作品
食前酒で乾杯を
「うーん、こっちのさくらんぼ酒はまだできないかね?」
「黒鷹、それは半月前に漬けたばかりだぞ。当分無理だ」
地下貯蔵庫に夕食で使う食材を取りに来たついでに、果実酒を漬けてある瓶を纏めて置いてある棚を、様子見も兼ねて眺めていると、気紛れに俺に着いてきた黒鷹がそんな事を尋ねてきた。
「残念だなぁ。
去年のが凄く美味しかったから、出来上がりを楽しみにしているんだが」
「もう、しばらく待て。
ああ、苺はそろそろ飲める時期だな、そういえば」
「何!? じゃあ、今日はぜひともそれを食前酒にしようじゃないか!」
「……たまには、じっくりと熟成させてから飲んでみたいんだがな。俺としては」
言いながらも、丁度手前の棚に納めてあった件の苺酒の瓶を取り出した。
ついうっかり『飲める時期』と口に出してしまった以上、どうせ今取り出さなくても、隙を狙って飲みに来るのが目に見えてる。
それなら、もうダイニングに持って行ってしまって置いていても一緒だ。
いや、目が届きやすい分、そっちの方がましだと言える。
本当は果実酒は2、3ヶ月で熟成して飲めるようになるものでも、1年以上経ってからの方が味がまろやかになり美味しくなるらしい。
俺はそれを試してみたいのだが、黒鷹がそこまで待てないので、大抵飲める時期になると、早々と瓶を開ける羽目になる。
変なところでせっかちというか、なんと言うか……堪え性がない。
そういえば、それと似た様な理由で出来上がるのが待ちきれないと、熟成に1年以上かかるものは、果実酒を漬け始めた頃にちょっとやってみたきりになっている。
酒飲みが身内にいると、案外そんな物なのかも知れないが。
「おお、綺麗な赤い色になったじゃないか。美味しそうだね」
「まだこのままじゃ駄目だ。
実を取り出して、ちゃんと漉してからじゃないと」
実は砂糖と一緒に煮詰めてジャムにしよう、などと考えていると、黒鷹が酒瓶に手を掛けながら、いやに嬉しそうな顔で笑う。
何か企んでる顔だな、これは。
「玄冬」
「うん?」
「夕食の準備の前に味の確認も兼ねて、一杯だけ試しに飲んでみてはダメかね?」
「……お前、食前酒の意味は分かってるか?」
食前酒というのは名前の如く、食事の直前に食欲をそそる目的で飲むものであって、夕食まで数時間、という状態で飲むのは食前酒とは言わない。ただの飲酒だ。
夕食までの数時間さえ待ちきれないのか、こいつは。
「いいじゃないか。一杯だけだから! ほんのちょっとだよ! ……ね?」
「……本当に一杯だけだからな」
ねだるような口調に、溜息混じりに結局許してしまうあたりが俺も甘い。
***
「んー! いいねぇ。
程よく甘くて、酸味も悪くない。美味しくできてるじゃないか!」
「そうだな。これは結構上手くできた方だな」
ソファに二人で並んで座って、出来たばかりの苺酒を飲むと黒鷹が満面の笑みを浮かべた。
今回のものはブランデーをベースに漬けてみたのだが、中々良い出来になっている。
花白もこれなら好んで飲めるような味じゃないだろうか。
これでもっと長い期間熟成させられたら、さらに美味くなっていただろうと思うと少し複雑だ。
きっと数日のうちに無くなってしまうに違いない。
「そういえば、玄冬」
「うん?」
「前から聞いてみたかったんだが……どうして、果実酒を漬け始めたんだい?
