花帰葬-Novel Under Ver.

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春の日差しのように -Side B-(後編)

「……気がついたかい」
 
玄冬が目を開ける。
僅かにその目が彷徨ったあと、慌てたような声が返った。
 
「ん……!? っ……俺、どのくらい……」
「まだ、大した時間は経っていないよ」
「え、あ……そう、か」
 
時間にして数分も経っていない。
まだどちらも先ほどの行為の名残で、性器が固さを残したままなのにも気がついたらしい。
ついた息が残念そうだったのは、錯覚ではないだろう。
 
「……もう、行かないと」
 
微かに視線を逸らして玄冬がいう。
……ああ、そうだな。
決めたからね。終わらせると。
あの子どもの元に行くのだと。
 
「……そうだね。抜くよ?」
「ああ。……んっ……」
 
玄冬の中から離れると、出した精液も少し一緒に流れ落ちてソファを汚した。
 
――まったく……洗濯するのは誰だと思っているんだ。
 
行為でシーツを汚すたびに、照れ隠しでそんなことを君は呟いていた。
濡れたその場所に触れたくなったのを、押し留めた。
そんな風に触れては手離せなくなる。
だからそれを誤魔化すように玄冬に提案した。
  
「……湯を浴びていくかい?」
 
玄冬も私も酷く汗を掻いてるし、なにより後始末をしていない。
いずれ腹が痛み出すだろうし、中で放った白濁が何かの拍子に伝い落ちることだってある。
だけど、玄冬はそれを拒んだ。
 
「いや。…………いい。このままで」
 
そこに含まれた意味は、残された時間は少ないからというのと、その残りの時間は触れた名残を感じていたいのだと。
そんなことがわかってしまった。
私も一緒だ。
できるだけ長い時間、君と触れた証を身体に留めて置きたい。
 
「……そうか」
 
ただ、それは覆らない考えを示してもいることが哀しかった。
わかってはいたけれど。
身体を重ねたところで、君が考えを変えないことくらいは。
玄冬が着替えようとしてシャツに手を伸ばしたところを、私が先にそれを掴んだ。
 
「……黒鷹?」
「私が着せるよ」
 
少しでも君に触れている時間が欲しい。
 
「服くらい自分で着れ……」
「私がやりたいんだよ。……ダメかね?」
 
きっとそう言ったら玄冬は拒まないのをわかっているから。
何だかんだと言っても、この子は私に甘い。
 
「……後で俺も同じようにやってもいいならな」
「構わないさ。……腕、通してくれるかい?」
「ああ……」
 
シャツの袖に腕を通すよう促して、腕が通されたところで前に回り釦をかける。
懐かしいね。君に服を着せるなんて何年ぶりだろう。
ああ、思い出した。
 
「……そういえば、君は小さい頃。
私が『そろそろ自分で着替えなさい』と言う前に、
自分から『もう、俺一人で服を着る練習するから』と言ったんだったっけね」
「そう、だったか?」
 
さすがに幼い頃のことだからか、覚えていないらしい。
 
「ああ。しっかりしてるなと嬉しかった反面、ちょっとだけ寂しくなったのを覚えているよ」
「手がかからないのが寂しかったってことか?」
「ああ、そうだね。手はかからなかった。
聞きわけもいいし、手伝いは進んでやる。
滅多に我が儘も言わない。
……良い子に育てすぎてしまったと、少し後悔してるほどだ」
 
可愛い私の自慢の息子。
優しくなりすぎてしまった。
釦をすべてかけて、頭をそっと撫でてやると玄冬の表情が小さい子どものようなものになった。
本当に可愛くてたまらないのに。
 
「もっと我が儘に育てれば良かったよ。
自分のことしか考えないようにしてしまえば良かった」
 
この子は世界に奪われてしまう。
 
「十分我が儘だと思うがな。
……今だって、自分のことしか考えていない」
「自覚がなさ過ぎるな、君は」
「そうか?」
「君を育ててきた親が言うんだから、間違いないよ」
「どうだか」
 
玄冬が私のシャツを手にしたので、私も先ほどの玄冬と同じように袖に腕を通した。
玄冬の手が首元の釦をかけようとして、ふと止まる。
そっと首筋に触れられた指。
 
「玄冬?」
「……少し、じっとしてろ」
「ん……」
 
首筋に唇を当てられて、肌を吸われた。
甘い疼きがそこに走る。
……跡を残してくれるのか。
 
「残ったかい?」
「結構、な」
 
玄冬の指がその場所に触れる。
満足そうな微笑を浮かべて。
 
「……これで君にも、跡を残せたら良かったんだけどね」
 
残したかった。身体中に隈なく。
愛しんだその証を刻んでおきたかった。
 
「……形で残っていなくても」
「うん?」
「俺の中には……お前が残したものは沢山ある」
 
優しい声で告げられた言葉に一瞬思考が止まる。
そうだね。
この22年。君と過ごした日々。
数え切れない年月を生きているけど、これほど尊い日々はなかった。
私の中に沢山色々なものを残してくれたのは君だよ、玄冬。
 
「それは、私も一緒だよ。私も君に本当に沢山のものを貰ったのだから」
「じゃあ、お互いさまっていうことか」
「そういうことだね」
 
玄冬がシャツの釦を全てかけてくれると、リボンタイを手にする。
結ぼうとしたが、自分でやるのと違って勝手がよくわからないらしく、いびつな形になったのがおかしかった。
あんなに手先が器用なのにそんなこともあるのだと。
そういったら玄冬が苦笑していた。
そんな会話を交わしながら、お互いでお互いの服を着せあう。
ゆっくりとやっていたつもりでも身支度は整ってしまう。
手袋はせずに素手のまま。
何となくする気にはなれなかった。
玄冬も手袋を持ってはいない。
そうだね、手を繋いでいこうか。
手袋を懐に納めるだけに留めて、玄冬を呼んだ。
 
