花帰葬-Novel Under Ver.

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目に映るのは遠き日々の。

[Kurotaka's Side]

玄冬がいなくなってしまってから、最初の冬。
管理者の塔に戻る気にもなれず、相変わらず私は玄冬と二人で過ごしていた家で暮らしていた。
冷えた身体を二人で温め合うことは出来ずとも、あの子を思い出すと心はほんのりと温かくなったし、たまに救世主の子どもが家を訪れるようになっていて退屈もせずに済んでいたからだ。
雪も深くなり、人里との行き来が困難になり始めた頃、あの子どもはしばらくここにいたい、と私に告げた。
断る理由もなく、空いていた玄冬の部屋を使わせている。
自分でも少し意外だったが、久しぶりの誰かとの生活は悪くは無かった。
食生活の面で意見が合うというのは、気が楽だったし、そこでまた玄冬のことを懐かしみ、互いにあの時はああだった、等の思い出話に耽るのも嬉しかった。
だからこそ平穏に過ぎていく日々の中で、ある日唐突に言われたその言葉に面食らった。
 
「玄冬をどうやって抱いていたの」
「……お前がそう言い出すとは思わなかったね」
 
口調はまるで天気の会話でもするかのような感じで、あまりにあっさり訊ねられたことに驚く。
花白からしたら、触れたくはない話題だろうと思っていた。
 
「随分と直接的な質問だな。……知っているとは盗み見たか?」
「よく言うよ、お前知ってたくせに。
……あの時。僕がここに泊まりに来て、玄冬と明け方まで話していたあと……玄冬はお前の部屋にいって、二人で抱き合っていたよね。
あの時、僕が部屋の外にいたことくらいお前がわからなかったわけがない」
 
――黒……た……っ……んん……っ!
――……声。もう少し抑えないと、あの子どもに聞こえるよ?
 
ああ、確かに。
口ではそんなことを言いながらも、私はあの子を貫くことを緩めなかった。
声なんか抑えていられないように、弱い部分を狙って攻めたてて、部屋の外にも様子が伝わるようにしていた。
お前には入り込めないだろうと、玄冬は私のものなのだと言わんばかりに。
 
「まあ時効か。当て付けていたのは認めるよ。
玄冬はきっと最期まで気付かなかっただろうが。
お前が私たちの関係を知っていることは、ね。
あの子はそういう部分が鈍かったりするからな。
気付いていたのなら、まともに顔を合わせられていられなかったんじゃないかね」
「……そうかもね」
 
元来羞恥心は強い子だ。
見つかるかも知れないというスリルを楽しむくらいはできても、実際に知られたら、とてもじゃないが人のいる状況で抱かせてくれることはなかっただろう。
 
「しかし、聞いて何になるね? 興味本位だとしたらあまり感心できないが」
 
今更、といえばそれまでの話ではある。
だけど、二人きりで交わした時間をあまり踏み込まれたくはない。
あの温もりは既になくても、私には何より大切な記憶の一つだから。
 
「……自分でもよくわからないや。ただ、気になったからかな。
そもそも、なんでそんな関係になったのさ。きっかけはあったんだよね?」
 
好奇心というには、向けてくる眼差しがあまりにも真剣すぎる。
拒む気にはなれない。
軽く息をつくと椅子の背もたれに身体を預けた。
 
「……最初はあの子が十五の時。今のお前より少し幼かった頃だよ」
 
――なんで、こんな機能なんかある? 世界を壊してしまうものなのに、俺は。
――……命を生み出す機能なんてあっても、どうしようもないだろう?
 
偶然、玄冬が自慰をしていたところに出くわしてしまい、気まずいなと思っていたら、あの子がそんな事を言った。
今でもあの時の言葉を思い出すと少し胸が痛い。
 
「世界を滅ぼす立場の自分に、命を生み出す能力が備わっていることにあの子は困惑していた。
それが私には悲しく思えてね。
抱きしめあうことで癒されたりすることもあるというのを教えたかった。
人のセックスは生殖活動なだけじゃない。
大事な相手とのコミュニケーションの手段でもある」
 