君自身はお酒に酔わないだろう?」
黒鷹の言うとおり、俺は酒に酔ったことがない。
それ以前に酔うという感覚自体がそもそもわからないのだ。
単純に味は美味いとか、そういうのはわかるんだが。
もしかしたら、これも『玄冬』としての身体の機能から来るものなのかも知れない。
酔いが回る前に、回復能力が働いてしまうとか、そういったような。
だから、俺にとっては酒を飲むという行為は、水や茶を飲むときと大差はないから、確かに酔う楽しみというのは、持ち合わせてはいないのだけれども。
「お前は好きだろう」
「え……」
「俺は酔わなくても、お前は酔うし、酒を飲むのが好きだろう?」
そうだ。
果実酒作りが趣味と言えるものになった理由は黒鷹が酒が好きだからだ。
作ったものを美味いと飲んでくれるし、新しいものが出来たときは、まるで子どものように嬉しそうに笑って、喜んでくれるから。
その様子を見るのが楽しくて、つい色々と作り始めたんだったな。
「ちょっと待ちたまえ。……ということはだ。
それは果実酒を作ってくれるのは、偏に私の為だと解釈していいのかい?」
「……他にも、色々な果実で作るのを試すのが単純に楽しいとか、出来た酒の色が綺麗だからとかあるけどな」
ストレートに返されて、つい照れ隠しに言った言葉は、自分で考えても、言い訳以上のものには聞こえず。
案の定、次の瞬間には至福の笑みを浮かべた黒鷹がぎゅっと抱きしめてきた。
「あー、もう! 何て可愛いことを言ってくれるんだい、君って子は!」
「ちょ……よせ! 酒が零れ……」
言いかけて、黒鷹の顔が赤くなっているのに気づいた。
酒を飲むと黒鷹はすぐ顔は赤くなるけど、それでもたかが一杯くらいではそう変わらないはずだ。
嫌な予感にテーブルの上の酒瓶を見ると、何時の間にやら、既に残りが半分あるかどうかというところまで減っていた。
しまった、ちょっと目を離した隙に!
「お前、一杯だけだとあれほど!」
「ふふふ、こんなに美味しいお酒を一杯でやめるなんてできるわけないじゃないか。
存分に味わっておかないとかえって勿体無い」
「言い訳になるか!」
「何だい、そもそも君が悪いんじゃないか!
こんな美味しいお酒を作るから、ついつい飲んでしまうんだよ」
「……お前、もう酔ってるだろう」
言ってる理屈が無茶苦茶になってきている。
変に絡まれて、手に持っている酒を零すとあとが面倒だと、残っていた分を一息に飲んでグラスをテーブルに置いたら、それを狙っていたかのように、黒鷹が俺の膝の上に寄りかかって頭を乗せた。
「おい。俺はこれから夕食の支度をしたいんだが」
この状態じゃ動けやしない。
「ちょっとくらい遅くなったって構わないじゃないか。少なくとも私は構わない」
「目を瞑るな! そのまま寝るつもりだな、お前!」
「まだ、寝ない寝ない。大丈夫だよ。ふふ、君の膝の上は温かくて、気持ち良いね」
絶対嘘だ。というよりも、おそらく既に自覚がない。
酔いが回った状態で温かい人の体温を感じて、目を閉じて。
それで眠ってしまわないわけがないのに。
予想通り、間もなく静かに寝息が聞こえ始めた。
今なら多分、頭を膝から下ろしたとしても起きることはないだろう。
寝入ってしまった直後の眠りは案外深い。
だけどそうする気にもなれずに、そのまま膝の上にある髪を静かに撫でて、ソファの背に常時掛けて置いてあるブランケットを取り、そっと黒鷹の身体の上に掛けた。
不意にソファで眠ってしまったときの為に置いてあるのだが、こうやって置いておくこと自体、甘やかす原因になってしまっているのかも知れない。
それを本当はわかってはいる。
……わかってはいるんだが。
黒鷹がこんな風に酔うのは俺の前でだけだと知っているから、つい俺も甘くなる。
それに気づいたのは何時だっただろう。
他人が一人でもいると、雰囲気とノリで酔ったフリはするけど本当は素面なんだと。
酔うことが出来ないんだと知ったのは。
きっと性格によるものなんだろう。
一見、人当たりが良さそうに見えても、他人への警戒心が実は人一倍強かったりなんてするから。
それだけに無防備な姿を晒すのは、俺への信頼や甘えによるのがわかってしまっている。
だから本当は少し嬉しい。
無条件で心を許されてることの何よりの証拠。
それを言ってしまったら、絶対につけあがるのが目に見えているから、言わないけども。
「随分と幸せそうな顔で寝てるな。まったく……」
