたのはどういうことなのか、聞かせてもらおうか。趣味の悪い」
 
出直すつもりだったし、まともに聞いてはいなかったが、それを言ってもかえって話がややこしくなる。
 
「ほら、それはだね……なんというか、親としては子の成長ぶりを、とりあえずは確認しておこうかとか」
「……お前」
 
玄冬が呆れたように呟いた。
が、どうにも顔色が冴えない。
そんなに嫌だったかな? 
思春期の子どもは扱いにくい、と何かで読んだ。
扱いにくいとは思ったことはないが、時々考えてることが昔のようにはわからなくなってはいる。
フォローのつもりで抱きしめて、背中を優しく撫でてやった。
 
「悪かったね……さすがに抵抗があったかな? そんな浮かない顔をするなんて」
「……どうしてなんだ?」
「うん?」
 
何故だろう? 酷く声が沈んでいる気がするのは。
 
「なんで、こんな機能なんかある? 世界を壊してしまうものなのに、俺は。
……命を生み出す機能なんてあっても、どうしようもないだろう?」
「玄冬……?」
 
ずきんと、胸の奥が痛む。
 
「しんどいだけだ。こんなの。
いっそなければいいと思うのに。どうして……」
 
哀しかった。性機能をそういう形で受け止めていたのか、君は。
私だって、玄冬が誰かと触れ合うというのは想像できなかったけれど、それでも、なければ良かったとまで思っているとは、あっても仕方がないと考えてるとは思わなかった。
 
「……そんな風に思っていたのかい、君は」
  
より強く抱きしめる。
別に痩せているというわけではないのに、その身体が心細く感じるのはどうしてだろう。
 
「セックスというのはね、ただ次代に繋ぐ命を編み出す行為なだけではないんだよ」
 
教えてあげたい。
セックスのもたらすさまざまな喜びを。感情を。
 
「自分の全てを使って、相手の全てを受け止める。
何もかもを捧げられる、たった一人の相手との至高のコミュニケーションでもある」
 
髪を優しく撫でる。ふわりと漂う甘い香り。
この先の言葉を言ってもいいものか、ほんの少しだけ迷って、でも結局は言葉にした。
 
「全身全霊をかけるから、相手を選ぶ。
自分の全てを晒しても触れ合いたいと、相手の全てが欲しいのだと願うから。
……人が人を求めるのは当たり前のことなんだよ。
愛しい相手のぬくもりが欲しいと思うのは自然のことだ」
 
ただ、傍にあるだけでは満たされないもの。
意思の疎通で初めて満たされる感情。
そう、わかってしまったよ。
私が君に誰か大事な相手が出来ても歓迎できないだろう、理由が。
欲しいんだ。君が。
誰にも渡したくはない。
このぬくもりを独り占めしたい。
額に口付けを落とす。
今までしてきた親愛のキスとは違った意味での口付けを。
 
「欲情を伴わない愛もある。
でも、激しく求め、全てが欲しくなる愛もあるんだ。
セックスとはそういうものだよ。
……君に教えてあげよう。
ただ、一人で悦楽を解消するだけの行為と、
誰かと悦楽を共有する行為がどう違うのか。……私の全てをかけて」
 
愛しく可愛い私の子。 
顎を捉えて、唇を重ねた。
玄冬は拒む様子も、戸惑う様子もなかった。
それに些かほっとする。
この子に拒まれるのも、嫌われるのも……正直怖い。
今からすることで、君との関係を壊してしまわなければいいが。
もう、後戻りはできないのはわかっている。
今までと丸っきり一緒のままではいられない。
それでも君の全てが欲しい。
名残を惜しみながら唇を離して、玄冬の手を取る。
 
「……おいで、玄冬」
 
出来る限り、優しく触れてやりたい。
手をひいて、部屋の中に促した。
 
***
 
「……俺はどうしたらいいんだ?」
 
俺の服の釦を外している黒鷹に問いかける。
経験がないから、こういうときにどうしたらいいのかがわからない。
 
「何もしなくていいよ。
ああ……でも、そうだね。私が君に触れていて、君も私に触れたいと思ってくれたら、触れてくれればいいし、気持ち良いと思ってくれたなら、それを言ってくれればいい。
勿論、その逆もね。
こうやって触れていて……嫌ではないかい?」
 
