作品
03:Feelings
手離したいと思ったことは一度もない。
だけど、あの子の願いをねじ伏せてまでとも思わない。
だが、互いの願いが等しいものならば。
……ねぇ、誰が君を手離そうと思うね?
***
ダメかも知れない、と最初に蕩果を使った、あの夜に呟いた玄冬の言葉。
日ごとにあの言葉が真実味を増してくる。
あの一体感を忘れることができず、時折使っていたはずの蕩果はそのうちに使う頻度が高くなっていった。
――また、か?
――っと……つい手に取ってしまったな。今日はやめておくかい?
――いや……いい。手に取ったなら使おう。
初めは週に1度、次いで3回に1度、そして気付いたら2回に1回は使うようになっていた。
いや、もしかしたら今はそれ以上なのかもしれない。
徐々に薬に慣れて、最初の頃のように二人ともろくに動けやしないという状況にはならなくなってきたが、それは裏を返せば習慣性に取りこまれているということ。
危険だ、と。
どこかでそう思っているのに、私も玄冬も使うのを止めようとは言えなかった。
幻覚だとわかっていながら、あの溶け合う瞬間の甘美な感触は、もう手離し難いものになってしまっていたからだろう。
快楽を引き上げるだけじゃない。
感覚を共有できる。
そのことが今まで以上に愛しさを募らせることにも繋がっていた。
抱き合うことが嬉しくて、触れ合えることが嬉しくて。
一緒にいられることが何よりの喜びだった。
そんな中だ。私たちの身に異変が起きたのは。
蕩果の中身がもうじき底を尽きようとする、あくる日のことだった。
「お茶、いつものでいいか?」
「ああ……いや、ちょっと待ってくれ」
それは夕食後。いつもなら紅茶をストレートで飲むのだが、なんとなく甘いものが欲しい気分で。
たまにはと、台所に向かう玄冬の肩を捕まえて、それを言おうとした。
「ミルクティーか? 珍しいな。お前が飲みたがるなんて」
「ああ、頼……」
言いかけて、違和感に気がついた。
……私は今それを口にしただろうか?
ミルクティーが飲みたいと。
「黒鷹?」
「あ、いや……いい。何でもないよ」
「? 変なやつだな」
そのまま台所に向かう玄冬の背中を呆然と見ていた。
気の所為だろうか?
私がミルクティーが飲みたいと口にする前に、玄冬がその事を理解したような気がしたのは。
やがて、自分の分もミルクティーにしたらしい玄冬は、2つのカップを台所から持ってきて、
私に一方を手渡した。
「まだ、熱いから気をつけろ」
「ああ、ありがとう」
……スパイスはどうしようか。シナモンとか……。
「ああ、スパイスなら何もいらないよ。このままでいい」
そう答えて、玄冬を見ると怪訝そうな顔をしていた。
「……今、俺スパイスのこと言ったか?」
「え……」
どくり、と鼓動が跳ねる。
先ほどと今。
言葉にしていないうちに意思が相手に伝わったというのだろうか。
気の所為などではなく。
さっきは私が玄冬に触れて。
今度は玄冬が私に触れて。
まさか、そんなことが……。
「玄冬。……手袋を外して見てくれないか?」
「ああ」
なんとなく、私の意図が伝わったんだろう。
お互いにカップをテーブルの上に置くと、それぞれ手袋を外し、そっと手のひらを合わせてみた。
「……っ!?」
「……な…………」
何か。騒音……違う、これは言葉だ。玄冬は口を開いていない。
繋がって……いる? これは……お前? お前なのか、黒鷹。
いつ腹話術ができるようになった? ……なんてことではない、ね。これは。
薬も使っていないのに。まさか、これは意識の共有……? そんなことはありえない!
では、私たちはそろって夢を見ているのだろうかね? 相手の愛情、欲求、情念、快楽。
それらが自分のもののように感じ取れるとは確かに聞いたが……。
でもそれは。肉体的な感覚での話ではないのか? そもそも薬で意識が共有するなんて、
そんなことは聞いたことがない。説明のつけようがないだろう。
では、これは? 流れ込んでくるようなこれは? なんと言えばいいのだろうね?
……ああ、さらに何か見えてくる。……君もそうなのだろう?
繰り返し、二人の間で行ってきた行為。
擦れる声、潤んだ目、熱い肌。
欲 シ イ 。
君だけが。
お前だけが。
溶け合うようなあの熱が。他の誰も知らない熱が。
…………っ! どうし……て……!
