作品
痕跡
[Kurotaka's Side]
――君が逝ってしまったあとだったなら。
「……っ……! うあっ……!」
貫いて、少し引き抜く。その都度上がる甘い嬌声。
――生ある時には救世主にしか傷つけられない、その肌に痕跡を残せるだろうか。
「く……ろ……鷹っ…………! ……あ!」
呼ばれる名前に身体が疼く。
誘いのままに突き上げを強くする。
――胸に、背に、首筋に。幾筋もの爪痕を。紅い所有の証を刻めるだろうか。
「ひ……ぁ……っ! 黒っ……!!」
眦から零れた涙と小さな叫び。
背を強く抱いて、深い繋がりの中で達した。
――生きてるときには幾度繋がっても、その身に何も残せない。
腹に散った玄冬の白濁を指に絡める。
――死んでしまった後なら、残せるだろうか。朽ちるまでの僅かな間でも。
――…………だけど。その「死」でさえも。
「……与えられるのは、あの子のみ……か」
「……? 黒……っ! 痛……!」
欲情していた為、まだほんのりと朱に染められていた、白い首筋に強く噛み付いた。
ぷつりと肌が切れて、口の中に鉄の味が溶けて馴染んでいく。
だけど、すぐに傷は塞がり始めて、傷の周りに滲む血を舌で舐め取った時には、既にその肌には痕も残っていない。
まるで何もなかったかのように。
残っているのは、自分の口の中の微かな血の味だけ。
君には何も残らない。
情を交わした証さえ、いずれ身体の外に流れ落ちていく。
身体が熱を取り込むようには出来ていないから、私は君に何も残せない。
「……残せたらいいのに」
――こんなに何度も触れているのに、結局、私は何も残せはしない。
「……痛みはあるんだぞ」
「ああ」
「触れられて……感じないわけでもない」
「……わかっているよ」
――わかってはいるんだけどね。
「だったら……無いものねだりはするな」
玄冬が手を伸ばして、私の頭を引き寄せる。
逆らわずにそのまま身体を倒した。
そうしたら、まだ繋がってる部分に刺激を感じたからだろう、玄冬が微かに呻いた。
「大丈夫かい」
「……さっき、お前が噛み付いたほどじゃない」
「それはすまなかったね」
「黒鷹」
「うん?」
「……俺の鳥はお前だけなんだからな」
「……玄冬」
「お前だけが持ってるものも沢山あるんだから」
耳に落とされた囁きと口付け。
柔らかい感触の紺青の髪を、指で梳きながらそれでも思う。
文字通り君の全てを得られたなら、どれほど良かったかと、ね。
[Kuroto's Side]
「……っ……! うあっ……!」
黒鷹が中で絶妙な力加減で動いて。
背を駆け上がる快感にたまらず声を上げる。
幾度も抱き合ってるんだ。
知られてるに決まっている。
どうすれば、俺が感じるかを。
悦楽で力の入らない震える指で、黒鷹の肩に縋る。
「く……ろ……鷹っ…………! ……あ!」
名を呼んで求めたら、目元が笑う。
言葉に呼応するように突き上げが強くなった。
鮮烈な快感にもう限界が近いのがわかる。
俺だけでなく、きっと……黒鷹も。
声を出さないのはぎりぎりまで追い詰められてるからだろう。
「ひ……ぁ……っ! 黒っ……!!」
強く抱きしめられて、汗ばんだ胸肌が触れ合う。
繋がっているところだけでなく、身体中が熱い。
一際深く奥を抉られて、意識を閃光が駆け抜けていった。
耳元でぎりと歯を食いしばった音がする。
続いて、中に広がる熱さ。その熱に思うのは充足感。
触れ合って、俺で感じてくれたことの証が、自分の中に満ちているのが嬉しいと思う。
ふと、腹に黒鷹の指が触れる。
俺の出したものを指に絡め取るように。
何かを考えこむようなしぐさと、小さな呟き。
「……与えられるのは……あの子のみ……か」
「……? 黒……っ! 痛……!」
何のことかと思った瞬間に、首筋に強い痛みが走る。
肌に当たった感触は……歯。
まるで獣のような噛み付き方は最初から傷つけるつもりだったからだろう。
その癖、すぐに我に返ったように舌で傷を癒すように、そっと舐め始める。
……痛みは引き始めたけど、伏せた黒鷹の目が、酷く暗い色を落としていた。
「……残せたらいいのに」
そっと零したその言葉に、ずきんと胸の奥が痛んだ。
……ああ、また考えてるのか。
俺の身体に抱いた跡を刻めないことを。
悔しい想いをしてるのは、お前だけじゃないのに。
「……痛みはあるんだぞ」
一番最初に触れ合ったときの痛みでさえ、思いだせる。
「……ああ」
「……触れられて……感じないわけでもない」
指も唇も舌も。こんなに感触を覚えているのに。
「……わかっているよ」
苦笑交じりの声は、まだどこか哀しげだった。
わかってはいても、納得なんてしてないくせに。
気持ちは……わかる。だけど、どうしようもない。
「だったら……無いものねだりはするな」
手を伸ばして、黒鷹の頭を抱いて、自分の方に引き寄せる。
そのまま、身体が覆いかぶさるようにそっと折り重なってきたけど、
そのときに繋がった部分に軽く甘い痺れがきた。
……でも、まだ離れる気にはならない。繋がっていたい。
「……大丈夫かい」
優しく気遣う声に、半ば呆れて、半ば嬉しく思う。
いつもの黒鷹に戻りつつあるのがわかるから。だから俺も軽口を叩く。
「……さっき、お前が噛み付いたほどじゃない」
「それはすまなかったね」
「……黒鷹」
「うん?」
「……俺の鳥はお前だけなんだからな」
「……玄冬」
「お前だけが持ってるものも沢山あるんだから」
沢山、どころかどう考えても黒鷹の方が、色々と比重が高い。
今、俺がこうして在るのは黒鷹の影響なしではありえないから。
言い聞かせるように呟き、その耳にキスをした。
返事はせずに、黒鷹がただ、俺の髪を撫でてくる。
贅沢、だよな。きっとお互いに。
こんなに触れられて、愛されてるのを感じているのに。
寂しいと思うんだ。抱かれた痕跡の残らない自分が。
お前にそんな顔をさせてしまうことが。
形に残ることが全てではないけど、時折願わずにはいられない。
誰がみても、お前のものだとわかるようであればいい、と。
2004/11/02&2004/12/13 up
黒鷹視点は裏サイト用Web拍手SS、
玄冬視点は裏絵日記でその逆視点をと書いたものでした。
この機に合体。ほんのりダーク路線。
特に暗い話はどうも両方の視点から書きたくなるクセが。
- 2008/01/01 (火) 00:20
- 黒玄