作品
闇色の声で謳う鳥
愛して
愛シテ
ねぇ、そんなにあの子がイイの?
アンタは謳う。俺の腕の中で。あの子を求める歌を。
抱いてるのは俺なのに、啼くのはあの子を思ってのことだっていうのくらい知っているよ。
ねぇ、そんなにあの子がイイの?
殺されることを選んだあの子の、何が。
貴方を支配しているの?
ねぇ、そんなに
あの子が何を
***
――ん…………黒……鷹っ……!
幾度も抱いて過ごして来た。
温もりも甘えた声も、容易に脳裏に蘇る。
生まれて来る度に慈しんで育てて……愛して。
あの子がそれなりの歳になるまで生きていられた時は、それこそ僅かな時をも惜しむように、狂ったように掻き抱いた。
以前の記憶があろうとなかろうと、玄冬は私を受け入れてくれる。
それがごく当たり前であるかのように。
拒まれた試しだってない。
不思議なもので、感じる場所は何度生まれ変わっても変わらない。
どうすれば感じてくれるかなんて、呼吸と変わらぬくらいに自然に伝わる。
縋る腕も、潤む目も、擦れる声も、熱い肌も。
まるで自分の一部のように、いやそれ以上と言っていいだろう。
あれほど自分に馴染む存在を、私は他に知らない。
肌を重ねて、溶け合う瞬間のあの悦楽は何にも例えがたい。
「よく飽きないね」
まだ玄冬がいたとき。
あの子と抱き合い、疲れて眠ってしまった玄冬を起こさぬよう、静かに部屋を出た途端に問いかけてきた真紅の瞳は嘲笑を秘めているように見えた。
「……何時からそこにいた。中々良い趣味を持っているじゃないか。
救世主殿が閨の覗きとはね?」
私が返す言葉も嘲りを含んだものになる。
しかし、目の前の表情は変わらなかった。
「ふふ、貴方凄く艶っぽい顔するんだね。セックスする時に。
そそるなぁ、間近で見てみたい」
「お誘いかい? 生憎だが玄冬以外に欲情出来ないものでね。
応えてはやれないよ」
「そんなにイイの? あの子」
「君に言う義務は無い」
無視してさっさとその場を通り過ぎようとすると、カシャリと剣で行く手を阻まれる。
「……そんなにイイの?
だって、玄冬が生まれてくるたびシテるんでしょ?
同じ相手でよく飽きないね」
「飽きるも飽きないもないさ。私は玄冬でなければならないからな」
触れたいのはあの子だけだ。
求めて、求められて、お互いを必要としていることが理屈抜きで伝わる。
例え、昔の記憶を持っていなくても、あの子が間違いなく私の玄冬であることに変わりはない。
「興味あるなぁ。貴方をそこまで惹き付けるあの子に」
「……手を出したら、安らかに死ねないものだと思いたまえ。
その身を引き裂いて、死んだ方がましだと思うような目にあわせるよ?」
「わ、怖。……大丈夫。やらないよ。
俺、あの子よりはアンタの方が興味あるし」
「物好きだね」
何とか嫌悪感は表さずにそれだけ簡潔に言う。
下げられた剣の脇をするりと抜けて、立ち去る私の背に独り言とも会話のきっかけともつかない、潜めた声での言葉が投げかけられる。
「ねぇ、今までに……今の玄冬だけじゃなくて、全部の玄冬と。
何回くらいセックスしたの?」
「覚えてるわけがないだろう?」
一々数えてるはずもない。愚問、だ。
答えたところで何になるというのだろうね?
***
「…………く……」
「ねぇ……もっと声上げてよ。……悪くないでしょ?」
「…………っ……放って……おきたまえ……よ」
組み敷いてる俺の顔を見ようともしないで、黒鷹サンが呻く。
凄い強情。
目元を染めて、悦楽に顔を歪めてるくせに唇を噛んで声は極力押し殺そうとしてる。
……そんなに嫌なわけ?
