作品
01:Curiosity
それを手に入れたのはほんの偶然。
いや、今にして思えば必然だったのかも知れないが。
立ち寄った酒屋の主がくれたもの。
あれが全ての始まりになった。
***
「他者と感覚を共有させるっていう謂れがあるらしいぜ?」
「ほう、媚薬の一種かね? 幻覚でそう感じられるとかいう」
「どうなんだろうなぁ。
実は使ってみたが、俺にはあんまり効かなかったようでな。
あんた、よかったら持っていかないか?
置いておいても邪魔になるだけだから」
世間話のいかにもついで、といった調子で話の流れに出ただけのものだった。
それなら試して見ようと。
軽い気持ちで小瓶を貰った。
『蕩果』と呼ばれるその薬を。
媚薬ならば悪くはないなと。
内容量も大してなかったし、ちょっと試すくらいなら玄冬も嫌とは言わないだろう。
早速今夜試してみようと浮かれた気分でいたのは否定しないが、さほど期待をしていなかったのも確かだった。
***
「……何だ? これ」
テーブルの上に酒瓶と一緒に並べたそれを見て、玄冬が訝しげに尋ねた。
明らかに酒瓶ではない、寧ろ形としては香水瓶に似たようなものだから不審に思ったんだろう。
「何でもね、他者と感覚を共有させる媚薬だそうだよ。
相手の愛情、欲求、情念、快楽。
そんなものが全て自分のことのように感じ取れて、溶け合うような強い一体感を得られるらしいよ。
まぁ、眉唾もあるかとは思うけどね。
本当にそこまで効くなら面白いだろう?」
「……何でそんな怪しげなものを買ってくるんだ、お前は……」
「買ったんじゃないよ。貰ったんだ。
いらないというのならちょっとくらいは試してみてもという気になるじゃないか」
「大丈夫なのか? その薬」
「うーん。どうだろうね。
くれた相手はあまり効かなかったと言っていたけど」
「それはそれで、薬としてはどうなのかと思うが」
「それを言っては身も蓋もないね。
まぁ、無料で貰ったのだと思えば、さして効かなくても、損をした気分にもならないだろう?
せっかくだ。ちょっとだけでも試してみようじゃないか」
言うや否や、私は小瓶の蓋を開けて、指先に軽くつけて舐めとってみた。
微かに甘いような気はするけど、無味無臭に近い。
媚薬というからには、そんな気分を起こさせるかと思いきや、しばらく待っても特に何かが変わったような気はしない。
「黒鷹。……何ともないか?」
「うーむ、残念ながら。君も試して見るかね?」
「ああ」
また、指先に先ほどと同じように僅かだけつけて、それを玄冬の口元に持っていき舐め取らせた。
変化が起こったのはその時だった。
「……!? ……これ……は」
「……っ…………!」
自分の指が玄冬の舌に溶けこんだように見えた。
いや、見えただけじゃない。
実際溶けたような感触がしたのだ。
慌てて、指を引いてみると特にいつもと変わりはない。
しかし、今のは一体?
「何だ……今……の」
「……君もか」
玄冬が口元に指を滑らせながら、私の顔と指を交互に見比べている。
二人で揃って使って、初めて効果があるということなのだろうか、これは。
「玄冬。手を」
もう一度確認の為に。
手を重ねて合わせてみようと玄冬に手を差し出す。
「ああ……」
応えた玄冬が手を合わせてきて。
今度こそ目を見張った。
玄冬の指が私の手のひらに触れたとたんに、沈むように溶けこんできたのだ。
単純に一部分が溶けたというよりは、そこから正体不明の熱が広がって馴染んでいくようだ。
私が玄冬に溶け込むように、玄冬が私に溶け込むように。
ああ、そうか。
体感としては、セックスして繋がり、身体が相手に馴染み始めたときの感覚に近いな。
が、触れた部分だけでなく、全身で感覚が繋がったような……そんな気さえする。
――他者と感覚を共有させる……
まさか、と思いながらも試しに繋がっていない方の手で自分の首筋を軽く引っかいてみると、
玄冬が軽く顔を顰めて、首筋を抑えた。
まさか、本当に?
互いの感覚を共有してると?
だが、そう思った瞬間に先ほどまでの感覚は消え。
溶けていたように思えた手は普通に手を合わせているだけになっていた。
効果が消えたのか、いつもと何も変わらない。
だが、しかしこれは……。
「……黒鷹」
「……ああ、まさかね。これが一体感というやつか」
言葉に出した途端、どくりと胸を打つ衝動。
もし、さっきの状態で。
抱き合ったのだとしたら。
繋がったのだとしたら。
それはどんな感覚になるのだろう?
手を触れただけでああなら、求め合ったらどんなように?
ぞくりとするような高揚感に眩暈さえ覚える。
ただ、試して見たい。抱きたい。
その思いが大きく膨らんでいく。
玄冬の頬にそっと手を伸ばし、触れて見る。
「もっと試してみても構わないかね?」
また、この手が君に溶け込む感触を味わいたい。
もっと深く、強く。
いや、手だけでなく全身で。
「……ああ」
短く応えた玄冬の目許が微かに赤く染まっている。
私と考えてることは同じだと、思っていていいね?
――唯、溶け合う感覚に溺れて見たい。本当に最初はそれだけだった。
- 2008/01/01 (火) 00:00
- 本編
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