作品
心の在り処(玄冬Ver.)
「今日も、なのか?」
胸元に伸びた手に問いかける。
「ああ」
「最近、毎日だぞ」
夜毎に俺を求めてくる。
何かを忘れようとするかのように。
「辛いなら、肌を合わせているだけでもいい。ただ、君に触れていたい」
連日の行為に身体が辛くないといえば、嘘になる。
だけど、感じていたいのは俺も一緒だったし、何より翳を宿す黒鷹の目を見ている方が辛い。
俺を見下ろす顔をそっと両の掌で包んだ。
「いい。大丈夫だから」
「……すまないね」
ほんの僅かに和らいだ目にほっとした。
こんな癖は昔から変わらない。
何か不安を抱え込むと口には出さない代わりに、肌を重ね、ぬくもりを感じることでそれを逃そうとする。
どうしてだかはわからないが、今の俺には過去の記憶がある。
『生まれるたびに殺してくれ』と黒鷹と約束を交わしたときの記憶が。
死ぬ間際にふいに過去の記憶を思い出したりしたことならあったが、最初から記憶を持って生まれたのは初めてだった。
それを告げたとき、黒鷹はかなり驚いていたが、嬉しそうにも見えた。
何度生まれても、俺は俺だけど、記憶はその都度消えていく。
黒鷹が一人で一方的に全てを覚えていても、俺は覚えていない。
それは仕方がないことだけど、寂しいとも思う。
思い出を一緒に過ごした相手と語れない。
……本当に酷な約束をさせたと自分でも思う。
それでも黒鷹は守ってくれている。
「……何を考えているんだい」
「ん、昔のことを思い出していた」
触れ方も抱き方も。何一つあの頃と変わらない。
「私は変わったかい」
「変わらない」
「成長がないとも取れるね」
「……そういう意味で言ったわけじゃないのくらい、わかるだろう」
「ああ」
「っ……!」
胸の紅点を甘噛みされて、声がつい零れる。
黒鷹の笑う気配がした。
「君も変わらないね。感じる場所は昔と一緒だ」
「当た……り前だ!」
今も昔も黒鷹しか知らない。
黒鷹以上に俺を知っているやつなんていない。
「嬉しいよ」
「ん……!」
下肢に伸ばされた手が優しく中心を探っていく。
微かに立てた水音に黒鷹の目が笑った。
「もう先端が濡れてきている」
「誰の、せいだと……!」
「私だね」
「っあ……っ!」
手で触れられていた場所に唇が落ちる。
丁寧になぞって行く感触に身体が軽く震えだす。
「『玄冬』は魂だけでなく、身体の方も輪廻の輪を繰り返す」
「……れが、何……っ」
時期が来れば、何処かの女性の胎を借りて生まれる。
だけど、身体的な特徴は不動だ。
両親が金髪だろうと、銀髪だろうと、俺は常に紫紺の髪と瞳を持って生まれる。
「君がこの世界にいない間。
……朽ちる身体はともかく、その魂はどこにあるんだろうね?」
「ふ……!」
舌でその場所への刺激を続けながら、指が後ろに回る。
優しく周囲を解されて、侵入される指に感じるのはもどかしさ。
毎日、触れているとかえって身体の反応が敏感になるのは気のせいだろうか。
「黒……鷹っ!」
「……そろそろいいかい?」
情欲に霞んだ目がまっすぐに見つめてくる。
無言で頷くと、一度キスを交わしてから、黒鷹が中に入り込んできた。
「っあ……! ん!」
「っく……!」
一気に深いところまで繋げてきた衝撃に、背に縋りついたら黒鷹が小さく呻いた。
また背を傷つけてしまったらしい。
「悪……」
「っ……いい……いいから、もっと抱きつきなさいっ」
「あっ……!」
身体を揺らして、繋がった場所から快感が広がっていく。
一緒だ。
記憶にある黒鷹が与えてくれる快感と。
馴染んだ、とても愛しい熱。
「……玄冬っ」
苦しそうでいて、嬉しそうな顔。
一番最初に情を交わしたあの時から、ずっとこの時の黒鷹の顔が好きでたまらない。
「……ろ……たっ……!」
名前を呼んだら、律動が強くなった。
強く抱きしめて、出来るだけ広い面積で肌を感じて。
一際深く突いたのを感じて達した。
一瞬の空白から引き戻されてみれば、中に熱が染み込んでいく感覚。
