作品
やだ…
「へぇ、君が『玄冬』。可愛いジャン」
「……誰?」
「俺? 俺はね……」
――君をいずれ殺すものだよ。
***
「い……やだ……っ。止め……っ!」
あの子の叫ぶ声が聞こえる。
ドアまでの数cmが酷くもどかしい。
「大人しくしてなよ。暴れなければ肌傷つけないからさ」
低く笑う声が癇に障る。
勢いよく扉を開けると、その笑い声の主が目を細めた。
持っている剣で切られたのだろう、玄冬の服の中央が切られ、素肌が覗いている。
何をしようとしていたかを尋ねるまでもなく、意図は明らかだ。
「黒……鷹……黒鷹っ!」
「何、無粋だね。お楽しみのとこ、邪魔しないでくれる?」
「ひ……っ!」
「……何の真似だい。リミットまではまだ余裕があるはずだが」
玄冬の喉元に当てられた剣。まだ時は訪れていない。
玄冬を殺さなくてはならない時は今ではない。
「知ってるよ。別に殺すつもりじゃない。
ただ、まだ時間があるから楽しませて貰おうと思っただけだよ。
……どうせ死んじゃうんだからさ」
「や……!」
さらに刃を進めようとする前にその剣を掴んだ。
指先を傷つけるのも構わずに。
「そこまでだ。玄冬は傷つけさせないよ。
とりあえず、物騒なその剣を収めてもらおうか」
「はいはい。無茶するね、アンタ。
せっかく綺麗な指してるのに傷ついちゃったじゃん」
血の色の瞳が怪しく笑って、柄に剣を収め、私の手を取って指先を舐めた。
生温い舌の感触がどうにも気持ち悪い。
「……どうも」
形ばかりの礼を述べると、救世主が口元だけで笑った。
嫌な笑いだ。
「別に痛い思いさせたいわけじゃないよ。悦くしてあげたいだけ」
「どうみても、無理矢理だったと思うがね」
「だって、その子黒鷹サンじゃなきゃ嫌だって言うんだもの。癪じゃん」
「や……!」
「っ…………!」
玄冬の首筋に這わされた唇にじり、と胸が焦げる。
救世主の喉元に手を当てて軽く力を篭める。
このまま。握りつぶせてしまえたら。
「おっと。私の子に跡はつけさせないよ。この子は私のものだからね」
「だって、跡つけた方が楽しいじゃん。
……ああ、アレ? アンタだと跡を残せないから妬いてんの?」
くすくすと笑いながら、救世主の手が私の顎に滑った。
「だったら、何だと?」
「ふふ、良い目してるね。そんなに玄冬に手を出されるのが不愉快?」
「当たり前だろう」
彼が奪うのは、玄冬の死の瞬間だけで十分だ。
それ以外の時間は私のもの。
この子を渡したりなぞするものか。
「好きだなぁ、その目……ああ、俺アンタでもいいや」
「……どういうことだい」
「抱かせてって言ってんの。
黒鷹サン、乱すのも楽しそうだなって思ってさ」
「な……!! 嫌だ!」
答えたのは私ではなく、玄冬だった。
私の腕にしがみついて強く救世主の方を睨みつける。
「悪趣味だな」
「アンタに言われたくないね。
遠い昔の『約束』に縛られて、ずっと玄冬をころ……っ」
無言で首に添えた手に力を篭める。
お前に何がわかる?
私たちの一体何が?
