作品
春の日差しのように -Side A-(前編)
どこかできっと、私は予想していたのだ。
そして、恐れながらも心のどこかで望んでいたのかも知れなかった。
私の愛し子が選んだ路を。……優しい、残酷な願いを。
だって、それを叶えてやれるのはこの世でただ一人。
私しかいないのだから。
***
――何を思ってこんな風にしたかは知らないが、終わらせたりはしない。…………絶対に。
もう、君がその言葉を言ったときに嫌な予感はしていたよ。
きっとまた君は自分を犠牲にすることを選ぶのだろうと。
だが、次の言葉は予想以上だった。
――これが済んで、次に俺が生まれたら、必ず殺してくれ。
一瞬、呼吸することを忘れた。
時が止まってしまったかのように。
絶句する私をよそに、玄冬は言葉を繋げていく。
――それが済んだらその次もだ。これから世界が続いて俺が生まれる限り、俺を殺し続けてくれ。
何てことを言うのかと。
やっとのことで返した、自分の声は擦れていた。
酷く喉の渇いた感触は自分の物のようでいて、どこか遠い別世界の物のようでもあった。
――言っている意味は解るだろう。お前にしか頼めないんだ。
解りたくなんかなかった。
頼まれたくなんかなかった、そんな事は。
君が自ら首を掻き切った時でさえ、死ぬことはないとわかっていても、心が引き裂かれそうな痛みを覚えたというのに。
それ以上の痛みを君は私に繰り返せと?
――お前に育てられて、花白に殺される人生なら、何度繰り返しても悪くないと思う。
そうやって、見て行けと?
君が毎回、救世主に殺される様を?
この箱庭の世界が続く限り……永遠に?
――だから、頼む。黒鷹。
真摯な眼差しは迷いが無い。
一旦そうなったこの子が意見を決して覆さないだろう事は、嫌過ぎるほどにわかっていた。
……もしも、私が『玄冬』であることを、幼い頃に知らせてなかったら、君はどう言ったのだろうか。
――俺はお前に育てられて良かったと思う。
記憶も戻っていないくせに、そんなことを言うのか。
――俺はお前を信用している。
そう言われて、拒むことなんてできるわけもない。
絶対的に寄せられた信頼が恨めしい。
滅多に我が儘なんて言わない癖に、言い出したらききやしない。
なんて、頑固に……そして、なんて優しく育ってしまったのか。
「………………黒鷹」
「うん?」
「有り難う」
「……要らないよ、そんな言葉」
そんな言葉を聞きたかったのではない。
殺してくれという言葉なんて聞きたくなかった。
かつての君がこの世界を愛したように、君も世界を好きになるようには育てた。
でもそれは、君に生きていて欲しかったから。
自分で死を望むようにしたくなかったからなのに。
大事に育てた結果は全部が裏目に出た。……自業自得だな。
一瞬告げようかと思った。もう一つの方法を。
だが、それが言の葉になることはなかった。
私には出来なかった。
君に会いたい。何度も繰り返し会えるのなら。
私の名を呼んでくれるなら。傍にいられるのなら。
また愛し、愛されて、共に時間を歩んでいけるのなら。
そんな甘い誘惑に逆らえなんてしなかった。
だってそれなら、君が生まれてから死ぬまでの間は、君は私のものになるのだから。
ずっとずっと。繰り返し。
君の死の瞬間以外の時間は全てが。
だから、今も。君が失われてしまう、その瞬間までは。
一つ吐息をついて、玄冬に手を伸ばす。
「……玄冬。あの子の元に行く前に、少しだけ、私に時間をくれないか」
「……時間?」
問いを返した玄冬に笑いかけて、そっと抱きしめた。
何度も何度も触れたぬくもり。
また長い時間、会えなくなってしまうその前に。
「せめて、最後にもう一度。君に触れたい」
「……え…………あ…………」
玄冬の両頬に手を添えて、唇を重ねる。
戸惑う様子は伝わったけど、抵抗はされなかった。
***
「……黒鷹」
「うん?」
「お前なら……俺の記憶を戻せるのか?」
ソファに寄りかからせて、上着の釦を外し始めたところで、玄冬がそんなことを言った。
「……戻して、どうするんだい?」
すぐに君は私の前からいなくなってしまうのに。
「初めてじゃないんだろう? ……こういうことをするのは」
「…………まぁね」
なんとなくわかるものらしい。無理もないかな。
君は私しか知らないのだし、きっと記憶に無くても、身体の感覚が私を覚えてくれているんだろう。
数え切れないほど抱いて、君の身に刻み込んだ愛し合った証はそんな形で現れる。
「……だったら、どうしていたか知りたい。……お前1人が知ってるのも、不公平だろうと思う」
「……不公平、ね」
その言葉につい笑いそうになる。……記憶が無くても、君は変わらない。