こっちは身動き一つできずにいるのにいい気なものだ。
それでも、温かい重みを感じるのは悪くない。
そっと顔を寄せて、黒鷹の額に口付けを落とす。
僅かに紅潮したままの肌は、少し体温が高い。
しばらくそのまま、唇を触れさせたままにして、少しの後に離そうとした瞬間、上げかけた頭を押さえつけられた。
「っ……!?」
「……どうせなら、それは唇にもう一度お願いしたいところだ」
黒鷹の黄金色の瞳が愉快そうな色を湛えつつ、見開いた。
「お前、いつから起きて……っ!」
自分の顔が熱くなるのがわかった。
きっと朱に染まっているだろうことも。
眠ってしまったときは確かにフリなどではなかったはずなのに。
それは確かだ。
伊達に一緒に暮らしてきているわけじゃない。
「さぁ? いつだろうね?」
「起きたのなら丁度いい。夕食の支度をするから膝からどけ」
「支度なら、もう出来てるさ」
「何?」
一瞬、黒鷹の目が妖しい光を宿したように見えたのは、気のせいだと思いたい。
「今日の夕食は君を頂くことに決めたからね」
「な!」
「観念したまえ。元はと言えば、キスなんてしてくる君が悪い。
まぁ、『食前酒』にはちゃんとなったということで」
「お前、まだ酔ってるな……!!」
やっぱり甘やかすのはよくなかったと。
起き上がった黒鷹に、抱きすくめられた腕の中で後悔しても遅かった。
「で? 唇にキスは?」
「……目を閉じろ」
促す声に観念して、目を閉ざしたのを確認してから唇を重ねた。
甘い苺の味がする。
舌を割り込ませるかどうしようか迷っていると、黒鷹の舌が入り込んできたほうが早かった。
「……っ……ん……!」
絡め取られた舌にさらに甘味が増す。
甘い香りが鼻を抜けるようになった頃には、すっかり興奮で息が上がっていた。
「は……」
「横になりなさい」
「ここでする気、か」
「不都合があるかい? もうこんなに硬くしてるのに」
「あ……っ!」
服の上から中心に這わされた指に身体が竦んだ。
熱の集まり始めていた場所がさらに熱くなっていく。
まだ直接触れられてもいないのに、的確な場所に刺激を与える黒鷹の指に翻弄される。
「く……ろ……」
「ほら、横になりなさい。もうその方が楽だろう?」
「…………っ」
容易く読まれた状態に観念して、身体をソファに倒した。
見下ろす黒鷹が自分のリボンタイを外し、ついで俺のシャツに手をかけて釦を外していく。
晒された部分の肌に触れていく黒鷹の唇が熱い。
一通りシャツの釦を外し、ズボンも留め金を外され。
下着の上からごく軽く甘噛みされて、あまり経験のない刺激に呼吸が乱される。
恐らく直接されると痛みの方が強そうだが、布越しだからもどかしさの方が勝つ。
「……っ…………く」
「ふふ、直接の方がいいかな。下、脱がせるよ」
「は……」
余裕をまだ含んでる黒鷹の声。
その言葉を言わせた理由に思い当たって、羞恥を誘われる。
ズボンと下着に手がかかって、一気に両方引き摺り下ろされた。
中心が外気に触れてまもなく、生温いざらついた感触がそこに当たる。
根元から先端に幾度かそれが往復したかと思うと、咥え込まれて。
半ばくらいまで包み込まれた熱に、つい悲鳴が口をついて出る。
「……っ!!」
「……ん……」
くぐもった声での微かな笑い。
咥え込んでいる中で黒鷹の舌が巧みに蠢く。
くびれた部分を執拗に吸われて、縋ってしまった肩が布に包まれているのが恨めしかった。
直接肌に触れたいのに。
仕方なく首筋の方に手を伸ばすと、黒鷹の手もその上に重ねられた。
指先から伝わる脈動。
重ねられた手と首筋で感じる黒鷹の体温。
満たされる感じが心地良い。
「あ……」
「そろそろこっちも触るよ」
「…………ふ……」
張り詰めたそこから、黒鷹の口が離れたのは別の場所に移動するだけだと見当がついた。
予想通り、舌先は後ろを探っていき、繋がる場所を解し始めた。
「黒……た……」
「思ったより弛緩してるね。……挿れても大丈夫そうだな」
「っ!」
暗に言われた意味に泣きたくなる。
誰のせいでこうなった、と言いたくなるが、さすがにそれはドツボにはまるだけだろう。
代わりに首筋に置いていた手を胸元に持っていき、黒鷹のシャツをぐい、と引っ張る。
「うん?」
「せめて前外せ」
「……肌に触りたい? 好きだよね、君」
「……っ」
「そんな顔しない。私だって直接体温を感じる方が好きだよ」
今日はもう全部脱がすところまで、我慢ができないけどね。