触れた時の和らいだ表情がとても好きだった。
抱きしめた時に微笑んでくれた顔は優しい記憶の中にある。
……だけど。
 
「……目一杯愛して育てたつもりだけどね。
度が過ぎたかな、あの子はそれで気付いたんだろう。
私があの子を愛しているように、誰にでもそうやって愛し合う相手がいて、それで命は後の世代へと繋がっていく。
個々の事情は様々だし、全てがそうだとは言わないがね。
だからあの子は世界を選んだ」
 
――俺はお前を失いたくない。きっと誰にだってそんな相手がいる。
――今、ここで俺が死んでも、また生まれてこられる。……お前に逢える。本当に失くさずには済む。
――だって、お前は。また俺が生まれてきたら育ててくれるんだろう? 愛してくれるだろう?
 
……甘い誘惑に負けた。繰り返しあの子に逢える。
そう思うと他の方法なぞ告げられやしなかった。
何より無条件に寄せられた信頼の元に交わされた約束。
自業自得。
わかっているのに、交わした約束の愚かさを。
なのにどこかで思ってもいる。
これで玄冬は永遠に私のもの。
私は永遠に玄冬のもの。
あれは永遠を誓う誓約なのだと。
 
「…………僕にはいなかったよ」
「……ちびっこ」
「そんな相手なんていない、いなかった。
実の親にもあの人にもろくに抱きしめてもらった記憶はない」
「お前の親は知らないが、あの人は不器用だからね」
 
――この子は『救世主』なのです。世界はこの子に掛かっています。私に預けてください。
――そうすれば、貴方方の一生は保障します。『救世主』の生みの親として、ね。
 
そうして、この子どもの両親が躊躇いもせずにあの人に預けたのを知ってはいる。
あの人はあの人なりにやったとは思うが、私たちのところとは明らかに空気が違うなと思っていた。
知り合った当初からあの人の話題が出ると、いつも花白は困惑の表情を張り付けていた気がする。
その歪みが今、こういう形で現れているということか。
伝わらなかったというのは悲しいことだな。
『救世主』。
だけど……小さくて頼りなく彷徨う子どもにも見える。
手を差し伸べられたいのに、手を取ることを躊躇ってしまう、そんな感じだ。
そういえば、この子どもが自分から玄冬に触れたり、抱きついたりというのは抵抗がない様子だったが、いざ玄冬の方から触れられたり、抱き寄せられたりした時に一瞬困ったような顔をしていたのを、幾度か見かけた憶えがある。
抱きしめられることに慣れていないのだろうと、玄冬とも二人で話したこともあった。
抱きしめられるということを素直に受け止められないのは、少し気の毒だな。
衝動のままに椅子から立ち上がりそっと抱きしめてやった。
やはり一瞬だけ緊張した様子が伝わったが、それは直ぐに解ける。
子どもの腕が躊躇いがちに私の背に回されてきた。
 
「……僕は知らない」
「うん?」
「僕には分からない。……教えてよ。玄冬に教えたんなら僕にも」
 
聞き違いかと思った。
教えて、というのがどう解釈しても今のように抱きしめるだけではないことが明白だったから。
 
「……待ちたまえ、お前は今自分が何を言ってるかわかっているかい?
それに経験は?」
「うん、わかってる。でも経験はない」
「あのね……」
「だって、わからないんだ」
 
顔を上げた花白は冗談や気紛れでなく、真剣な顔だった。
本気で抱いて欲しい、と目が言っている。
はっきり言って気は進まない。
正直、玄冬以外を抱きたいとは思えないからだ。
教えるどころか傷つけるだけの可能性だってある。
いや、寧ろそっちの方が可能性としては高い。
 
「あの子を抱くようには、抱いてやれないよ。
……痛い思いをさせるだろうな」
「いいよ、それで」
 
だから、忠告の意味でそう言ったのにあっさりと頷かれてしまった。
数年の付き合いで強情なのは嫌というほど知ってはいる。
諦め半分、でももう半分で気が変わってしまえばいいと思いながら、言葉を紡いだ。
 
「……気が乗らなくなったら言いたまえ。無理に進めるのは趣味じゃない」
「うん」
 
乗らなくなってしまえばいい。
だが、そんなことはないだろうとどこかで確信もしてしまっていた。
怖い顔をしそうな白梟の顔も一瞬脳裏に浮かんだが……今こうなってしまった原因はあの人にもある。
深く考えるのは止めることにした。
 