「出来るよ。戻して……いいんだね?」
「ああ」
「目を閉じて。そう、心を落ち着けていなさい」
「ん……」
額と額をあわせて、そっと力を送り込む。
水面に落ちた水滴が波紋を広げていくように。
君が生まれてから、今まで過ごしてきた、優しくて暖かい、懐かしくて愛しい記憶。
力を注ぎながら、私も自分の中のそれを思い出していた。
「……あ…………」
「……思い出したかい?」
額を離して、覗き込んだ顔は……まるで、今にも泣いてしまいそうに見えた。
君は優しいからね。
思い出したことで、きっと色々考えてしまっているんだろう。
……でも、きっとそれでも。
「…………黒鷹」
「うん?」
「本当に、すまない……」
私の背に腕が回されて、肩口に顔が埋められた。
「謝るんじゃないよ。考えは変わらないんだろう?」
「……ああ」
「……そう言うだろうと思っていた」
「黒鷹」
私も玄冬の背に腕を回して、子どもをあやすように、背中を軽く叩く。
そういえば、君はこうやっていると、よくそのまま眠りに落ちてしまっていたっけね。
そうすることも、しばらくは出来なくなる。
そう考えると少し寂しかった。
***
「ん……あ…………っ」
黒鷹の指が、唇が。
優しく俺の肌の上を辿っていく。
全ての場所を確かめるように。
その様子は、どこか懐かしさを覚えて。
なんだったかと考えて思い当たった。
……ああ、そうか。
「最初に……」
「うん?」
「抱き合った時を思い出した。
……そうやって、ずっと優しく触れてくれていたな」
好きなんだと、全身で訴えかけるように、愛しそうに。
身体の感覚的に心地良かったのは、勿論だけど、心が満たされていく感じがそれよりも心地良かった。
「君の全部に触りたかったからね。
愛しくてたまらなくて、触れない場所なんて、残したくなんてなかった。
……今だって、そう思っている」
「っ…………!」
黒鷹の指が俺のモノの輪郭に沿って、ゆっくりと動いていく。
慈しむようなその動作が身体への快感よりも、精神的な高揚感を引き出す。
自分自身が張り詰めていく感触がわかる。
触れられるだけでなく、俺も触りたい。黒鷹を感じていたい。
欲求のままに手を伸ばして、黒鷹の頬に触れた。
「……どうしたんだい?」
「お前に触っていてもいいか?」
「当然だよ。君の好きにするといい」
「ん……」
髪に手を伸ばして、指にそれを絡める。
癖のある柔らかい、少し茶のかかった暗い赤紫の髪。黄金色の瞳。
ごく幼い頃、黒鷹と同じ髪と目の色になりたかった。
どうして、黒鷹と一緒じゃないんだ、一緒がいい、なんて駄々を捏ねたこともあったっけ。
黒鷹が、俺の髪と眼の色がとても好きだと言ってくれて、そういうことは口にしなくなったけど。
本当は今でも同じ色だったら良かったのに、と時々思うことがある。
身体を繋げて溶けるような快楽と一緒に、色も溶けてしまえたならと。
考えながらも動作は止めず、そのまま首筋に指を滑り落とす。
何度か請われて、ここに口付けの跡を残した。
耳のすぐ下の辺りが黒鷹は弱く、反応が楽しくつい繰り返したりもして。
その分、しっかり返り討ちもされたけども。
鎖骨から肩にかけての線は綺麗で、俺が黒鷹の身体の中でも最も好きな場所の一つだ。
背にも手を回して、その肌に触れる。
じっくり触れてようやくわかる程度の、所々にある凹凸は俺が黒鷹に残した傷跡。
行為の際、黒鷹にしがみ付いて、衝撃が来るたびに爪で背を傷つけた。
俺の身体には治癒能力が働くから、傷は残らない。
口付けの跡でさえ。
俺には抱いた証を残せないから、自分に残るのは嬉しいと。
俺の分も一緒に背負っているんだと。
喜んでしまってはいけないと思いつつも、その言葉がどれほど、嬉しかっただろう。
きっと黒鷹は何があったとしても、無条件で俺の全てを受け止めてくれるだろうと確信できた。
そんなことをしてくれるのは、俺には黒鷹しかいない。
――優しい子だね、君は。
時折、黒鷹が口癖のようにそう言ったけど本当に優しいのは俺じゃない。
手を前に回して、腰の線をなぞり、昂りを主張している黒鷹自身に触れた。
「く…………」
微かに零れた声と指先に馴染む滑らかな感触と熱が愛しい。
形を確かめるように、それに指を這わせていくと、黒鷹も俺のモノに同じように触れていく。
荒くなってきた呼吸の音はどちらのものだろう。
もっと感じて欲しい。
「黒……鷹……」
「……うん?」
「口で……したい」
黒鷹の方が口でしたいと言い出すのはよくあることだが、自分からしたいというのは、余程興奮しているときでないと、羞恥心が邪魔をして中々言えない。