露出された胸元に、黒鷹の手が優しく触れてくる。
嫌ではない。それどころか温かい手が気持ち良い。
 
「いや、気持ち良い」
「良かった」
 
微笑んだ黒鷹が俺の首筋に顔を寄せた。
軽く肌を吸われて、甘い疼きがそこから身体に広がっていく。
 
「んっ……!?」
 
自分で、上げた声に戸惑う。
何て声を出すんだ、俺は。
でも、黒鷹はそれを茶化すでなく、唇を離して、吸った場所に指を滑らせ、また別の場所の肌を吸っていく。
掌で同時に身体のあちこちを撫でながら。
ぞくぞくとその都度に昂ぶっていくのがわかる。
こんな感覚があるのか。
黒鷹が俺の服を一通り脱がせると、自分の服も脱いで。
左腕の傷跡を久しぶりに全部見たような気がした。
俺の視線の先に気付いたのか、黒鷹は一瞬だけ苦笑を浮かべたが、そのまま俺の身体を抱きしめてくる。
全身で直接感じる体温に戸惑う。
だけど、伝わる温もりは凄く気持ちいい。
ずっとこうしていたいくらいだ。
腕を黒鷹の背に回して、抱きしめ返すと黒鷹の笑った気配がした。
 
「温かい。……気持ちいいな」
「気持ちいいね」
 
しばらくそのままでいたあと、黒鷹がまた動き出す、少し収まっていた疼きがまた身体に広がっていく。
 
「行為自体はね、恥ずかしいものではないんだよ。
生き物として当然のことだからね。
……誰もがそうやって生を受けて、また新たに命を生み出す」
「ふ……っ……」
 
黒鷹の声が艶を帯びて聞こえる。
肌に触れてくる指も唇も舌も、全ての感触が優しい。
だけど、それに翻弄されそうな自分の感覚が得体が知れない。
どんな風になるんだろうか。
 
「恥ずかしいのは、行為によってもたらされる快感であり、それに対する個々の反応だ。
全て曝け出して、全て受け止めるから。そこには恥も外聞もない。
羞恥心やモラルがある限り、それを交わせる相手というのが、おのずと限られてくる。
……だからこそ、それができる相手がたまらなく愛しい。
いや、愛しい相手だから、何もかもが欲しいと思う。
全てを曝け出した、ありのままの姿を」
「く……ろたかっ……」
 
欲しい、という感情を否定できない。
極力人と関わらずにいようと思ってはいるけど、その中に黒鷹を含めたことはない。
……含められない。だって、他にいない。
でも、やっぱり何かが恥ずかしい。
今の自分がどんな顔をしてるか想像したくなかった。
ここまで俺を育ててくれたのは黒鷹だし、こいつ以上に俺を知っているやつなんているわけもないのだが、それでも。
俺の返す反応で黒鷹を失望させたくない。
曝け出してしまっていいんだろうか? 
どこかで黒鷹なら大丈夫だと思いつつも、もしそうでなかったら、というのが拭えないでいる。
そう、考えていたら不意に黒鷹が手を重ねてきた。
どうやら、随分と知らない間に手に力を入れてしまっていたのを、そこで初めて気がついた。
 
「……怖いかい?」
 
心なしか不安そうな色を浮かべた黄金色の目。
違う、お前が怖いんじゃ、ない。
でも、何ていっていいのかが纏まらない。
 
「自分でも、わから……ない」
「……ん?」
「どうしていいのか……どう反応したらいいのか、わからないんだ。…………でも」
 
力を抜いて、なんとか笑った。
 
「……怖いとか、嫌だとか、そんなんじゃ……ないと思う」
 
少なくとも、こうして触れているのは心地良い。
 
「そうか」
「あ……っ……!」
 
胸の紅点を唇で啄ばまれて、身体が震えるのを抑え切れない。
 
「反応はそれでいいんだよ。
そうやって、身体が震えたり、声を上げるのを聞きたい」
「っ……そんなのを口に出されるのは……凄く、恥ずかしいんだが」 」
 
いつもの自分とは違うのだと、いやでも自覚させられてしまう。
 
「だから、意味があるんだよ。……誰とでもできることじゃないだろう?」
 
黒鷹の手が下肢に伸びて……触られた。
誰かにそんなところを触られることがあるなんて考えても見なかった。
自分の手でないものの感触はまたそこに血を流し込む。
反応しているのが隠しようもなくて、恥ずかしい。
 
「……や……そん、な……っとこ……汚な……」
「何を言ってるのかね、君は」
「ひっ……! あ……!」
 
黒鷹の指が先のほうを優しく撫でる。甘い疼きが腰に走る。
 
「……私がここまで、君を育ててきたんだよ? 
どうして今更、汚いなどと思う?
君の身体に汚いところなんて、どこにもない」
「や……ああっ!! ちょ…………やめ……!」
 