***
 
「ふ…………」
「……あの子はこうして裏側を舐め上げられるのに弱かった」
「……っあ!!」
 
初々しさの残る、桃色に染まった花白の性器に舌を這わせながら思い出す。
玄冬が弱かった部分を。
筋が浮く場所も、色濃く染まる様もまだ鮮明に覚えている、
数え切れないほどに愛したあの子の身体とは何て違うのか。
震えが伝わるが、緊張しているか、快感からかの判断がつかない。
 
「緊張しているかい?」
「だって、よくわからな……ん……」
 
行為を一旦止めて、肌を触れ合わせ抱きしめる。
抱きしめることに慣れてない子どもは、その都度僅かに居心地悪そうにはするけれど、次の瞬間には安堵の息を吐く。
……罪な育て方をしたものだな。
 
「……平気、なの」
「何がだね」
「だって、さっきから時々止める……から」
「経験がある分、色々抑えがきく。私の方は気にせずともいい。
それに性欲は強いほうでもないからね、がっつくほど若くもないし」
「……そんな、もの……なの?」
「……玄冬でなければ、他は誰でも変わらない」
 
玄冬だったなら。
抑えることは難しい。
潤んだ目で求められた日には、加減なんて出来やしない。
隅々まで貪りつくしたいと思う。
だけど、それは。
 
「あの子でなければ、意味はない。……そういうものだよ」
「……っつ!!」
 
そっと指を奥まった部分に沿わせ、静かに中に挿れる。
触れる熱の高さも違う。
当然だろうが慣れていない行為に中も強張ったまま。
緊張を解す意味もあわせ、軽く頭を小突く。
 
「望んだのはお前だろう?」
「そうだ……けどっ…………!」
「目を閉じていたまえ。何をしているかがわかるから、余計緊張するんだろうさ」
「う…………」
 
肩に頭を預けられたのを見計らって、指を中で動かす。
少し固くなった一点を見つけて、そこを集中的に擦ると身体が震えた。
 
「……っん……!」
「感じるかい? 前が随分張り詰めてきた」
「や……! 何言って……」
「当たり前のことだろう? そういう風になることをしているんだから。
……まぁそれで羞恥を感じて、さらに気分が高揚するというのも……もうわかるだろう?」
「く…………ぅ……っ」
 
言葉は羞恥を煽る。羞恥は興奮を高める。
玄冬は私の指先一つで容易く興奮してくれた。私もまた。
触れるだけでどうしようもないほど、あの子に対しての愛しさが湧き上がっていた。
繋がった瞬間、そして互いに達した瞬間のあの充足感は何にも代え難い。
でも、それは。
 
――黒鷹。
 
あの子が相手だったから。
さまざまな後ろめたさに目を背け、気付かないふりで行為を続ける。
 
「大分中がほぐれたな。……そろそろ大丈夫かね」
「…………あ」
 
身体を開いて、指を抜いた。
その場所は玄冬よりも恐らく狭い。
……傷つけなければいいが。
 
「……出来る限り力を抜きたまえ。でないと、辛いのはお前だ」
「……うん」
「辛かったら、肩や腕に捕まっても構わない。が、背だけは避けてくれ」
「え……あ!」
 
気を逸らさせつつ細い足を抱え、内部に踏み込んだ。
ある程度侵入したところで手が彷徨い始めたのをみて繋ぐ。
両の手でしっかりと。
 
「……な……に」
「痛かったら、爪を立てればいい。……背に触れられたくないのはね、
あの子の残してくれた跡が沢山あるからだよ」
「…………っ!」
 
玄冬の癖だった。
私だけが知っている。
あの子は余裕のないほどに感じてくれたときに背に縋って、爪を立てた。
恐らく、いくつも傷跡として残っているだろう。
あの子と愛し合った証。あの子が残してくれた痕跡。
誰にも触れられたくはなかった。
特に玄冬の命を絶ったその腕では。
こんなことまでしていて何を滑稽なことを、と思う。
この子どもが悪いわけでもない。
玄冬も花白もそういう風に生まれついただけで、その結果として今があるだけのことだ。
わかってはいるのだが、それでも形容しがたい感情の波は溢れてくる。
 
「タ……カ…………っ」
 
――黒……鷹……っ! 黒鷹!
 