知らないくせに。
その『約束』がどれほど大事なものなのかを。
「……君が何を白梟から聞いたか、知らないがね」
「…………っ……」
「『今』のこの子は何も知らない。余計な口は叩かないことだ」
「……言いたいって……言った、ら……?」
「……君は!」
何度見ても憎く思う、禍々しい赤の瞳。
殺せて、しまえたら。
だけど。
喉を絞めて、呼吸が途切れ始めたときに玄冬が止めた。
「だ……めだ……! 黒鷹! 離せ! 苦しがってる……!」
きっと、そう言うと思ったよ。優しい私の子。
君が望まないのを知っているから、私は殺せない。
君を殺す相手を。何より誰より憎い存在を。
手を離して、咳き込んだ救世主を冷たく見下ろすことしかできない。
「……その子の言うことなら……聞くんだ」
「何が言いたいんだい」
「その子がアンタの全てってワケ?」
「それが?」
「……取引、しようよ」
「取引?」
「そ。黒鷹サンが大人しく抱かせてくれるなら、玄冬には手ェ出さない。
リミットぎりぎりまでもう来ることもしない。……どう?」
「断ったら?」
目が笑う。……なんて、嫌な感じの表情だろうか。
「犯して殺す。だって、俺にはリミットなんて関係ないからさ。
ホントは世界だってどうだっていいし。
どうせ、いずれ死ぬなら何時だって一緒ジャン?」
本気か。何て性質の悪い。
あの人もよくもこんな風に育ててくれたものだ。
私の腕を掴んだ玄冬の手が震えている。
大丈夫だよ。君に手出しなどさせない。
「…………いいだろう。
君がそれでこの子に一切の手出しをしないというのなら」
「やっ! ……嫌、嫌だ! 黒鷹! よせ……!」
「ふーん。本気?」
「二言はない」
「ここで今ヤルって言っても?」
大した趣味だ。
私と玄冬の関係を恐らく承知の上で言っているんだろう。
それなら。断ったらどう切り返すかの想像がつく。
溜息を一つ吐いてその目をまっすぐにみた。
「……お手柔らかに頼むよ」
「! 黒……っ……」
「……最高だね、アンタ。ぞくぞくしてきた」
寄せてきた唇が私に触れようとした瞬間、玄冬が私の腕を引いた。
途端に救世主の顔が不機嫌なものに変わる。
「何。邪魔だよ」
「……わ……るな」
「……あ?」
「黒鷹に……触るな!」
「黙ってろよ。いいところなんだから。
君が悪いんじゃん、そもそも。
騒がなければ、こんなことしなかったんだから。
黒鷹サンが君の代わりにヤってくれるって言ってんだから、大人しくひっこんでなよ」
「や……!」
玄冬の胸倉に掴まれた手を押さえる。
「この子に手を出すのはよしたまえ」
「だって五月蝿い。興醒めじゃん」
「……玄冬。私から離れなさい。
そして、部屋の隅にいって目を瞑っていなさい。
耳も塞いでいるといい」
「や……だ……嫌だ……! 黒鷹!」
「良い子だから。言うことを聞きなさい」
縋り付いて来る頭にそっとキスを落として、背中を撫でてやる。
震えている背中が小さく思えた。愛しい私の子。
身体は明け渡しても、心は常に君にあるのだから。
どうか、嘆かないでくれたまえ。私なら大丈夫だから。
君を傷つけさせることを考えれば、何てことはない。
「玄冬。……さぁ」
「…………っ」
頬に手を当てて、諭す様に言い含めると玄冬が泣きそうに顔を歪ませたけど、そのまま立ち上がって、私の告げたとおりに部屋の隅に行き、こちらに背を向けて耳を塞いだ。
そうだ、それでいい。
「……ホント、仲の良いことで」
「二人きりだからね、私たちは」
他に何もない。何も望まない。
繰り返し生まれてくる玄冬と死ぬ瞬間まで共に在れるのならば。
「……それで。君は服を脱がせる方が好みかい?
それとも、君の手を煩わせないために、私が自分で脱いだ方がいいのかね?」
「ふふ、どうしようかなぁ。……誘って欲しいかな、黒鷹サンなら。
上手く誘えなかったら、あの子の方に興味が移るかも知れないけどね」
「では、そうならないぐらいに満足させてあげようじゃないか」
「へぇ、嬉しいね」
上着を脱いで、シャツの釦を一通り外し、リボンタイを解く。
が、シャツは脱がずにおき、ズボンのベルトに手をかけると、救世主の手がそれを止めた。
