作品
痛み&我侭
痛み[Kuroto's Side]
「……ん」
腹に微かに走った痛みに意識が覚醒する。
窓から微かに見える空はまだ暗い。
そっと横に顔を向けると、穏やかな顔で眠っている黒鷹がいる。
ああ、そうか。
昨夜はつい行為の後、強すぎた快感による脱力感に引きずり込まれる様に眠りに落ちてしまったんだった。
後始末とかをする余裕もなしに。
しまったと思うのと同時に、交わした行為を思い出してしまい、顔が熱くなる。
優しく呼んでくれる声。熱い肌。激しい律動。
そして受けとめた黒鷹の熱。
後始末をし損ねた故の腹の痛みは、しばらく続くし、その日1日は身体が少し辛い。
だけど、それが確かに触れ合った証拠のようで本当は少し嬉しい。
口付けの跡は残らないけど、これで繋がったことを確認できるから。
生々しさに恥ずかしくなるときもあるし、毎回それではさすがに少し困るが。
少し身体を起こすと、中で黒鷹の放った熱が下へと落ちていく感触。
昨夜の名残が少し零れ落ちて、その場所の違和感が増す。
今更だが、処理して軽く湯を浴びてこようと、黒鷹を起こさないように
寝台から静かに下りる。
足を踏み出すとまた内股を伝うものに苦笑しながら部屋をでた。
***
処理を終えて、部屋に戻る。
まだ日は昇っていない。
もう一眠りしようと寝台にそっと入りこんで横になったら、腹の上に暖かい手が優しく触れてきた。
「……大丈夫かい?」
気遣うような声のした方向を見ると、黒鷹が心配そうな顔をこちらに向けていた。
起きていたのか。
温かい体温としっかりした声から察するに、起きてから大分経ってはいるらしい。
「ああ。すまない、起こしたか?」
「いや、なんとなく目が覚めたんだよ。
すまなかったね、ついあのまま寝てしまったから」
直接何が、とは言わなかったが、ゆっくりと腹を撫でてくる手に読まれているなと思った。
「いや、俺もすぐに寝てしまったからな。
お互い様だろう。……謝られても困る」
後始末をしないと面倒なことになるとわかっていて、それでも抱き合って。
そのまま眠ってしまったのは、俺も同じことだから。
別に黒鷹だけが悪いわけではない。
「そうなんだけどね。
うーん……謝りたいのは行為に対してというのとは、ちょっと違ってね」
「うん?」
「痛い思いをさせてすまないなと思う反面、嬉しいと思っているんだよ、正直なところ。
触れ合った証拠だからね。
私では君の肌には口付けの跡などを残すことができないから。
せめてもの証というか……だから、そう思ってしまってることに謝りたいというところかな」
身体を引き寄せられて、全身で黒鷹の体温を感じる。
身体に馴染んだ肌の感触が愛しい。
「……だったら、なおさら謝る必要はない。
嬉しいのは……俺もだから」
「玄冬」
「連日はさすがに厳しいけどな」
苦笑いしたら、黒鷹も笑った。
黄金色の目が優しい眼差しで俺を見つめる。
「有り難う」
「礼を言う必要もないぞ」
「いいじゃないか。そのくらいは言わせてくれ給えよ」
額にそっと口付けが落とされて、心地よい感触に目を閉じた。
そう、礼なんか言わなくて良い。
謝罪の言葉だっていらない。
欲しいのは、望んでいるのは俺も同じだから。
甘くて、辛くて、切なくて、愛しい。
お前が与えてくれるもの。
何度でも、身体に刻み付けてくれるといい。
そうすれば、その分だけ感じることができるのだから。
『痛み』という名の所有の証を。
我侭[Kurotaka's Side]
微かに扉が閉まる音に目が覚めた。
そっと気遣うように静かに遠のいていく足音。
反射的に横に手を伸ばすと、あったはずのぬくもりはシーツに少し名残を残すのみで、玄冬が部屋を出たのだと、覚醒しきっていない頭でおぼろげに理解する。
まだ、日が昇っていない時間なのだろう。
辺りは暗いままだ。
少しずつ目が闇に慣れてくると同時に、眠る前の出来事を思い出す。
いつものように玄冬を求めて、その肌に触れて。
熱に溶けこみ、情を交わした後、心地よい疲労感に引き摺られてしまうように、眠りに落ちてしまっていたのだっけ。
悪いことをしたな。
恐らく、後始末をし損ねてしまったが為にお腹を下してしまったんだろう。
なるべく辛い思い、痛い思いをさせたくない。