八つ当たりもいいところだ。
求められたのを盾にあの子を思い浮かべながら抱く。
でも、きっと花白も大差はないだろう。
この子が見ているのは私を通した玄冬だ。
 
「……何度も名前を呼んだ。お互いに」
「ん…………っ!」
「あの子は甘く擦れた声で私を求めて、私もそれに応じた。
……繋がってる最中にあの子に名前を呼ばれるのがたまらなく好きだった」
 
自分だけを求められ、見られているのが伝わって。
そう、他の誰でもなくお互いだけを目に映し、全てを相手に委ねていた。
 
「…………く…………あ……」
「……いつまでだって聞いていたかった。……なのに、あの子は……!」
「うあ…………っ!」
 
 
もう、いない。
 
 
またあの子は生まれてくる。分かっている。でもその日はまだ遠い。
泣きたいほどに愛しい想いをどうすればいい?
……死なせたくなんてなかった。私も。そしてこの子どもも。
達した勢いでそのまま気を失ったらしい子どもの髪をそっと梳く。
ねぇ、玄冬。君は酷い男だな。
 
***
 
「……ん…………」
 
身じろぎと小さな声にベッドに顔を向ける。
花白は一瞬だけ視線を彷徨わせたが、直ぐに私の方を見た。
 
「起きたか。身体の調子はどうだね? 一応後始末はしておいたが」
「平……気。うん。……後……始末?」
「ああ、中で出したまま放っておくと、腹がゆるくなるからな。後で辛くなる」
「げ、そんなのあるんだ……」
「……抱いた証にはなるだろう?」
「え?」
「お前も知ってるだろうが、玄冬は傷が直ぐに癒えるからね。
口付けの跡一つ残せない。こんな風には」
「……っ」
 
腕を取って、鬱血した場所に指を這わせる。唇を重ねることはさすがに出来なかったが、吸った肌はほんのりと甘くて、悪い気分はしなかった。
思い出したのか、花白の顔が一瞬にして耳まで紅く染まる。
 
「あの子が私に跡を残せても、私があの子に抱いた証を残せたのはそんなところでくらいだったよ。
また玄冬が困りながらも嬉しそうにもしてくれるものだから、つい後始末をし損ねたことも多かったな」
 
二人で夢中になって、行為が終わった後動くことも出来ずに意識を手離すことを何度繰り返しただろう。
 
――痛むかい?
――……大したことはない。つい眠ってしまったな、二人して。
――そうだね。……お腹を擦ってあげるよ。おいで。
――ん……。
 
少し照れながらもあの子はどこか嬉しそうで……いや私も嬉しかった。
玄冬の肌に跡は残せなくても、そんなところで繋がった証を感じて。
それでも一度。
この子どもが好奇心で玄冬の肌に口付けの痕跡を残した時は……。
 
「……もしかして、根に持ってる?」
「……お前が玄冬の首筋に跡を残したときの話だったら、腸が煮えくり返る思いだったね」
「あ……はは……あははは!」
 
同じ事を思い出していたか。
こっちとしては当時は本気で切れたのだがね。
 
「僕はざまあみろって思ったけどね」
「……喧嘩を売ってるのかい」
「……玄冬がここにいたなら、ね」
 
寂しそうな呟きに、口を噤んだ。
そう、もうあの子はここにいない。
花白が玄冬に跡を残すことも、私がそれを咎めたり嫉妬したりすることも出来ない。
 
「ねぇ」
「何だい」
「……僕、これ嫌いじゃないかも」
「奇遇だね。……私も思っていたほど嫌ではないな」
 
出来るのはあの子をどこかで想いながら、共有する感覚に慰めを見出すだけだ。
あの子を抱いた時のように満たされた感覚はないけれど、ほんの少しだけ。
何かが埋められる思いがした。悪くは、ない。

[Hanashiro's Side]