「……下はいいよ。触りながら脱がせる方が好きだからね」
「…………そう、かい」
言いながら、中心に這わされた手に思うのは嫌悪感。
だけど、同性ゆえのコツを捉えた触れ方に身体は快感を訴えてくる。
生き物なんて単純だ。
そう、身体くらいどうということはない。
桜色の髪に指を絡めると、耳元で救世主が低く囁いた。
「へぇ……上手いね、誘い方。いいなぁ、癖になりそう」
「……っ……お褒めに預かり……光栄だね」
耳朶を甘噛みされて、声が少し擦れる。
それに気付いたらしく、彼は顔に愉快そうな色を浮かべた。
「あれ、意外と感じやすい? あ、それとも弱いのかな、ここ」
「……ん……っ」
耳の中に舌が入り込む感覚に息を呑む。
声を容易く聞かせるのは癪だ。
「……ろ……たか……」
不意に聞こえた小さく呼ぶ声。
救世主の動きが止まった。
後方の玄冬を見ているのだろう。
静かな気配が何を考えてるのか、得体が知れない。
「玄冬。……呼ぶんじゃ……ないよ」
切なさに焦げそうだ。
求めて呼ぶ声に応じてやれないなんて。
誤魔化すように救世主の髪を引っ張り、こちらに気を向かせる。
「ほら、君も。集中したまえよ。愉しみたいのだろう?」
「だって、気になるじゃん。……あんな風に見られてたらね」
「っ!」
その言葉に後ろを振り返る。
濡れた青い目が私たちを見ていた。
背を向けていたはずだったのに、何時の間にこちらを向いたのか。
「何ていうかさ……あの目。
誘ってるように見えるんだよね……泣かせて、虐めて……ってそんな感じで。
ねぇ、アンタはそう思ったこと無い? それとも……」
「く……!」
言葉を紡ぎながらも、救世主の唇が耳から首筋へと辿り落ちていく。
ざわりとした感覚に声が震えてしまうのを自覚する。
「そう思うから、アンタはあの子を抱くのかな? ねぇ、どう?」
「好きに……っ、考え……たまえよっ……」
いつの間にか、手は胸肌を探っていて、時々紅点を掠める指に唇を噛む。
できるだけ反応しているところなんて見せたくは無い。
「色っぽいなぁ、黒鷹サン。こっちもいい感じじゃん?」
「……君の方こそ、ね」
布越しに手が中心に伸ばされ、私も同じように救世主の服越しに昂ぶりを主張しているモノに触れる。
しっかり反応しているそれは服の中で窮屈そうに思えた。
輪郭を確かめるように触れると、微かに弾む呼吸。
「うわ、いやらしい……いつもそんな風にあの子触ってるの?」
「いやらしいのはお好みでないかい?」
「そんなわけないじゃん。下脱がすよ? 直接触りたい」
「…………っ……!」
小さい悲鳴を上げた玄冬はそ知らぬふりで、身体の力を抜き、支えてくる腕に身を預けた。
ズボンと下着を一緒に引きずり下ろされて、露になる下半身。
落ち着かない。
この部屋でこんな姿になるのはそれこそ数え切れないほどあったのに、目の前にいるのが違う相手だというだけで、こんなにも違和感を感じている。
直接触れられている手の感触が、自分のとも玄冬のとも違うことは、嫌悪を感じる一方で興奮もしている。
緩く扱かれ、先走りの雫を浮かべた鈴口を指で擦られると、歯をくいしばった。
「ん? どうしたの?
あ、もしかして声も出せないくらい感じてんの?」
「っ……」
「じゃ。口でしたらどうなるかな」
「ちょ……君……っ!」
「……や…………!」
桜色の髪が脚の間に落ちて、生暖かいざらりとした感触がそこに這う。
視界の隅で玄冬が頭を抱えたのが見えた。
さすがに見ていられなくなったか。
でも、その方がいい。
濡れた舌は的確に弱いところを刺激し、わざと甲高く立てられる水音に、たちまち呼吸があがる。
「はは、ここ凄く固い。そんな気持ちいい?」
「聞かずとも……わかる、だろう……っ!」
「わかってたって、聞きたいじゃん?
ねぇ、玄冬。そういうものだよね?」
「! あの子に……同意を求めるんじゃ……な……!」
抗議の声は後ろに入り込んだ指で止められる。
初めてではない。
でも、慣れるほどの経験ももってはいない。
中を掻き回される指に思わず、髪を強く掴んだ。
「痛いな、髪。あんま強く引っ張んないでくれる?