そう思うのは本当のことではあるのだけど。
もっと深いところに抱えている本音としては、君の身体にそんな名残を残せることが嬉しいと思ってしまっている。
……勝手だね。
跡などなくても、いつだって思い出せるし、手を伸ばせば触れられるところに、君がいるというのに。
切なく私を呼ぶ声を。
微かに甘い香りの漂う紺青の髪を。
汗ばむ熱い肌を。
涙を浮かべて潤む瞳を。
そして、求めてやまない、君の中の熱を。
幸せ、だと思う。
……なのにね、まだ望んでしまうんだよ。
触れた証が欲しいのだと。
確かに溶け合った、その瞬間を。
愛しい絆を身体に刻み付けておきたいと。
贅沢だと思うよ、我ながら。
求めても、求めても。まだ足りないと感じてしまう。
吐息をついて、再び、目を閉じ、耳をすませてみる。
静かな足音がまたこちらに近づいてきた。
ああ、戻ってきたんだね。
間もなく、また扉の音がして。
足音が近寄り、上掛けのめくれる衣擦れの音。
私の横に入りこんできて、軽く息をついた気配に、そっと手を伸ばした。
少し外気で冷えた感触の肌がごく一瞬だけ、ぴくりと反応した。
「……大丈夫かい?」
目を開けてそう問いかけると、玄冬が少しだけ驚いたような顔をしてこちらを向いた。
「ああ。すまない、起こしたか?」
「いや、なんとなく目が覚めたんだよ。
すまなかったね、ついあのまま寝てしまったから」
言いつつ、そっと触れた腹を擦ってやる。
少しでも痛みが遠のけばいいと思いながら。
それでも、痛みがまだ残っていればいいとも、心のどこかで思いながら。
「いや、俺もすぐに寝てしまったからな。
お互い様だろう。……謝られても困る」
玄冬はそんな私の心境など、露ほどにも思ってもいないんだろう。
「そうなんだけどね。
うーん……謝りたいのは行為そのものに対してというのとは、ちょっと違ってね」
少し申し訳ない気分がするので、正直に告げることにした。
本当に勝手だな。私は。
言ったところで楽になるのは、自分だけだろうに。
「……うん?」
「痛い思いをさせてすまないなと思う反面、嬉しいと思っているんだよ、正直なところ。
触れて繋がった、その証拠だからね。
私では君の肌には口付けの跡などを残すことができないから。
せめてもの証というか……だから、そう思ってしまってることに謝りたいというところかな」
すまないね、ともう一度心の中でだけ呟いて。
玄冬の身体を引き寄せて抱きしめた。
せめて、この肌に口付けの跡を残せたのなら。
誰が見ても分かる所有の証を刻めたのなら。
辛い思いをさせてしまうことに、素直にすまないと思えたのかも知れないんだけどね。
「……だったら、なおさら謝る必要はない。
嬉しいのは……俺もだから」
「玄冬」
君も思ってくれるのかね。
抱き合った証の痛みを刻まれることを望んで。
私を受けとめて、名残をその身に残していることが嬉しいと?
「連日はさすがに厳しいけどな」
苦笑を浮かべた玄冬につられて、私も笑う。
私も君に甘いと思うけども、君も私に甘いよね。玄冬。
だから、いつまで経っても、私は君に甘えてしまうんだよ。
誰より優しい、大事な私の子。
「有り難う」
「礼を言う必要もないぞ」
「いいじゃないか。そのくらいは言わせてくれ給えよ」
身勝手な望み。
我侭でしかない。
それでも君は私を受け入れてくれるのだから。
感謝と愛おしさを込めて、額にそっと口付けを落とした。
きっとまた、何度も同じことを繰り返すだろう。
……許してくれ給え。
それでも、私は君を求めずにはいられない。
せめて、礼を言うくらいはさせてほしい。
思うのだよ、玄冬。
互いの望みが等しいことほど、幸せなこともないだろう?
だから、言いたい。感謝の言葉を。
君が同じ思いでいてくれるそのことに。
……誰より、何より。愛しているよ、私の子。
2004/08/28&2004/09/03 up
痛みは黒玄好きへの10のお題のNo8で玄冬視点。
我侭は萌えフレーズ100題のNo89で黒鷹視点になります。
こっちは最初の黒玄オフ用コピー本収録もしてた(はず)。
後始末ネタ。
- 2008/01/01 (火) 00:27
- 黒玄
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