だからだろう。
一瞬、黒鷹の目が見開いたのは。
それでも、次の瞬間には目元が優しく綻んだ。
「いいよ。一緒にしようか。場所変えるよ?」
「ああ」
黒鷹が身体をずらして、互いに横になったままで口でできるような体勢にしてくれた。
目の前にあるそれは先端に雫を浮かべ始めている。
そっと掌で包み込むと手の中でびくりと動いた。
「……お前、しばらくは動くなよ」
「どうしてだね?」
「俺が動けなくなるから」
「……んっ…………!」
一言そう断って、先端に音を立てるようにキスを落として。
それから、半分ほどまでを一気に咥えこんだ。
深く咥えるのが好きなのを知っているから、咥えたままで舌をあちこちに這わせる。
微かな塩気を含んだ雫が、より溢れて口の中に広がっていった。
――初めて……なんだよ。
あれはもう随分昔。
口でされることはしょっちゅうだが、俺が黒鷹にしてやったことがなかったのに気がついて。
あんなにうろたえた黒鷹なんて滅多にない。
口でされた経験はなく、俺にされたのが初めてだったと言った。
この口の中で感じる感触も、黒鷹の味も俺しか知らない。
その事実に酷く気分が高揚したのを覚えている。
そして、今も。
「玄……冬…………んっ!」
震えた声に感じた充足感。
もっと満たされたくて、満たしてやりたくて、より深くにと咥える。
口の中に収め切れなかった部分に指を這わせて、刺激しようとしたその時。
自分のモノに温かい滑った感触が絡み付いて、気持ちよさに口の動きが止まる。
「あ……!」
「これ以上、動くなというのは無理だよ。
……私だって、君の感じるところが見たいし、声が聞きたい」
「…………っ」
丁寧に舌がその場所に沿わされていくのに、咥えたまま動くことが出来なくなった。
それをいい事に、黒鷹の責める様がどんどん強くなる。
唇でくびれた部分を扱かれて、鈴口を舌先で刺激されると、ついに黒鷹を咥えることが厳しくなる。
加減できずに歯で傷つけてしまってはまずいと、口から開放させた途端。
指での刺激も加えられ、興奮を益々煽られる。
黒鷹の太股に額をなすりつけ、達してしまわないようこらえるのが精一杯だ。
「や……っ! 黒…………っ! んん……!」
「……感じるかい?」
余裕を取り戻したような声は、心なしか笑いを含んでいる。
だから、しばらくは動くなと言ったのに。
「く……っ……うあ……っ」
奥の方に黒鷹の舌が這っていき、繋がる場所を舐められる。
少しずつ開かせるように周囲を舌先で突付く様にしていたかと思うと、舌が中に入り込んで悲鳴を上げた。
「まず……ダメ、だっ……。それ以上……はっ!」
「……いいかい?」
「んっ……」
肯定の言葉に、黒鷹がまた身体を移動させた。
見下ろしてきた黄金色の眼が情欲に掠れて、ぞっとするほどに色気を醸し出している。
こいつも、もう余裕なんてまともに残っていなかったんだな。
足に手が掛けられて開かれ、さっきまで口にしていた、黒鷹の性器が繋がる場所に宛がわれる。
熱を帯びて濡れた感触の先端に、肌が期待に粟立つ。
この後にくる快感を知っているから。
「挿れるよ……」
「っつ……あっ!」
黒鷹が入り始めたのを確認して、背を抱いて引き寄せ、力を出来るだけ抜いて、腰を押し付けた。
より奥に黒鷹を迎えるために。
足を黒鷹の腰に絡ませて、根元まで入れようとするより早く、黒鷹が突き上げて、結合が深くなった。
中で感じる熱と脈動が存在を主張している。
「は……っ……」
「っ…………」
低い呻きに、見上げた顔は悦楽でどこか苦しそうでいて、嬉しそうで……幸せそうに見えた。
繋がる時のこの黒鷹の表情が何度見ても好きだと思う。
そして、そんな表情をさせているのが自分だということに、胸が温かい気持ちで満たされていく。
自分の存在がこんなにも、黒鷹に影響させているのだという、それがただ嬉しい。
その顔にそっと触れると、優しい笑みが返ってきた。
「……上手くなったものだ。
最初の頃は、挿れるときに碌に動けもしなかったのに」
「当たり前、だろう……っ」
数え切れないほど触れて、繋がってきた。
どうしたらいいかを全部教えてくれたのは黒鷹だ。
「当たり前なんかじゃなかったよ。最初は、ね」
「……はっ……!」
少し引いて、また突いて。
その繰り返しに、じわじわと快感が高められていく。
黒鷹の汗がぱたりと俺の肌の上に落ちて、二人の汗が交じり合う。
一見、黒鷹は俺よりも余裕があるように見えても、実際そんなことはないのも、もうわかっている。
冷静でなんてあれるはずがないんだ。
たった一人の愛しい相手と触れていられるときに、一体誰が余裕を持てるというんだろう?