そんな呟きと一緒に、俺の望んだように黒鷹のシャツの釦が外され、露出した肌とシャツの間から手を差し込んで、背に腕を回した。
そして、さっきまで黒鷹の舌が触れていた部分に熱い塊が宛がわれる。
「お前のに全然触らなかったのに、いいのか?」
「当たる感覚でわかるだろうに。……こっちだってもう限界だよ。
触れられるより、君の中に挿れてしまいたい。
……玄冬、力を抜いて」
「ん…………っあ……!」
柔らかい先端に続いて、硬い幹の部分も入り込んでくる。
下半身の力を抜こうとする代わりに、上半身には力が入ってしまうのはどうしようもない。
背に回した腕が汗で滑らないよう、つい爪を立ててしまうのも。
根元まで黒鷹を収めたのを確認して、軽く息をつくと、黒鷹が額に優しく口付けを落としてきた。
「大分、受け入れ方が上手くなったね。まだ挿れる時に痛んだりするかい?」
「最近は……っ……そうでも、な……い……っ」
抱き合い始めて最初の頃は確かに時折痛みもあったし、痛みまでいかなくとも違和感があることが多かった。
が、最近はそういうのを感じる間もなく、満たされる感覚に飲み込まれる方が多い。
熱が溶け合うような瞬間は、自分でも感情の制御が利かなくなってしまうのがわかる。
零れる声は悲鳴じゃなくて、嬌声。
慣れというのも恐ろしい。
「それを聞いて、安心したな……っ」
「……っ! ……からって、いきなりそ……な強……くっ! や……!」
とうに見つかってしまっている弱い場所を容赦なく抉られて、下腹部に広がっていく疼きに身体が震える。
徐々に大きくなる水音と肌のぶつかる音に耳を塞ぎたくなる。
「少し、緩め……っ……!」
「出来そうに……ないね。……すまない、がっ」
「……っ……黒た…………ああ!」
間近で見た黄金の目に灯る情欲の炎。
口付けを誘って舌を絡めた瞬間に、じわりと広がった快感は全身に広がり……いともあっけなく限界が訪れた。
「……ん……んんーっ!!」
「…………く……」
背筋を駆け上る衝動のままに熱を吐き出す。
自分の内側でも間髪入れずに熱が注がれたのがわかった。
一人で先走って達したわけじゃなかったのにほっとしながら、背に回していた腕の一本を取り出し、その手で黒鷹の顔に触れた。
「……達した瞬間の君の顔はそそるね」
「……馬鹿」
「ふふ、可愛いなぁ」
脱力したように、俺の肩口に黒鷹が顔を埋めてくる。
変に服を纏ったままというのもあるんだろうが、熱が篭もっているらしく、かかる黒鷹の吐息がいつもより少し熱い。
さっき使っていたブランケットが近くにあるはずだが、行為の直後の身体がだるくて動けやしない。
まぁくっついていれば、暖かいからこのまま少しうとうとしてもいいか、と思った瞬間。
黒鷹の口から呆れたくなるような言葉が吐き出された。
「あー…………ところで。その、勿論少し休んでからでいいんだが。
……やっぱり夕食を改めて作っては貰えないかね?」
「…………あ?」
「いや、何と言うか。動くだけ動いたら腹が空いたなぁ……とか、思ったわけで」
「………………」
合意の上ではあるが。
行為の後、疲れの尾を引くのはどちらかというとこっちの方で。
正直、終わったあとしばらくまともに動けたものじゃない、というのは勿論、幾度も身体を重ねた黒鷹は知っているわけで。
悪気がない言葉だというのも、十分に分かってはいるんだが。
ぶちん、と俺の中で何かが切れた。
***
「玄冬……」
「何だ。残さず食えよ」
「……そろそろ私としては、肉が欲し……」
「残さず、食え」
「…………」
情けない顔で訴えてきたのを、笑顔で一蹴してやる。
先日のあれ以来1週間、三食野菜のフルコース。
ついでに、夜の方もお預け状態。
たまにはこのくらいしたってばちはあたらない。
「君だって、嫌いじゃないくせに……」
「何か言ったか?
ああ、そろそろ肉を出そうかと思っていたが、明日も野菜がいいか?」
「何でもないよ」
恨みがましい視線を流して、ついに最後の一杯になってしまった例の苺酒を食前酒として、喉に流し込んだ。
――食前酒を頂くときはくれぐれも適量で。
2005/01/16 発行 ※サイトUPは2006/01/02
黒鷹アンソロジーこと「黒翼葬」に寄稿したものを裏仕様にリメイク。
※アンソロジーでは中間部分のいちゃいちゃ抜きです。
夜に強いのは鷹だけど、日中は玄冬の方が力関係は上(笑)
- 2008/01/01 (火) 00:13
- 黒玄