作品
夢の続きを~under.ver
――玄冬。おいで。
あいつが俺を呼ぶ声は、夢でも現と変わらずに常に優しい響きが含まれる。
伸ばされる手もまた然り。
だから時折どちらがどちらなのかわからなくなる。
黒鷹と触れ合う俺は夢なのか、現なのか。
***
「あ…………?」
何となく暑い、と感じて目が覚めた。
季節柄、まだ暑い日があってもおかしくはないが、気温によって感じる暑さと人の体温によって感じる熱さはまた違う。
どちらかというと後者の感覚に思え、ふと顔を横に向けると思いの他直ぐ側にあった馴染みのある顔に記憶が混乱した。
……何で黒鷹がここにいるのか。
先ほどまで見ていた夢で黒鷹が出てきたような気はするが、実際には出掛けていていないはずだった。
だが、伝わってくる黒鷹の体温が夢ではないことを告げている。
確かに昨夜は一人で眠ったはずだったんだが。
ベッドの天蓋を見上げながら、まだ回転しきらない頭で昨夜のことを思い出し、記憶の紐を解いていく。
今寝ている場所は確かに黒鷹のベッドに間違いない。
が、本来の持ち主は三日前から出掛けていて、帰ってくるのは今夜の予定だった。
だからこそ、俺は主のいないベッドに潜り込んで眠っていたのだから。
昔からの癖みたいなものだが、黒鷹がいない夜は何とはなしに黒鷹のベッドを使いたくなる。
黒鷹の部屋の本を色々持ってきて、枕元で読むというのは普段でもよくやってはいるが、それを黒鷹のベッドでそのままやるということで、何となくわくわくするような感情があるとでもいうのだろうか。
別に悪いことをしているわけでもないのだが、親の知らないところで予想外であろうことをする、というのが楽しいのかもしれない。
些細な悪戯心とでも言おうか、少なくとも最初のきっかけはそんな思いがあった。
自分としても意外に思う面だが、黒鷹が出掛けている間の羽伸ばしみたいなものだ。
多分、俺が飯を作っていることを考えてくれているからか、滅多に黒鷹は帰ってくるときの予定は変更しない。
大体最初に言った通りの日時で家に帰ってくる。
ふらふらしてるように見えて、予想外の部分で律儀だ。
もっとも並べた食事に野菜が多かった時は眉を顰めて、ぶつぶつ何やら呟いてはいるけれど。
……だから、今回もいつも通りだと信じて疑わなかったのだが。
「……いつ帰ってきたんだ、こいつは」
ベッドを勝手に使っていたから、といって咎めることはしないだろう。
いや、いっそ咎めてくれた方が事態としてはまだマシだ。
きっと『そんなに私を想って寂しがっていたのかい』とでも言いながら、満面の笑みをするに決まっている。
少なくとも先ほどまでの夢の中のこいつはそう言っていた。
多分現実でもそう変わらないことを口にするだろう。
……気まずい。
というか気恥ずかしい。
寂しがっているわけじゃないと自分では思ってはいるが、黒鷹はそうは受け取らないだろう。
実際、そんな部分が全く無い、とも言えない部分もあるから後ろめたさもある。
もう帰ってきた時点でバレているだろうとは思ったが、それでもせめて黒鷹が目を覚ます前にと身体を起こし、ベッドを抜けようとした。が。
「やぁ、おはよう玄冬。そして、ただいま」
……背後から掴まれた手に自分の判断が少しばかり遅かったことを悟った。
「……おはよう。お前、何時頃帰ってきた?」
それでも後ろを振り向く気にはなれず、そんな問いかけだけすると小さな笑い声が響く。
「うーん、丑三つ時くらいだったかな。
いやぁ、びっくりしたねぇ。
帰って来たら君がベッドで待っていてくれたとは思っていなかったからな」
「待っていたんじゃない。
ちょっと……本を読んでいたら、自分の部屋に戻るのが面倒になって、ここを借りていただけだ。
大体お前こそ。帰ってくるのは今日の夕方じゃなかったのか?」
「用事が早く済んだから、予定を切り上げて帰ってきたんだ。
やはり数日離れると君の御飯が懐かしくなるしね、一刻も早く食べたいなぁと」
「そうか。それは作り甲斐があるな。
じゃあ、その懐かしいと言ってくれる飯を一刻も早く食べて貰うために、今から支度をしてくるから、手を離……」
「……すと思うのかい? 私が」
「……っ!」
声が近くなったと思った瞬間に不意をつかれて、腕をぐいと引かれ、再びベッドに寝っ転がってしまう姿勢にされた。
見下ろす顔は予想に違わず、嬉しそうなのが癪だ。
こっちが思いっきり不機嫌な顔をしているというのに、全く気にする様子も無い。
「一刻も早く食べたいんじゃなかったのか」
「そうだね、勿論君の御飯が食べたいのは確かだ。
でもそれ以上にまずは君が食べたい。それこそ今すぐに」
「朝から何のつもりだ!」
「朝だから、だろう?