満たされる感じがどうしようもないほど愛しい。
だけど知ってもいる。
それは永遠に続かないことを。
あと何度こうして触れ合えるだろうと、一瞬よぎった考えを頭の隅に追いやって、互いに荒い呼吸のままで口付けを交わした。
ああ、そうか。
……もうそんなに今の俺に時間が残ってないから。
黒鷹がこんなにも求めてくるのか。
また長い時間、一人で過ごすことになる前に。
***
「さっきの話だけどな」
「……うん?」
髪を撫でてくれる黒鷹に話題を振った。
「俺が死んだ後の魂はどこにあるんだろう……って。
普通の人ならよく霊が、とか言うだろう?」
「そうだね。親しい人の傍にいて守っているとかは聞くかな」
真偽の程はわからないけどね、と呟いた言葉はどこか寂しげに聞こえた。
「……本当、なんだろうか」
「そういうのは覚えてないのかい?」
「ああ」
「そうか……」
「お前はどう思う?」
「ん? 霊になって、傍にいるとかそういうことかい?」
こくりと頷くと、黒鷹が微笑んで俺の身体を引き寄せて抱きしめてくれた。
「そうだな、あるかも知れないね。
……いや、あって欲しいというべきかな」
その言葉に胸が少し痛んだ。
一人で過ごす時間が寂しくないわけがない。
例え、こうしている時間が幸せなものだとしても、俺が存在している時間よりも存在していない時間の方が長い。
……辛いはずだ。
それでもこいつは約束を守ってくれてる。
俺との約束だから。
それならば、俺は。
「黒鷹」
「うん?」
「……俺なら傍にいるから」
「玄冬」
根拠なんて無い。
それでも、きっと俺は身体を持たない間は黒鷹の傍にいるはずだ。
「魂だけでも傍にいる。そして、生まれてきてもまた傍に。
俺の帰るところはお前の傍しかないから」
他のどの場所でもなく、黒鷹の傍が俺の居場所だから。
何があっても。
僅かに黒鷹の顔が歪んだ。
「……嬉しいことを言ってくれる。でもね」
「ん……っ!?」
黒鷹が身体を起こして、俺を組み伏せる形になる。
「今の君は生きているのだから。
逝った後の話をするよりはこうして抱いていたいね、私としては」
何か誤魔化している様な感じにも見えた。
ああ、わかった。これは照れ隠しだ。
「まだする気なのか、お前」
「いけないかい?」
仕方の無いやつだ、と思うけど。
結局はそんなところだって好きだから。
手を伸ばして黒鷹の顔に触れた。
俺だって、出来る限り黒鷹に触れていたい。
「……そんなわけないだろう」
「そう言ってくれると思っていたよ」
「ん……」
口付けを交わして、再び肌に手を這わせ始められる。
出来れば、また忘れないでいたい。
覚えていたい。
優しく触れる感触を、愛しい言葉を、温かい感情を、繋がるときの焦がれる熱を。
心の中でそっと願いながら、黒鷹の動きに集中した。
***
「あの時。……魂だけでも私の傍にいるって、言ってくれたね、君は」
(ああ、言った)
前に言ったとおりに死んだ後、気がついたら俺は黒鷹の傍にいた。
黒鷹が亡骸となった俺を抱えているのを見るのは妙な気分だけど、傍にいられるのは嬉しかった。
俺の存在を感じてくれるかどうかはわからない。
けど、そっと抱きしめるようにしたら、黒鷹が柔らかく微笑んだ。
「……有り難う」
気づいてくれたらしい。
触れることも、話をすることも出来なくても、存在を感じてくれるだけで十分だ。
「行こうか」
(ああ)
俺の身体を抱えて、空間転移する黒鷹について行きながら思う。
次にまた俺が生まれるまで。
こうしてお前の傍にいる。
お前が少しでも寂しくないように。
2005/01/16 発行
個人誌『Ad una stella』より。
サイトには今更黒鷹Ver.と一緒に初up。
Uさんからの啓発作品です。
春告げの鳥EDで玄冬が生まれていない間の鷹救済的な。
玄冬は繰り返し生まれるけど、たまには過去の記憶もあっていいと思うわけで。
- 2008/01/01 (火) 00:08
- 黒玄