黒鷹の頭が下の方に滑り落ちて、止める間もなく、口でそれを含まれる。
知識として、知ってはいたけど今されるとは思わなかった。
ざらりとした温かい舌の感触は気持ちよすぎておかしくなりそうだ。
全体を舌で触れられて、声がどうしても出てしまう。
みっともないくらいに。
 
「ん……! くっ……!!」
「……ああ、この辺かい?」
「ひっ……! やぁっ……!」
 
裏側を下から上に、強く舌が這っていく感触に達してしまいそうになる。
声は抑えてしまうより、出した方がまだ楽なのだと初めて知った。
だけど、黒鷹の指が後ろを探って触れたのには、さすがに身体が一瞬強張った。
自分でさえ、風呂とトイレでぐらいしか触れることの無い場所。
 
「ここで。繋がるんだよ。男同士での場合はね。……大丈夫かい?」
「…………あ……」
 
控えめに指がそこの周囲を撫でる。
触れ方一つでも気を配ってくれているのがわかる。
 
「今日でなくたっていいんだよ? 
ゆっくり、少しずつ慣れていけばいいだけなのだから」
 
気遣ってそう黒鷹は言ってくれたけど。
後に延ばすか、今するかの違いと言えばそれまでだ。
ここで止められるのはキツイとわかっていても、そう言ってくれる黒鷹が本当に無理はさせるまいとしてくれてるのが伝わる。
それが嬉しかった。
それなら、俺も応えたい。それに……。
 
「……いい。そのまま、続けて……くれ」
「玄冬」
「大丈夫……だから」
 
俺も黒鷹が欲しい。
もう誤魔化さない。このまま繋がりたい。
黒鷹には経験があるんだろう。
他の誰かにもこうやって触れたことがあるのかと考えてしまうと胸が焦げそうだ。
俺の知らない黒鷹を誰かが知っている。それが悔しい。
俺も知りたい。
恐れがないと言えば嘘にはなるかも知れないが、受け止めたかったし、受け止められたかった。
黒鷹が優しい目をして軽く額をこつんとあわせる。
 
「……わかった。無理かも知れないと思ったら、すぐに言いなさい」
「ん……」
 
また黒鷹が頭を足の間に埋めて、内股に口付け……それから舌が奥の方に触れた。
焦らすように周囲をゆっくりと舌で撫でてほぐす感触にどうしても身体が震えた。
そんな場所を舐められているという羞恥と伝わる感触で頭が麻痺しそうだ。
 
「く……ふっ……なん……かっ……それ……っ変に、なる……っ!」
「……こうしないと、君が辛いことになる」
「! ……うあっ……! く……ろたっ……!」
 
そっと中に、指が滑りこんで、ゆっくりと掻き回す。
時々びりとくる甘い刺激。
まだ指だけなのに。この中に入る黒鷹はもっと太くて長いのに。
どうなってしまうんだろう。
 
「黒鷹……」
「本当に……辛かったら言いなさい」
 
優しい声。
指が抜かれて、熱を持った塊がそこに触れる。
黒鷹も興奮してる。俺だけじゃない。
額に落ちた口付けの優しさにいくらかほっとする。
うん、大丈夫だ。
抱いてくれてるのは黒鷹なんだから。
 
「なるべく、止める努力はするから」
 
それに頷くと、足を抱えられて、黒鷹が気遣いながら俺の中に入ってきた。
 
「……く…………あぅ……!」
「っ……!」
 
熱くて鋭い痛み。
なんとか力を抜こうとするけど、逆に力が入ってしまう気がする。
どうしたらいいんだろう。
何かに掴んでいないと壊れそうで、下のシーツをぎゅっと掴む。
 
「大丈夫、かい? どうせなら、私にしがみついて……いるといい」
「…………め……だ……」
「……玄冬?」
「ダメ、だ……っ……余裕な……からっ。
お前にしがみ……ついた、らっ……傷つけ……る」
 