いいじゃないか、せっかく硬くなっているんだし」
「それはただの生理現象だ!」
「……ほう? 先端を濡らしているのも? 生理現象だと?」
「……く……っ」
するりと寝間着の中に入り込んできた手に中心を握られて声が詰まる。
触れて、自分が口にした言葉がその通りだったことを確認したからだろう。
黄金色の瞳が愉快そうに細められた。
濡れ始めた部分を撫でる指先が少しずつ刺激を強めていく。
「答えたまえよ。ここがこうなっているのは本当に生理現象かい?」
「く……そ…………」
睨みつけるのと顔を背けるのとどっちが効果的だろう。
……いや、何をやってもこうなると逆効果だな。
自分でも触れられている部分が熱くなるのを自覚しているのに、黒鷹がわからないわけもない。
もう、どう行動しようと黒鷹を煽るだけだ。
「やっぱり君は可愛いねぇ。そうか、そうか。
そんなに私を想って寂しがってくれていたのかい」
「違う!」
「違うかどうかは、君の身体に聞かせて貰うことにするよ。
どうせ、シーツやカバーはこれから洗うつもりだったんだろう?
私が先日出掛けた時から変わっていないからな。
多少汚しても、洗濯する予定のものだったと思えば良心も咎めない」
「……よく言う。良心が咎めたことなん……か……ないくせ……にっ!」
「それは心外だ。
これでも家事を君に一任している身としては気になってるよ、少しはね」
「……っ」
黒鷹の顔が俺の肩口に埋められた。
聞こえてくる小さな口付けの音と、肌に広がっていく微かな快感。
乱れ始めた呼吸が自分のものなのは解っている。
予期していなかった出来事に良心が咎めているのは自分の方だということも。
俺が昨夜ここで眠っていなかったら、今こんな展開になってはいなかったのは確かだ。
――そんなに私を想って寂しがってくれていたのかい。
不意に先ほどの黒鷹の言葉と、夢の中での黒鷹の言葉が脳裏で重なる。
そうか、後ろめたいのは夢の中での展開の所為もある。
夢で俺は……黒鷹の熱を思い返して自分を慰めていたから。
実際にはそんなことはしていないのだが、すぐに身体が反応してしまったことと重ねて、誤解されても嫌だ。
「言って……おくが……」
「うん?」
「ここで……一人でしてなんか…………いない……っ……からな……!」
だから、そんなことを口にしたのだが、一瞬黒鷹の動きが止まって……次には愉快そうな笑いが零れた。
「……何が可笑しい」
「ふふ……ああ、いやすまない。怒らないでくれ。
大丈夫だよ、そういうことを思っていた訳じゃない。
勿体無いものな。
もうじき直接触れられるのがわかってる状態で自慰をするより、焦がれながら待っていた方が、触れた時により感じられるし」
「そんなことは言ってない!」
「……違うのかい?」
「……っ…………」
「君はわかりやすいね」
否定しきれずに言葉に詰まったところを黒鷹は見逃さない。
素早く下着ごと下衣を剥ぎ取られて、顔が腰の辺りまで移動したと思った時には、もう黒鷹の口に性器を包み込まれていた。