あの子はもういないのに。
どんなに声を上げたとしても、あの子の耳には届かないだろうに。
――しよう? 一度でいいから。
時期が訪れた。
春を迎えるために玄冬を殺して一月余り。
次にまた玄冬が生まれるまでは彩を去ると言ったこの人を捕まえて、そう持ちかけた。
抱いてみたかった。
熱を秘めた黄金の瞳を間近で見てみたかった。
――身体、寂しいでしょ? 連日のようにヤッてたのが急に途絶えたんじゃね。
――……下種な物言いをするね。
――そ? だって、生きてるんだもん。性欲なんてあって当たり前でしょ?
――玄冬でなければ意味はない。あの子以外に欲情は出来ないと、いつだったか言わなかったかね?
――ならそれでもいいよ。貴方は何もしなくていい。俺、上手いからイイ思いさせてあげられる。……ね、しよ?
苦い顔したあの人は「後悔するよ」と呟いて。
それに俺はただ笑った。
後悔なんて、しやしない。
だって、ずっと焦がれていたものに触れられる。
手に入れた好機を喜びこそすれ、後悔なんてしない。
キスしようと顔を近づけたら留められて、出鼻を挫かれても。
それでも満たされていた。……少なくともこの時は。
***
今までに抱いた誰よりも愛撫することに時間をかけた。
シャツの下から現れた肌は予想以上に白く、紅い跡が随分と映えた。
そうか、玄冬がもっと色が白かったから、この人の肌の白さには気がつかなかったんだな。
華奢に出来てるのは解っていたつもりだけど、脱がすと本当に腕や足が細い。
あらゆる場所を目に焼き付ける。
たった一度の機会だ。
忘れてたまるかと。
時に舌で舐め上げ、時には軽く甘噛みし、指をとにかく全部の場所に滑らせた。
滅多にそこまで丁寧にはしないというのに、それでも中々黒鷹サンのモノは勃たなくて。
口に含み、ようやく半勃ちくらいにしたところで、結局しびれを切らせて中に挿れた。
――後悔するよ
一瞬だけ浮かんだ呟きを脳裏から消して、繋げた場所の熱に集中する。
強張ってた内部は、少し固い感触のところを突くと大分こなれて柔らかく包みはじめた。
身体は気持ちいい。快感はある。
黒鷹サンにしたって、擦り上げると前が張り詰めてきたのがわかる。
だけど。顔は。その表情は。声は。
歪んでる。
悦楽とも取れるけど、苦痛にも取れる。……やめてよ。
玄冬を抱いてる時にはそんなんじゃなかった。
熱を秘めた優しい目で苦しそうなのに、嬉しそうにしていたあの顔じゃない。
「……どうして?」
「……はっ……」
「ねぇ…………どうして?」
気持ちいいでしょ?
どうして、あの顔をしてくれないの? あの顔が見たい、のに。
「黒……鷹サ……ン…………!」
「………!」
どうして? 抱いてるのは俺なのに。
達かせて、アンタの中に熱を解き放したのは俺なのに、アンタの唇は玄冬の名前を形どる?
酷く。酷く虚ろな感覚だった。
欲しかった感覚を俺は何も手にしていない。
こんなに近いのに、何より遠い。
現なのに幻のよう。
腹に散った黒鷹サンの精液を舐め取ると、ほろ苦く喉に絡んだ。
その味だけが妙に現実的だった。
***
「……後始末、してないよ」
行為が済んで、ベッドにうつ伏せになったままの彼を放って一人で身支度をしていると、顔だけを私の方に向けてぽつりと呟きが落ちた。
「構わないさ。戻ってから自分でする。
多少服を汚したところで、もうこの後に人に会うわけでもないしね」
「…………そ……」
「……後悔、しただろう?」
確信を持って、言い放った言葉は黙殺される。
が、それこそが他ならぬ心境を語っていた。
「……もしも」
「うん?」
「アンタを毎日抱いて。
一日中ヤり続けてたとしたら、セックスの回数は玄冬に並ぶ?」
「一度でいい、とそう言わなかったかね?」
「だからもしも、だよ。本当にヤるなんて言ってない。
……ねぇ、答えてよ。あの子に並ぶ?」
「まぁ、無理だろうな」
一通り身支度を済ませ、ベッドに腰掛ける。
中に出された彼の白濁がその拍子に伝い落ちる感触があった。
全て流れて出てしまえばいい。私の身体に馴染まぬ異質なもの。
「前にも言ったが、覚えてるわけもない。
あの子を何度も抱いたし、これからも抱く。
玄冬が生まれてくるたびにずっと。私にはあの子しかいない」
あの子がそう望んだから。
繰り返し生まれ、殺される道を。
あの子が生まれてくるから、私はこの箱庭にいる。
玄冬と繰り返し逢う為だけに。
……あの子を愛する為だけに。
「……わかってる。だから回数だけでも敵わないかと思った」
「敵わないね」
子どものような理屈だ。わかってなんていないだろう。
いや、わかりたくないと言うべきか。
「仮に並んだとしても。私が愛してるのはあの子だけだ。君じゃない。
何度交わったとしても、私では君に心を傾けてやることはできないよ。
心の伴わないセックスなんて虚しいだけだ。
今、身を持って知っただろう?