俺だって、黒鷹に抱きついていたいけど、今はダメだ。
 
「……馬鹿な子だね」
「ん……ちょ……黒……!」
 
黒鷹が強引にシーツから、俺の手を引き剥がして、自分の背中に回させた。
 
「そんなものは、たいしたことないよ」
 
優しい笑顔。
全部、受け止めてくれるというのはこういうことだろうか。
……だとしたら。なんて。俺は。
 
「いくらでも縋って……傷つけてしまうといいっ……」
「……くあ………っ!!」
 
幸せなんだろうか。
黒鷹が強く突き上げる衝撃に力が入って、たまらず背中に爪を立てた。
繋がった部分が酷く熱く、脈打っているのが感じられる。
少しずつ遠のく痛みとは逆に、何かが胸を満たしていく。
なんとか繋がった状態が慣れ始めた頃に、黒鷹が口付けをせがんできた。
唇を触れ合わせるだけでなく、唇を割って舌が入り込んで。
口内の熱を貪り、歯列を辿り、舌を絡めあう様に蕩けそうになる。
こんな口付けの仕方もあるのか。
髪を掻きあげられて、正面にある顔を改めてみると、それはすごく真剣な目をしていたけど、どこまでも優しく笑ってもいて。
……黒鷹のこんな顔、初めて見た。かなり好きかも知れない。
 
「辛いかい?」
「……さすがにちょっと、な。でも大丈夫……だから」
「……動いてみても?」
「ん……多分」
 
動いてないと黒鷹も辛いだろうし、実際挿れた瞬間よりは痛みは和らいでいる。
俺の言葉に黒鷹がゆっくりと動き始める。
痛みと圧迫感もあるけれど、それよりも繋がっている事実が嬉しいと思う。
抱き合うってこういうことなのか。
 
「……っうあっ!」
 
唐突に突かれた場所から強い刺激がきて、悲鳴を上げた。
黒鷹の目が嬉しそうに笑った。
 
「ここ……かね?」
「ひっ……だ……! そこ……っ! やめ……! あ!!」
 
同じ場所を強く突き上げて。
黒鷹の肩口に顔を押し付けて、背により強くしがみついた。
強すぎる快感にばらばらになりそうで怖い。
 
「黒た……かっ! ダメ……! 壊れ……っ!」
「……っ壊れても、構わない、よ……!」
 
受け止めてあげるから、と微かな呟きと余裕のなさそうな様子が泣きそうになるほど、愛しい。
どうしよう。凄く。
 
「……黒……った……か! く……ろ……っ」
 
好きでたまらない。いっそ壊して欲しい。
黒鷹をこんな風にしているのが自分だというのがたまらなく嬉しい。
どんどん余裕を無くしているのがわかる。
俺の存在が黒鷹をそんな風にして、やっぱり黒鷹の存在が俺の中に浸透していく。
溶けてしまいそうなほどに。
 
「っ……玄冬っ!」
「ふあ……っ!」
 
どくんと繋がったところが大きく脈打って。
中に出された感覚に背が仰け反り、俺も一瞬空白の世界に引き込まれた。
波がひいて、黒鷹を見上げたら、
また微笑んで、額に口付けされて。
泣きたくなるほど愛しかった。
 
――……人が人を求めるのは当たり前のことなんだよ。
 
ああ、お前の言うとおりだな。
このぬくもりはきっとずっと欲しかったものだったんだ……。
 
***
 
「全然違うだろう? ただ、自分でするのと、相手がいるのとでは」
「ん……」
 
頬を少し染めたままで玄冬が頷く。
髪を優しく撫でると汗の匂いが漂って、つい行為を思い出す。
幼い頃から呼んで求めたのとは、また違った形で私を呼んで、求めてくれて。
どうしようもなく、可愛くて、愛しくて。
こんなにも私の中で君の存在が大きくなっていたのだと改めて思い知らされた。
もう、誰にも渡さない。
そんなことを思っていたら、玄冬がそっと私の頬に手を伸ばしてきた。
 
「どうしたね?」
「……まだ、何か信じられない」
「それは私もだよ」
 
ずっと愛しいと思っていた。
『子ども』として。
でもそれだけではなかったのだと。
頬に触れていた手を取って、指先に口付ける。
君の何もかもにこうやって口付けたい。
この先、数え切れないほどに、身体中の全てに。
 
「十五年間で君との間に築いてきたものを、全部壊してしまうかも知れないと思ったからね。
……本当は少しだけ怖かったよ。拒まれたらどうしようかと。
いや、拒まれるだけならまだしも、嫌われてしまったら、どうしようかとね」
「……そう、なのか」
 