「……ちょ…………っと待て……!」
「待たない」
「……く…………」
温かいざらついた舌が輪郭を確かめていくように丁寧に動いていく。
よりその部分が張り詰めていくのを自覚しながら、黒鷹にも余裕がないのが伝わった。
触れている肌の体温は俺よりも高い。
そもそも、早いうちから黒鷹が口でしようとする時はかなりこいつが興奮している時だ。
煽ってしまった原因は自分の反応にもあったような気がしてならないが、知らないふりをしたい。
「…………ん……あ……っ」
先端の部分にごく軽く歯を当てられて、痛みの一歩手前と言ったところの刺激が走る。
口でその場所への愛撫を続けながらも、器用に指先はその下の袋の部分を捏ねたり、奥まった部分に触れたりしてる。
確実に追い上げられていくのがわかるからこそ、黒鷹にも触れたいのに姿勢を変えようとはしない。
「……久しぶりだからかね、反応が早いのは。
もう挿れても大丈夫そうだな」
「な……っ! お前……っ……ちょっと今日性急すぎない、か……っ?」
確かに無茶というほどの状態ではないし、寧ろ強い刺激が来たら達ける……とは思うけど、気分がまだそれについていかない。
ここに来てようやく黒鷹も下着と下衣を脱いで、目に入った黒鷹自身の状態から、相当昂ぶっているというのはわかるんだが。
「ああ、そうかも知れないね」
「あ?」
あっさり肯定されて、つい間の抜けた返事を返してしまう。
抱えられた足の内側に一度キスを落とされた。
「……君を想って寂しがっていたのは私かも知れない、ということだよ。
反応が早いのは私の方だ」
「な……っ……あ…………っ……く……あ!」
間髪いれずに身体の中心に穿たれた楔の熱さが予想以上で思わず悲鳴をあげた。
まずい、と思った時には遅い。
黒鷹が奥まで突き入れてきたと同時に……堪え切れずに出してしまった。
射精の快感の後に襲ってくる激しい羞恥心。
気まずさにぶつかった視線をつい逸らす。
小さく笑う気配がして、頬に黒鷹の手が添えられた。
伝わる指先の熱が高い。
「…………どうしてそう可愛いかなぁ、君は」
「う……るさ……っ…………。って……黒鷹……?」
快感が少し引いてみれば、繋がった部分である違和感に気付いた。
もしかして。
「……やっぱりわかるか。いきなりあんな締め付けられ方をされたんじゃ、こっちだってもたないさ」
「そ…………か」
自分一人で達したわけじゃないというところに幾許かの安堵を覚えて、軽く息を吐く。
黒鷹の顔が近づいてきて唇を重ねてきたから、それに応じて舌を割り込ませる。
ゆっくりと口の中の温度と感触を確認しながら、そういえば今日は口付けさえまだだったと気がついた。
気分が追いつかなかったのはこの所為もあるんだろうな。
自分でも珍しい、と思いながら積極的に舌を絡めて、唾液を交わして、黒鷹を味わう。
唇を離すと目の前の顔が随分と綻んでいた。
「随分積極的だな。珍しく」
「……お前が口付け一つしないうちに求めてきたからだろうが」
「うん? そうだったかい?