そうだ。
黒鷹の言うとおり、最初は当たり前のことなんかではなかった。
愛することも、愛されることも、全て教えてもらって覚えた。
だから『当たり前』になった。
何度も抱き合って、その都度、愛しさは募って。
きっとこの世界の誰もが、そんな風に誰かと想いあって、存在している。
そうして、命を繋げていったり、共に生を歩んだり。
だから、選ぶことなんてできなかった。
誰だって、いつかは死ぬ。
それでも、理不尽に突然命を奪われることなんて、望んでいないはずだ。
大事な相手と前触れもなく引き裂かれることなんて、望むはずが無い。
俺が黒鷹を失いたくないのと同じように。
……それなら。
俺一人でそれを回避できるのなら。
またそのうち、俺が生まれて、死ぬまでの間、黒鷹に育てられて、愛してもらえるのなら、傍にいてくれて、一緒に過ごす事ができるのなら……!
「こら。……何を余計なことを考えているんだね?」
「え……黒……んっ……!」
弱いところを抉られて、黒鷹の背に回した手に力が入ってしまう。
「考えなくたっていい。ただ、身体の感覚だけに集中していなさい。ああ、そうか」
「くっ……! あ……!? ……やっ……」
抉る力が強くなった。
繋がった箇所から広がる悦楽の強さに身体が震え始める。
「何も考える余裕がないようにすればいい話だね」
「ん……! や……少し加減、しろ……っ!」
「……強いのも嫌いじゃないだろう?」
「嫌いじゃない……っけど……これじゃ、すぐ終わってしまう……からっ……!」
我が儘だとは思う。
だけど、少しでも長く黒鷹を感じていたかった。
まだ、終わりたくなんてなかった。
「……もう一度くらい……っ……イける……だろう……?」
「ふっ……く……あっ…………!」
そのまま続けるつもりらしく、動きに容赦がない。
弱い部分を狙って、強く突かれる様に息が詰まりそうだ。
「…………んっ……あ!」
耐えられなくなったのは、俺の方が早かった。
背筋を駆けていく悦楽には逆らわず、そのまま熱を吐き出す。
「…………っ!」
俺のほうに後押しされた形で、黒鷹も俺の中で達した。
肩口に顔を埋めて、落とされた低い呟き。
中で広がっていく熱。
荒い呼吸を繰り返す黒鷹の背をゆっくりと撫でる。
「……そのまま……」
「うん?」
「私に捕まって……身体を起こせるかい?」
「……ああ」
黒鷹の意図を悟って、両腕を黒鷹の身体に回し、しがみ付くような形になると、黒鷹もソファから少し浮いた俺の肩を抱くようにして、身体を起こさせた。
足が不自然な形になってしまわないように調節して、顔を上げると正面に穏やかに笑った顔。
なんて、優しい目をしているんだろう。
「……一度出したから、しばらくは大丈夫だろう?」
「ああ。……っ…………あ……」
「おや」
身体を起こしたから、さっき腹に散らせた白濁が、身体を伝って、下生えの方にゆるりと落ちていく。
そこを濡らす前に、黒鷹が指に白濁を絡めて、そのまま、それを口元に持っていって舐め取った。
鼻につく生々しい匂いが、熱を宿した伏せた瞳と相まって、その光景が酷く淫らなものに映る。
少し収まりかけていた興奮が、また呼び起こされる。
「ふふ……」
「黒……鷹……?」
何がおかしいのか、低い忍び笑いに首を傾げると、黒鷹の指がまた俺の腹に這った。
「舐めたときに、君の中が反応した。興奮したかい?」
「……っ…………!」
「ああ、ほらまた。……触れてる指にまで、振動が伝わる」
黒鷹が指だけでなく、掌全体で俺の下腹部を撫でる。
その手で触れた奥では黒鷹を収めたままだというのを、繋げた部分で嫌でも意識する。
きっと自分の顔は酷く紅潮してるに違いない。