今の玄冬に初代の時のように、弓で射られるような真似をされたら、本当に泣けてきそうだ。
拒まれたりしなくて良かった。
 
「黒鷹」
「うん?」
「……『特別』なんだって思っていいんだよな」
 
やれやれ、そんな不安そうな目をしなくていいのに。
教えただろう? 君に。何もかも、私が。
 
「誰が、君にそうやって教えたと思っているんだね。
……触れたのは愛しいからだよ。同情や気紛れで抱いたわけじゃない」
「ん……」
 
顔を引き寄せて、唇を重ねる。
唇同士の口付けは特別だとも、言ったよね?
唇を離すと玄冬の顔がほっと緩んでいた。
そう、不安になんて思わなくていいんだよ。
今の私には君しか見えてはいないのだから。
 
「その……また、してくれる、か?」
「言葉が違うよ、玄冬」
「え……」
 
よくわかっていないらしい、玄冬を軽く睨んで、頬に手を添え、こつんと額を軽くぶつけた。
 
「一方的にすることじゃないんだから、したいときに『したい』と言ってくれればいいんだよ。
逆に私がそういっても、どうしても気分が乗らなければ、そうだと言えばいい。
言ったようにコミュニケーションなのだから。
これは二人ですることなんだからね。
……でも、嬉しいよ。またしたいと思ってくれてるんだな、君は」
 
痛い思いも辛い思いもしただろうけど、それを凌駕する何かが明らかにあったのが嬉しかった。
自分から言い出してくれるとは思わなかったよ。
 
「いや、じゃないよな……?」
「当たり前だろう? 毎日だってしたいくらいなのに」
「まっ……」
 
一瞬で玄冬の顔が耳まで赤くなる。
さすがに毎日は厳しいかな。
でも、本心なんだけどね。
つい、その様子が可愛くて笑ってしまう。
 
「……何がおかしい」
「いや。可愛いなぁと思ってね」
「かわ……お前な」
「……本当だよ」
 
可愛くて可愛くて仕方がない。
玄冬の身体を抱きしめて、全身で体温を感じる。
もう、情欲の名残はほとんどないけれども、単純にこうしてぬくもりを感じるのだって、愛しい。
何時までだってこうしていたい。
 
「黒……」
「無理をさせるつもりはないけどね。
本当に可愛いと思うし、何時だって触れていたいと思うよ。
どうしようもないほど、君が好きでたまらないからね」
 
だから、それをそのまま口にすると、拗ねたような声が聞こえた。
 
「っ……ずるいぞ、お前……っ」
「何がだい?」
「そんな言葉を言われた後に、俺に何を言えというんだ、お前は……!」
「別に何も言わなくたっていいさ。
これでも君の親だよ。わかってるつもりだから」
 
別に言葉が欲しいわけじゃない。
こうしているだけでも十分だから。
 
「それがずるいって言ってるんだ。……だって………………だからな」
 
小さな呟きは聞かせるつもりだったのか、そうじゃないのかわからない。
でも、もう一度。聞きたいと思った。
まさか、玄冬が口にするとは思わなかったから。
言葉にするのは得意ではないこの子が。
思わず顔を上げさせると玄冬の顔が戸惑っている。
 
「ちょ……玄冬! 今の! 今の言葉をもう一度!」
「……何も言わなくたっていいんだろう」
 
しまった。確かにそう言ってしまったのは私だ。
でも言ってくれるのならやっぱり聞きたいのが本心で。
 
「いや、ぜひ言ってくれたまえ! あと一度でいいから!」
 
もしかしたら、自分で思っていたよりも本気の様子がにじみ出ていたかも知れない。
 
「さあな」
「玄冬~!」
「……もう。本当に一回しか言わないからな」
 
仕方ないなと言わんばかりの苦笑。
でも玄冬は耳元でそれをもう一度呟いてくれて。
嬉しさに胸がいっぱいで、愛しい子を抱きしめた。抱きしめ返される腕にさらに幸せを感じながら。
 
――俺だって、ずっと傍にいたいと思うくらいは
 
思ってくれる。ずっと私の傍にいたいと。共に在りたいと。
 
――お前のことが好きなんだからな。
 
そんな君が私も誰より何より好きでたまらない。
愛してるよ、私の子。
覚悟するといい。
嫌だと言っても、もう私は君を手放しはしないから。

2005/03/07 up
First raptureの逆視点。黒玄初めて物語。
黒玄メールマガジン特設ページにあげてました。
こっち側は玄冬の成長を噛み締める鷹と、玄冬が黒鷹に戸惑いつつ、委ねて幸せを実感しているのを書くのが楽しかったです。

  • 2008/01/01 (火) 00:05
  • 黒玄

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