……ああ、そうか。
私は帰ってきたときに君にキスしていたからね、何回も」
「それはお前が一方的にしただけだろう。俺は知らない」
「おや、拗ねてるのかね?」
「拗ねてない」
言いながら自分でも憮然とした響きになっているのは気付いたが、黒鷹はそれ以上何も言わずに、笑って俺の顔に口付けを落とす行為を続けた。
額にも、瞼にも、頬にも、鼻先にも……唇にも。
あやされているなとは思ったが、これ以上何かいうのも馬鹿馬鹿しいと黙ってそれを受け止めた。
「やはり私に余裕がなかったんだな。一度達したから、今度はゆっくり出来る。すまなかったね」
「いい。お互い様だ。
……なぁ、続けるなら上も脱がないか? 熱が籠もって少し暑い」
揃って、寝間着の下は脱いでいるけど、上は釦を外しただけで着たままだ。
どうせなら、全部服を取り去った状態で抱き合う方がいい。
「そうだね。玄冬、足を私の腰に少し強めに絡めたまえ。まだ抜きたくはない」
「ああ」
身体を起こした黒鷹の腰に足を絡め、手でも軽く支えると黒鷹が上衣を脱ぐ。
脱ぎ終えたところで伸ばされた腕に捕まり、俺も身体を起こして寝間着の上を脱いだ。
お互いに何も纏わない状態になったところで、何とはなしに笑みが零れる。
「……改めて、ただいま玄冬」
「……お帰り、黒鷹」
やっと夢の続きではなく、現実だという実感が湧く。
黒鷹がベッドのスプリングを利用して、軽く突き上げを始めると一層その思いは強くなる。
交わす体温も、伝わる鼓動も、徐々に荒くなっていく呼吸も、明確な悦楽を引き出していく。
「…………っ……あ……っ!」
「玄冬」
「……っ……何……だ……?」
「私がいない間、何度このベッドで眠った?」
「…………!」
「昨夜だけ? その前も? それとも私が出掛けた日から? ……ああ、出掛けた日からか」
「何も……言ってな…………っ」
「言っているのと変わらないよ。
……最後の問いかけで君の中が強く震えた」
「……っ!」
一際強く突き上げられて、反射的に黒鷹の肩にしがみ付く。
黒鷹の腕も俺の背と腰を強く抱くように巻きつけられる。
何も言い返せず、黒鷹の動きにただ身を任せるしか出来なくなった。
黒鷹もそれ以上は問いかけを口にせず、時折微かに俺の名前を呟くだけになる。
繋がった部分で立てられる水音に掻き消されながらも、耳はちゃんと黒鷹の声を拾う。
「玄……冬」
「……た……か…………黒た……か……っ……!」
きっと俺が呼ぶ声も聞こえているんだろう。
お互いに幾度目かの名前を呼び合ったところで、再び訪れた悦楽の頂点。
今度は黒鷹が俺の中に熱を吐き出した瞬間がわかって、一度目の自分は黒鷹のことを言えたくちじゃなかったほどに余裕がなかったことをようやく自覚した。
***
「本当は帰ってきてベッドに入ったときに君を起こしてしまおうかと思ったんだけどね。
さすがに気持ち良さそうに寝ているところにそれはあんまりかなぁと思って」
行為の後、二人で横になって少し休んでいると、黒鷹が俺の髪を撫でながらそんな事を呟いた。
「……起こしても構わなかったのに」
「だって、無理に起こして夢かと思われたら寂しいじゃないか。
君、覚えてないだろう?
私が帰ってきてベッドに入ったとき、目を開けて微笑んで、腕を伸ばしたらそのまま寄り添って来たんだけどね」
「え? ……俺が?」
それは記憶にない。
でもそうだとしたら。
夢に黒鷹が出てきたのは、そのことが意識のどこかにこびり付いていたからなんだろうか。
「やっぱり覚えてなかったな。……まぁ、そんなことだろうと思ったさ」
「……悪かった」
「謝る必要はないよ。おかげで一層楽しめた部分もあるしね」
「…………五月蝿い」
一層楽しめた、という言葉の意味を読み取るとたまらなくなる。
上掛けの中に身体を沈めて顔を隠すと、黒鷹も一緒に中に入ってきた。
……くそ、この余裕のある表情が何とも癪だ。
何かで反撃してやりたい、と考えたところで一つ思いついた。
「もうちょっと休んだら、朝食にするからな。
待ち遠しかったんだろう? 楽しみにしておけ」
「ああ。楽しみにしているよ」
どうせ、黒鷹一人だとろくに野菜なんて取っていなかったに決まっている。
朝食だけでなく、今日一日の食卓を野菜だらけにしてやろうと内心決めて、それを見たときの黒鷹の表情を想像して溜飲を下げることに決めた。
2006/09/18 up
2006年黒玄の日、終了間際にupしたものをリベンジw
エロ描写やりたかったものの、時間的に黒玄の日に間に合いそうになかったんで。
under verじゃない方+関連させた話はこちら。
- 2008/01/01 (火) 00:23
- 黒玄