――すまない。……花白。

玄冬の最期の言葉は今でも時々思い出す。
夢に出ることもある。
今みたいに玄冬が使っていたベッドに横になった時は尚更だ。

――この家には客間もないしね。あの子の部屋を使うといい。
あまり乱さなければ構わないよ。部屋を放置しておくのもどうかと思うし。

タカがそう言ってくれたから、この家に来る都度、玄冬の部屋を使わせて貰うけれど。
ここは玄冬の思い出がありすぎて、時折辛くなる。
勿論、タカと玄冬の話をするのは楽しいし、だからこそ時々ここに来てもいるんだけど、玄冬の匂いや気配を感じるたびに悲しくなる。
……君がもういないということを嫌でも思い出させられるから。

「あいつも……そうなのかな」

タカ……黒鷹。
玄冬を守護していた黒の鳥。
玄冬と同じ匂いがするというのには、玄冬がいなくなってから気が付いた。
当たり前、かも知れない。

――黒……た……っ。んん……っ!
――……声。もう少し抑えないと、あの子どもに聞こえるよ?

たった一度。
でも忘れられない。
いつだったか、玄冬と明け方までずっと話をしていて、いつの間にか眠ってしまって。
不意に目が覚めた時に、玄冬が部屋にいなかったから、水でも飲みに行ったのかと思ったら、タカの部屋の前で玄冬の声がした。
僕が聞いたことのなかった甘い声。
玄冬もタカも。
……僕の特別と、君の特別は違う。
それが悔しくて悲しかった。

二人で一体どんな風にしていたんだろう。

***

「……お前がそう言い出すとは思わなかったね」

玄冬をどうやって抱いていたの、と訊いた時のタカは苦笑いしていた。

「随分と直接的な質問だな。……知っているとは盗み見たか?」
「よく言うよ、お前知ってたくせに。
……あの時。僕がここに泊まりに来て、玄冬と明け方まで話していたあと……玄冬はお前の部屋にいって、二人で抱き合っていたよね。
あの時、僕が部屋の外にいたことくらいお前がわからなかったわけがない」
「まあ時効か。当て付けていたのは認めるよ。
玄冬はきっと最期まで気付かなかっただろうが。
お前が私たちの関係を知っていることは、ね。
あの子はそういう部分が鈍かったりするからな。
気付いていたのなら、まともに顔を合わせられていられなかったんじゃないかね」
「……そうかもね」
 
玄冬の性格なら、そうだっただろうなと僕も思う。
 
「しかし、聞いて何になるね? 興味本位だとしたらあまり感心できないが」
「……自分でもよくわからないや。ただ、気になったからかな。
そもそも、なんでそんな関係になったのさ。きっかけはあったんだよね?」
「……最初はあの子が十五の時。今のお前より少し幼かった頃だよ」
 
タカが溜息を吐きながらも、そんな風に話し始めてくれた。

「世界を滅ぼす立場の自分に、命を生み出す能力が備わっていることにあの子は困惑していた。
それが私には悲しく思えてね。
抱きしめあうことで癒されたりすることもあるというのを教えたかった。
人のセックスは生殖活動なだけじゃない。
大事な相手とのコミュニケーションの手段でもある」
 
タカの目が優しくなった。
玄冬を思い出す時は、いつもこんな目をしている。
 
「……目一杯愛して育てたつもりだけどね。
度が過ぎたかな、あの子はそれで気付いたんだろう。
私があの子を愛しているように、誰にでもそうやって愛し合う相手がいて、それで命は後の世代へと繋がっていく。
個々の事情は様々だし、全てがそうだとは言わないがね。
だからあの子は世界を選んだ」
「…………僕にはいなかったよ」
「……ちびっこ」
「そんな相手なんていない、いなかった。
実の親にもあの人にもろくに抱きしめてもらった記憶はない」
「お前の親は知らないが、あの人は不器用だからね」
 
ガタリ、と椅子が音を鳴らしたかと思ったら、タカが椅子から立ち上がって、僕の身体に腕を伸ばして抱きしめてきた。
温かくて優しいぬくもりに、つい戸惑ってしまうけど気持ちいい。
玄冬はいつもこうして抱きしめられていたんだろうか。
……何度か玄冬に子どもをあやすかのように抱きしめて貰ったことがある。
あれはやっぱりそうやって育てられて来たからなんだろうな。
タカの抱きしめ方は玄冬の抱きしめ方と似ているもの。