「お前……っ……」
「……気持ち良いよ」
「あ……?」
「君の中が優しく、温かくうねるのがね。私を求めてくれてるのが伝わって、凄く気持ち良い」
「黒鷹……」
茶化した言葉ではない。
寧ろ、どちらかといえば真摯とさえ言えるような声の響き。
「君はどうだい? 私がこうして君の中にいるときに、何を思う?」
「俺は……」
言葉にしようとして、でも、それを言った時の顔を見られるのはどうにも気恥ずかしかったから、黒鷹の肩に頭を預けて、表情を見られないようにしてから呟いた。
「…………動いてくれてるときには、快感が強すぎて……色々思う余裕はないけど、こうやって静かに繋がっているときが良いと思う」
「うん?」
「……時々、繋がってるところでお前の脈動が伝わるから」
「玄冬」
「ん……ああ、今みたいな感じだ。何か、それが良い……」
言った矢先に、中でびくりと黒鷹が反応したのが伝わる。
激しい快感ではない。
もどかしくさえあるけど、存在が強く感じられる。
「中々言ってくれるじゃないか」
「お互いさまだろう」
顔を上げて、至近距離にある笑顔に俺も笑いかけて、そのまま唇を重ねる。
唇を割って入り込んで来た舌に、俺も舌を絡ませて応じる。
温かい舌の感触を貪るように、幾度も少し離してはまた絡めて、という行為を繰り返す。
ああ、また黒鷹が中で反応している。
いや、それは俺も同じなんだろうな。
息ができなくなる苦しさよりも、蕩ける様なぬくもりを感じていたい。
「そろそろ、動いても?」
「ああ……っ…………ん…………っ!」
返事を返すや否や、ソファのスプリングを利用して、軽く小刻みに振動が始まる。
ソファが軋む音と、繋がった場所から零れ落ちる水音は余計に繋がっている実感を沸かせた。
肩を掴んだ手に意識せずに力が入る。
繋がるときに痛みを感じなくなるほど、慣れたのはいつ頃だっただろうか。
違和感よりも、熱が馴染む感触の方がもう遥かに大きい。
二人でずっと抱き合ってきたからこその、形にならない証。
「黒……鷹……」
名前を呼ぶと、目の前の顔が凄く嬉しそうになって、頬にキスをされた。
――最中に君に名前を呼ばれるのが、好きなんだよ。
何時だったか、そんなことを言っていた。
――求められている、という実感がする響きだからかね。
俺も黒鷹に名前を呼ばれるのは、やっぱり存在を求められている気がするのと、愛しいという感情が伝わってくるから好きだ。
誰もが忌まわしいものとして記憶の隅にあるだろう『玄冬』の名も、黒鷹に呼ばれるのは特別な意味を持つから。
優しい響きの声。黒鷹が付けてくれた俺の名前。
……時が許されていたなら、ずっとずっと。
名前を呼んでいて欲しかった。呼んでいたかった。
「……強くしてもいいかい?」
耳元で、熱っぽく落ちた問いかけに言葉もなく頷くと、黒鷹が俺の背をそっと支える形で寝かせた。
「玄冬、手を」
「ん」
差し出した両手に黒鷹が自分の指を絡めて。
それを合図にするかのように、律動が激しくなった。
「くっ……あっ……! 黒…………っ……た……!」
「玄……冬……っ」
視線を絡め、足を絡め。
繋がった場所だけでなく、全身が熱い。
肌が触れ合ってる部分はそれこそ燃えるようだ。
このまま、時間が止まってしまえばいい。
見上げた黒鷹の顔はどこか泣きそうで、もしかしたら自分もそんな顔をしているのかも知れないと。
そう思ったとき、身体の奥に強い衝撃が来て、脳裏に閃光が走った。
遠のく意識の中で、頬に落ちた温かい水滴は汗だったのか、涙だったのか。
確認はできなかった。
- 2008/01/01 (火) 00:11
- 黒玄