作品
02:Excitement
堕ちたいと思った。
黒鷹にならどこまでも預けてしまっていいと思っていた。
好奇心だけだったはずのものは、いつ深い願いに変わったんだろう。
……望んでなかったはずなのに。
***
「先ほど舐めた程度の量を考えると……一口含めばしばらく効果は続くだろうかね?」
「多分な」
平静を装いつつ、そう言ったが内心では胸がひどく高鳴っていた。
さっき、僅かの間であんな風になってしまうなら。
長くそれが続いて抱き合うのなら、どうなるのかの想像がつかなかった。
どうなってしまうのか。
が、怖いと思う反面、どこかで期待をしている自分がいる。
いつもの行為とどう違ってくるのかを。
「じゃあ、試してみようか。……おいで」
ベッドの上に二人して腰掛けて、黒鷹が小瓶を開け、中身を口に含む。
そして、顔を引き寄せられて、口移しで薬を貰う。
流しこまれた液体に微かな甘さを感じた次の瞬間。
触れてる唇の感触が、溶けこむあの感触に変わる。
ジンと甘い疼きが触れ合う唇から全身に小波のように広がっていく。
触れ合っているだけのキス、なのに。
深い口付けではないのに。
まるで、直接性器に触れられているような感覚に近い。
そう意識すると、身体の中心にいとも容易く熱が篭る。
何度も黒鷹に触れられた感触を思い出して。
舌が絡みだすと、もうそれだけで身体が震え出してきた。
口付けだけで、こんなに反応するなんて。
「……まずいね」
名残を惜しむように、それでも唇を離した黒鷹が苦笑する。
「加減なんて、できなくなりそうだよ」
擦れた響きに、興奮してるのは自分だけではないことに安堵した。
「……しなくてもいい。試すんだろう?」
狡い言い方だ、と自分でも思う。
試したいのは自分も一緒なのに。
「そうだね。……覚悟はできてるだろうね?」
「……ああ」
既に興奮は後戻りできないところまで昂ぶっていた。
……早くも。
いつもは黒鷹が服を脱がせてくれるのを待つけど、その時間さえもどかしくて。
黒鷹が自分の服を脱いでいるうちに、自分で脱いだ。
黒鷹もそれに何も言わず、お互い何も纏うものがなくなって、全身で抱き合って……思わず声を上げた。
「く……うあ……っ……ああ!」
「……っつ……! ……れ……は!」
全身で繋がってるかのような感触。
実際にはただ触れ合ってるだけの肌なのに。
感触に引きずられるように、刻み込まれてることが次々と連鎖して意識の表層に出てくる。
黒鷹の指が触れていくさまを。
唇が触れていくさまを。
舌が這わされていくさまを。
繋がる瞬間の甘い痛みを。高みに追い詰められていくさまを。
……達する瞬間のあの悦楽を。
俺が黒鷹と抱き合うことで教え込まれた全てのことが……!
「……ろ……鷹……っ!」
怖い。
一気に襲った深過ぎる快感の中に呑みこまれてしまいそうで。
実際にはまだ愛撫らしいものも何もしていないというのに。
もう身体は黒鷹を欲していた。
ただ早く繋がりたかった。
中に取り込みたい。
余すところ無く感じつくしてしまいたい。
「玄……冬……。いい……かい? その……とてもじゃ……ないが……」
「……いい……っ……だから……っ……早く……!」
明確な言葉にならなくても、何を指してるかは明らかだ。
俺も黒鷹もとっくに先端が潤んで雫を零しているから。
黄金の目には情欲の炎が揺らめいている。
余裕のない熱い眼差し。
実際にはキスして、肌を触れ合わせただけだというのに、感覚的には
十分に前戯を行ってるような、いや、とうに前戯どころではないかもしれない。
黒鷹が入りこもうと広げられた脚に抵抗もせずに受け入れる体勢を取った。
だが、黒鷹の楔が打ちこまれて……本当に悲鳴をあげた。
「ひっ……や……ああっ!! な……っ! これ……っ!! ああっ!」
身体が痙攣する。
繋がった箇所の熱に反応して。
いや、繋がった箇所だけでない。
性器が先端の方から熱に飲み込まれていく感触がある。
触られてもいないのに!
いや、違う。
互いの感覚が本当に共有してるのだとしたら、これは……まさか……。
「……っ……そう……なのか……」
「……黒……鷹?」
「君は……いつもこんな……感じで。……私を受けいれて……くれてるのか」
「や……っ」
「中を……広げて、滑りこんでくる熱を……」
「よせ……っ……!」
口にするな、と訴える視線は流される。
視線だけが黒鷹と俺をわけている。
「貫く私を……受けとめてくれる……のか」
「やめ……ろ……!」
言葉にされて、繋がりを強く意識してたまらなくなった。
俺の感覚が黒鷹に、黒鷹の感覚が俺にある。
背に縋った手に力を籠めたら、そのまま自分の背に痛みが走る。
痛みの程度がわかったのに、緩めることはできなかった。
離れた瞬間に壊れてしまいそうで。
「……口にしても……しなくても。もう一緒だろう……?」
「ふ……あっ……!」
ただ、衝動のままに始まる律動。
そして、それを受けとめて腰が蠢く自分。
「ダ……メ……だっ! ……! うあ……! 黒……っ……!」
「玄冬……っ……玄冬……!」
前と後ろ、いや全身で瞬く間に追い上げられて。
考え込む間もなく、それは訪れる。
「ひぁ……っ! あっ……!」
「……くっ……あ……っ……!」
熱を吐き出して、吐き出されて。
なのに、覆い被さってくる黒鷹の体温にまた身体が震える。
恐ろしいほどの深い愉悦。
動ける状態だったなら、きっとまだ求めてしまっていたに違いないが、お互い強い快感に骨抜きにされて、もう動けやしなかった。
行為自体はごく短い時間だったはずだが、感覚的には、まるで数時間続けざまに抱き合ったあとのように。
黒鷹も俺も、言葉を言えたのは薬の効果が切れて、しばらく経ってからだった。
「……大丈夫かい?」
「ダメかも……知れない」
こんなものを知ってしまったら。
きっとまた試さずにはいられない。
恐ろしいと思ってしまう一方で、より深く求めたいと思っているから。
……黒鷹以外に試せもしない。
「……私もダメかも知れないよ」
落とされた口付けはひどく優しくて。
答えを返すように、黒鷹の背に腕を回した。
言葉にならないその答え。
――後戻りはできない。知らなかった前には戻れない。ダメになってしまうのかも知れなくても。
- 2008/01/01 (火) 00:01
- 本編
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