それなら。
タカにこのまま強く抱きしめて貰ったのなら。
玄冬のようになれるだろうか。

「……僕は知らない」
「うん?」
「僕には分からない。……教えてよ。玄冬に教えたんなら僕にも」
 
タカが一瞬息を飲んだのが伝わった。

「……待ちたまえ、お前は今自分が何を言ってるかわかっているかい?
それに経験は?」
「うん、わかってる。でも経験はない」
「あのね……」
「だって、わからないんだ」
 
今だって、世界は滅びてしまえば良かったと思う時がある。
玄冬がもういないのに、どうして世界は何もなかったように続いているんだろうかと。
……でも、触れることが出来たら。
ぬくもりを知ることが出来たら。
少しは玄冬のあの時の気持ちも解るかも知れない。
 
「あの子を抱くようには、抱いてやれないよ。
……痛い思いをさせるだろうな」
「いいよ、それで」
 
だって、僕は玄冬じゃないし、僕もタカが好きだから抱いて欲しいわけじゃない。
タカの中に残る、玄冬の名残を感じていたい。
玄冬を知りたい。
それだけだから。
勝手な意見だというのは解っているけど、触れたら何かが変わるかも知れない。
タカはまだ気が進まなさそうな顔をしていたけど、やがて諦めたように呟いた。

「……気が乗らなくなったら言いたまえ。無理に進めるのは趣味じゃない」
「うん」
 
それでも、タカが気遣ってくれたのは少し嬉しかった。
 
***
 
「ふ…………」
「……あの子はこうして裏側を舐め上げられるのに弱かった」
「……っあ!!」
 
タカが体の中心に這わせる舌の感触に、ぞくっと身体が震える。
気持ち良いのか悪いのか解らない。
解らなさすぎて、全部飲み込まれてしまいそうなのが怖い。
玄冬は怖くなかったんだろうか。
それとも。
そういうのもひっくるめて、全てタカに預けてしまえていたんだろうか。

「緊張しているかい?」
「だって、よくわからな……ん……」

動きが一度止まって、抱きしめられる。
さっきからその繰り返しだ。 
少し怖いと思うたびに、タカは行為を止めて抱きしめてくれる。
そうして、僕が少し落ち着いたのを見計らってはまた触れ始める。
……辛く、ないのかな。
僕としては助かるけど、本当はもっと動きたいんじゃないのかな。
 
「……平気、なの」
「何がだね」
「だって、さっきから時々止める……から」
「経験がある分、色々抑えがきく。私の方は気にせずともいい。
それに性欲は強いほうでもないからね、がっつくほど若くもないし」
「……そんな、もの……なの?」
「……玄冬でなければ、他は誰でも変わらない」
 
どうしてか、その言葉に一瞬だけちくりと胸が痛む。
 
「あの子でなければ、意味はない。……そういうものだよ」
「……っつ!!」
 
小さな水音がしたかと思ったら、指が中に挿しこまれた。
慣れない感触につい萎縮してしまったら、苦笑と一緒に頭を軽く小突かれた。

「望んだのはお前だろう?」
「そうだ……けどっ…………!」
「目を閉じていたまえ。何をしているかがわかるから、余計緊張するんだろうさ」
「う…………」
 
タカの肩に頭を預けて、目を瞑る。
音に耳を傾け、意識を音に逸らすと、指を挿れられたところから、じわりと何かが広がるような感覚がした。
 
「……っん……!」
「感じるかい? 前が随分張り詰めてきた」
「や……! 何言って……」
「当たり前のことだろう? そういう風になることをしているんだから。
……まぁそれで羞恥を感じて、さらに気分が高揚するというのも……もうわかるだろう?」
「く…………ぅ……っ」
 
悔しいけど、タカの言うとおりだった。
解かっていたはずの事実を、改めて突き付けられるのは、相当くる。

「大分中がほぐれたな。……そろそろ大丈夫かね」
「…………あ」
 
タカがもう一方の手で、僕の脚をそっと開かせた。
指を抜いて、代わりにそこに宛てられたのはタカのモノ。
ああ、君もいつもこうやっていたんだね。
触れているタカが熱い。
 