数だけ並んだところで何になるね?」
恐らく、明確に知りたくなかっただろうことを単刀直入に突きつける。
救世主の子どもは枕に顔を押し付けて、私に表情を見られないようにした。
「……アンタ、さ」
「何だい」
「すっごい性格悪いね」
「私と玄冬との関係を知りながら、誘いをかけてきた君に言われたくはないな」
「……その誘いに乗ったくせに」
「希望は断ち切ってやった方が親切だろう?」
顔を上げさせて、笑ってやる。薄く。目を細めて。
「玄冬を殺したその腕に抱かれたところで、私が君に何か思うとでも?
……望みなど持つ方がどうかしている。酔狂も大概にしたまえよ」
「多くを望んでたわけじゃない。アンタだって自分で玄冬を殺せない。
玄冬が死ぬ瞬間は、玄冬はアンタのものじゃない。……俺のもの、だよ」
「……ああ、この手であの子を逝かせてやれたなら、身体を繋げたままで腕の中で死なせたとも。
…………君は人の神経を逆なでするのが上手いね」
「……っ」
首を締め上げて、このまま彼を手にかけられたなら。
だけど、優しいあの子はそれを望まないだろう。
それに玄冬と同じ場所になど行かせたくもない。
何より、目元に薄っすらと浮かんだ笑み。癇に障る。
望むものなど与えてやるものか。
指を離して、失望の色に変わった表情は愉快だった。
「死なせなどしないよ」
「じゃあ、せめて抱いて。抱きしめて。ぎゅって。
親が子どもにするように」
「断るよ。私の子は一人だけだ。
君にも親がいるのだから、かの人にでも頼むといい」
「……意地悪」
「知らなかったとは言わせないさ」
「あ…………」
身体を変化させて鷹の姿になる。それに彼が身体を起こして反応した。
「私の腕は玄冬を抱くためにあるからね。
そろそろ失礼させて貰うよ。では、またいずれ」
「…………くそ……っ……!」
羽ばたきの音に混じって、彼の歯軋りと悔しそうな呟きが聞こえた。
――滑稽だね。
――私も彼も。
一つの茶番が終わった。
また静かに物思いに耽り過ごす日の始まりだ。
桜吹雪の舞う中を飛びながら、桜を眺めて微笑む玄冬を思い浮かべる。
微笑むあの子を思い出せば、私も笑える。
あの温もりが束の間蘇る。
今はいない。だけど誰より近いあの子を。
また、この腕に抱く日を夢見て過ごそう。
***
耳ニ届カヌ声デ鳥ハ謳ウ。
終焉ノ子ヲ想フ歌。
救世ノ子ハ謳ウ。
振リ向カヌ鳥ヘノ想イヲ。
暗イ闇ノ中デ、イツマデモ、イツマデモ…………。
2005?
合同誌「サキミダレシハ花ニ似タ」に掲載した分から微妙リメイク。
うちの黒玄前提救鷹はデフォルトがえげつないエロです。
春告げの黒鷹はどこかが歪んでいる(と私は思っている)ので、玄冬以外に対しては非常に冷たい。という部分を書くのが楽しいのでした。(人でなし……)
- 2009/01/01 (木) 00:04
- 黒玄前提他カプ