余裕なさそうだね、そろそろいい?」
「……好きに……っ……した……まえよ」
「そ? ……じゃ、俺の上に乗れる? 自分で腰落として挿れてよ」
そういうと、救世主が身を起こし、ベッドまで行って横になる。
そして、自分の下衣を寛げ、屹立しているものを取り出す。
無言で手招きする彼に、やはり無言でそこまで行き、その身体の上に乗った。
本当はベッドなんて使いたくなかったけど。
ここは玄冬と私がいつも眠る場所なのだから。
そんな本心は押し殺して、枕の下にいつも置いてある潤滑剤を取りだし、身体を繋げるその場所に塗りこめる。
その様子に救世主が目だけで笑った。
「……ホント、いやらしい。顔色一つ変えずにそんなことできるなんて」
「褒め言葉と受け取っておこうか。君は触らなくていいのかね」
「いいよ。十分興奮してるし。
触られるのも悪くないだろうけど、黒鷹サンの熱の方を早く感じてみたい」
「……わかったよ」
指先に少し残った潤滑剤だけ、彼のモノの先端に擦り付けて、それに手を添え、自分の身体に宛がう。
脳裏で玄冬が私を受け入れる瞬間を思い浮かべながら、腰を沈めた。
「……っ…………!」
「ん……っ……。あ、いい…………アンタの中……熱くて、凄い……気持ちいい」
「そいつは……どう……も……っ……」
力を努めて抜いていたために、根元まで収めるのにさほど苦痛は感じなかったが、身を繋げているのが玄冬でないことから来る嫌悪感は拭い様がなかった。
それでも、身体は悦楽を伝えてくる。
それをなるべく早く開放させるために、だけど、それを悟られないように。
遅すぎず、速過ぎずのテンポで腰を揺らす。
「……ふ……っ……! 上手いじゃ……ん、黒鷹サ……ン」
情欲の熱に霞んだ目で見上げるそれと、肌に張り付くシャツの生地が気持ち悪い。
だが、それは態度には出さずにただ薄く笑った。
「……お気に召した、かね」
「かなり……ね。ねぇ、俺も動いていい? たまんないや、これ」
「……どうぞ」
「じゃ、遠慮なく」
「…………く!」
腰に手を添えられ、下から突き上げられる。
本当に遠慮のない強い動き。
弱い部分を突かれて、上げたくなる声を必死で抑える。
辛いが、声を上げてしまったらあの子がもっと辛い思いをする。
「……啼いて、よ。そんな……こらえてないで……さ……っ!」
「出来るものなら……やって、みたまえ……よ!」
「言って、くれるじゃん……そんなとこも……イイね……っ」
「…………っ!」
中で抉る力がより強くなる。
目を閉じて、ただ繋がる場所の快感だけに身を委ねた。
部屋の端と端。
離れているのに、達するその瞬間。
……なぜか救世主ではなく、あの子の歯軋りが耳元で聞こえた。
***
――癖になりそう。今まで抱いたどんな女よりも興奮した、黒鷹サンの身体。
行為の後。救世主が低い笑いと共に呟いた。
――まぁ、約束だしね。玄冬には手は出さないよ。黒鷹サンがまた相手してくれればね。
相変わらず、忌々しい鮮血色の目を細めて。
――だって、俺一回なんて言ってないでしょ?
その言葉は私にというよりは、玄冬に聞かせているようだった。
当てつけのように。
「……玄冬」
軽く後始末をして、身を大雑把に整えて。
縮こまって、身を抱えている玄冬の傍に行って、頭をそっと撫でると身体がびくっと震えた。
「もう終わったよ。大丈夫、だから」
「……ど……して……」
「うん?」
「どうして……っ……! あんな……!」
顔を上げた玄冬の目が濡れていた。
擦れた声にもしかしたらとは思っていたけど、泣いていたらしい。
私が抱かれている間、ずっと。
「君が傷つくよりずっといい。……君が泣く事じゃない」
「……っ……なんで……わからない……!?」
「玄……」
唐突に唇を重ねられて。
そのまましばらく口付けが続いたかと思うと、玄冬は私の肩口に頭を預けた。
「お前が俺の傷つくところを……見たくないのと同じように!
俺だって、お前の傷つくところなんて見たくないのに……!」
「……玄冬」
「言えばいいだろう。……俺以外に触られたのが嫌だったって!
そんな顔して……笑うなよ……」
「…………っ!」
背に回された腕が震えている。
いや、震えているのは私だろうか。
私も玄冬の身体に腕を回して抱きしめた。
……ああ、このぬくもりだ。
これでなければ、私は駄目だ。
この子以外の体温に安らぎなんて得られない。
この子に触れたい。触れられたい。
先ほどまでの行為を忘れられるように。
何もかもわからなくなるほどに、強く激しく。
「玄冬。……抱いてもいいかい?」
「聞くまでもない。……それに」
「うん?」
――洗い流したいから。触れることで。あいつの名残を。
耳元でそう落ちた呟きに安堵した。
ああ、裂けやしない。身体を繋げただけではね。
私たちの結びつきはもっと強く深い。
この先、何度繰り返されようとも。
私には玄冬がいるのだから。
2005/02/16 up
「惑楽」(お題配布終了)で配布されていた
「萌えフレーズ100題」よりNo28。
贖罪と狂気シリーズと称してたものの前編。
黒玄前提玄黒になる後編はこちら。
黒玄前提救鷹の初めて書いたのがこれだったらしい。
……そりゃ、えげつない方向になるよなぁ。
つくづく白サイドの面々には酷い扱いですみません。
- 2013/09/10 (火) 01:03
- 黒玄前提他カプ
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