「……出来る限り力を抜きたまえ。でないと、辛いのはお前だ」
「……うん」
「辛かったら、肩や腕に捕まっても構わない。が、背だけは避けてくれ」
「え……あ!」
 
言ってる矢先に、熱い塊が侵入してくる。
半ばまで挿れてきたところで、タカの手が僕の手を繋いだ。
両方の手、それぞれで。
 
「……な……に」
「痛かったら、爪を立てればいい。……背に触れられたくないのはね、
あの子の残してくれた跡が沢山あるからだよ」
「…………っ!」
 
腰を進められて、深い部分まで来た圧迫感。
……そうか、玄冬はこの感覚に耐えかねて、タカの背に傷を残したんだ。
痛みか快感か解らないけど、タカの存在が僕の中で強く主張する。
その主張にどう応えたらいいのか、解らない。

「タ……カ…………っ」
「……何度も名前を呼んだ。お互いに」
「ん…………っ!」

タカの動きが強くなった。
息が苦しい。
なのに、身体が繋がった部分にはもう苦しさはない。

「あの子は甘く擦れた声で私を求めて、私もそれに応じた。
……繋がってる最中にあの子に名前を呼ばれるのがたまらなく好きだった」
 
伝わる声が少し震えている。
 
「…………く…………あ……」
「……いつまでだって聞いていたかった。……なのに、あの子は……!」
「うあ…………っ!」
 
 
もう、いない。
 
 
あまりにも切ない呟き。
……一瞬、タカが泣くのかと思った。
薄れた意識の中で見えた顔も泣きそうだった。
そうか、そうだよね。
お前もやっぱり凄く……悲しいんだ。
玄冬が今、ここに居ないことが。

***
 
「……ん…………」
「起きたか。身体の調子はどうだね? 一応後始末はしておいたが」

気が付いた時には、もうタカはいつもの表情をして、服を身に纏っていた。
微妙に身体を繋いでいた場所に違和感はあるけど、痛みは残っていない。

「平……気。うん。……後……始末?」
「ああ、中で出したまま放っておくと、腹がゆるくなるからな。後で辛くなる」
「げ、そんなのあるんだ……」
「……抱いた証にはなるだろう?」
「え?」

タカが小さく笑った。

「お前も知ってるだろうが、玄冬は傷が直ぐに癒えるからね。
口付けの跡一つ残せない。こんな風には」
「……っ」
 
肘の内側。
鬱血して残っている跡に指が這わされる。
こいつが肌を吸った時の感覚を思い出してしまって、顔が熱くなってしまったのが解る。

「あの子が私に跡を残せても、私があの子に抱いた証を残せたのはそんなところでくらいだったよ。
また玄冬が困りながらも嬉しそうにもしてくれるものだから、つい後始末をし損ねたことも多かったな」
「……もしかして、根に持ってる?」

何となく、一つ思い出したことがあったから、そう尋ねてみたら。

「……お前が玄冬の首筋に跡を残したときの話だったら、腸が煮えくり返る思いだったね」
「あ……はは……あははは!」
 
そう、一度やったことがある。
こいつが玄冬からつけられたキスマークを得意げに見せびらかしたりなんかしたから、僕は凄く癪に障って。
お返しとばかりに玄冬にキスマークを残したのだ。
 
「僕はざまあみろって思ったけどね」
「……喧嘩を売ってるのかい」
「……玄冬がここにいたなら、ね」
 
もう、思い出話にしかならないのが切ない。
だけど。
 
「ねぇ」
「何だい」
「……僕、これ嫌いじゃないかも」
「奇遇だね。……私も思っていたほど嫌ではないな」
 
タカが言っていたように、抱きあうことで癒されることがあるというのなら。
今の僕たちの関係はそれに尽きるのかも知れない。
恋でも愛でもないだろうけど、ね。

2005年9月オンリーで発行した
個人誌「その時世界は何を失う?」に収録したものの黒鷹視点。
オンリーで先着順に配布していた
無料配布本の「Black×2 Return」特設ページに置いてあった分をリメイク。
寂しさを埋める相手にはなれるけど、結局のところ、二人とも一番好きなのは玄冬なんだよ、ということで。
2013/11/03
花白視点のをようやく見つけたので付け足しました。

  • 2009/01/01 (木) 00:03
  • 黒玄前提他カプ

タグ:[黒玄前提他カプ][黒玄前提鷹花][黒鷹][花白][春告げの鳥][初めて]

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