「おいで」
「ああ」
 
片手は玄冬の手と合わせる形にして、もう一方の手で身体を引き寄せて抱く。
その拍子に腕の中の身体からふわりと匂った体臭は、玄冬のだけではなく、自分のも混じっていた。
繋がっていた名残を残すそれが、ぬくもりと相まって心地良い。
手離せなくなりそうだ。
 
「……同じ匂いがするね。温かくて気持ち良い」
「……そうだな」
 
笑った気配。
君も同じように感じてくれているんだろうか。
 
「行こうか」
「……頼む」
 
水晶を懐から取り出して、空間転移をした。
玄冬の感触を惜しみながら、強く抱いて。
 
***
 
「ちびっこはあっちだね」
「ああ」
 
桜色の髪が遠くで揺れている。
私には決して出来ないものをただ一人、玄冬に与える定めの子。
あんな形で会ってしまった時から、もしかしたらこうなるかもしれないと
どこかで恐れていた。
一度は玄冬を死なせた。
だから、もうそんな目に遭わせたくはなかったのに、これからはそれを気の長くなるような時間繰り返していくのだと思うと気が沈む。
 
「さぁ、行き給え。説得するのは大変だろうけどね」
「……きっと無理やり、終わりにすることになるだろうな」
 
その苦笑に何を思う? 
あの子ども? 世界? それとも……。
 
「黒鷹。……俺は……」
 
何かを言おうとした玄冬の口元に手をあてた。
……すまないね。
私はもうこれ以上聞けないよ。
これでも自制しているんだ。
せめて、最後は親としての矜持は保っておきたいんだよ。
 
「……もう、何も言うんじゃないよ。
これ以上の言葉を聞いてしまっては、私は君を行かせられなくなる」
「……っ……黒鷹……」
「玄冬。……行きなさい」
 
名残を惜しんで、口付けを交わす。
強く抱きしめた身体は少しだけ震えていた。
ややあって、視線を僅かに交わした後、玄冬が離れて、あの子どもの方に駆け出していった。
二度とこちらを振り返ることも無く。
腕から消えていくあの子のぬくもり。
できるものならば。
私は君に違うものを与えてあげたかった。
 
***
 
「……………………!!」
 
花白が叫ぶ声を聞きながら、身体が傾いだ。
剣に貫かれたはずの身体は不思議と痛みを感じない。
身体が地に倒れても、その衝撃がどこか他人事のようだった。
その癖に倒れた拍子にふわりと漂った匂いは現実的で。
交わした熱の証。あいつの残り香。
空が見える。
雪の降る青灰色の……優しい色をした空。
 
――雪が好きだよ。
 
何時だったか、家の中から眺めた空に黒鷹がそう言ったのを思い出す。
 
――綺麗だろう? ……雪の降る空の色も優しい色合いで私は好きだよ。
 
どう言葉を返したものかを困っていた俺を、黒鷹は何も言わずに抱きしめてくれていた。
同意してはいけない気がした。
できたら、良かったとは思うけど出来なかった。
きっとあいつにはわかっていたんだろう。
だから、問うこともせずにただ抱いてくれていただけだった。
俺は……青い空が好きだった。
晴れた日の澄んだ空の下で洗濯物を干しているときに、お前が鳥の姿で、その空に羽ばたいていく姿を眺めるのが好きだった。
もうじき、この雪はやむだろう。
もう一度、あの青い空を見たかった。
こんな道を選んでも、お前は次の俺に言ってくれるのだろうか?
雪が好きだと。雪が降る空の色が好きだと。
 
最後まで言うことは出来なかったけど。
白く大地を染めていくこの雪が。
 
……本当は好きだった。
 
***
 
「今年も綺麗に咲いたね。……どこかで見ているかな」
 
見上げた桜は見事なほどに咲き誇っている。
君の一番好きだった花。
去年までは毎年二人で花見に来ていたこの場所に今は私一人。
いや、やっぱり二人かな。
この木の下で君は眠っているのだから。
玄冬が作ってくれた果実酒の最後の一瓶。
自分の分はグラスに分けて、残っていた僅かな量を木にかけた。
せっかく作ったものを無駄にするなと君は怒るかな。
でも、君と一緒に飲みたかったんだよ。
記念の日だからね。
グラスを傾けると、甘い果実の香りが桜の香りと優しく混じる。
木の根元に腰を下ろして、グラスに分けていた方の酒を手にする。
風に舞う花びらが別れた日の雪を思わせた。
そして、23年前。
こうやって、花びらの舞う中で私は小さな君を腕に抱いて連れて帰った。
昨日のことのように鮮明に覚えているのに、君はもういない。
懐から玄冬の手袋を取り出して、軽くそれに口付けた。
 
「……早く生まれておいで、私の愛しい子」
 
次の君も春に生まれてくるだろうか?
やっぱり桜が好きだというのかな。
ねぇ、玄冬。
待っているよ。また君をこの腕に抱ける日を。

(多分)2005/01/16 発行
『白露』という、裏アンソロとか汁アンソロとか言われていたアンソロジーに寄稿した話の逆視点で、特設ページに置いてあったものです。
書いた当時は春告げ話の集大成的な感じと思ってましたが、その後にも色々書いているあたり、我ながらどれだけ春告げED好きなのかとw

  • 2008/01/01 (火) 00:14
  • 黒玄

タグ:[黒玄][黒鷹][玄冬][春告げの鳥]

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