手を離した途端に、意識が欠けたような衝撃。
そして、その欠けた部分を埋めようとするかのような、激しい衝動。
抱きたい。触れたい。繋がりたい。
ひたすらに君が欲しい。全身で感じてしまいたい。
身体が熱くなる。さらなる熱を求めて。玄冬を求めて。
これも蕩果の所為なのだろうか。今は効力のないはずの薬の。
だが、他に理由も見当たらない。
「玄冬……」
「……っ……あ……」
頬を染めて、微かに震えてる玄冬は、きっと私と同じ欲求に襲われている。
「寝室へ……行こう」
確かめよう。全身で。君の全てを感じたい。
もっと。深い意識で繋がりたい。
「……ああ」
かろうじて聞こえた、短い返事に玄冬を待たずに先に寝室に向かった。
今、触れたら、その瞬間にもう待てないだろうと確信があった。
寝室に向かいつつ、タイを外して、帽子をとって、釦を外して、前を寛げて。
いつもなら、「行儀が悪い」と飛ぶ声が今日は来ない。
それどころか、寝室についてすぐ後ろの玄冬を振りかえると、私と似たり寄ったりの格好。
覗く色の白い肌が紅潮して、ほんのり桜色に染まっている。
微かに弾むような呼吸の音。
そうか、君も待てなかったか。
一瞬でも早く触れたいと思ってくれたのか。
顎を捉えて、口付けを交わす。
口の中の熱を存分に味わってから離れ、そのままの勢いで寝台の上に組み伏せる。
露出された胸元に唇を当てるとざわりと全身を巡る快感の波。
これは、玄冬の感覚だろうか? それとも私?
……いや、そんなのはもうどうでもいい。
どちらの快感だろうと、これは両方で感じていること。それは確かだ。
「……く……ろた……!」
触れて欲しい。
触れたい、溶け合いたい、壊れてしまうほどに。
相手は黒鷹だから。全て委ねてしまいたい。
求めて欲しい、求めたい。
世界にいらない存在でも、お前にだけは見ていて欲しい。
必要とされたい。最期の……瞬間まで。
当然だろう?
私が君を必要とするのは。仕事でも役目だからでもなく。
……もう、わかるね? 玄冬。
私がどれだけ君を愛しく思う余りに、嫉妬深くてエゴに凝り固まっているのか。
君が良ければ世界なんてどうでもいいのだと。
最期なんて来させやしない。
結局は全身でもっと深く存在を感じたいと、中途半端に纏っているものを全て脱ぎ捨てる。
もどかしい。僅かでも離れているのが。
その底知れない感覚が怖いと思いつつも、求めていく。
互いの熱を。鼓動を。息遣いを。もたらされる喜びを。至福の瞬間を。
何がどちらの思考なのか。
それともお互いに考えてることなのか。
ああ、もう隠し事なんてできない今の状況で、そんな取り繕うような思考は必要ないね、ただ身を任せてしまおう。
当然のように広げられた脚。
身体の奥へと続くそこに腰を進める。
待ち焦がれた熱に溶け合うために。
「や……ああっ! ……」
嬌声と共にひどく震える身体を抱きしめる。
抱きしめ、溶けるような感触に自分もまた震えながら。
より強く頭に響いてくる声が、心地良い。
求めてくれてるのがわかるから。
ただ、私だけを。
そして私もただ玄冬だけを求めている。
ああ、そうか簡単なことだ。
別に薬の所為じゃない。
抑えられていた理性が外れただけで、最初から求め合っていたのだから、私達は。
あれは……蕩果はただのきっかけに過ぎなかった。
だから、貫く。受け入れる。
綺麗な感情も汚い感情も、ひっくるめた全てが欲しいから。
存在を望んで、望まれて。他には何もいらないと。
お互いがいてくれるのであれば、それで。
「…………っ……く……!」
「ひぁ……っ…………!」
滴る互いの汗が、肌の上で交じり合う。
そんなことも繋がりを意識して、愛しく思う。
頂きに向かって、強くなっていく抽挿。
理性の掻き消される中で互いを見つめる目は情欲に濡れながらも優しい。
「……くっ……あ……っ……!」
「……ろ……とっ!」
中に注ぎ込んだ熱さに誘われたかのように、玄冬も白濁を散らせる。
いや、同時だったのかも知れない。
僅かな間、空白になる脳裏。
繋がった箇所にふと目をやれば、そこは溶けてるかのように繋ぎ目が見えない。
勿論、幻覚なのだけど。
溶けては、しまえないのだろうか。本当に。
「黒……た……か」
指で辿っても、繋がってるように思う。
離れていたことこそ幻のように。
幻覚だとは思えない感触。
もしも、このまま。
繋がったままでいたのだとしたら。
「溶けてしまえないだろうかね……?」
ねぇ、玄冬。
もしも。私達が溶け合ってしまって一つの存在になってしまったのなら。
どうなるだろうね。この世界の法則は。
「……一つ……の存在……?」
『玄冬』でもなく『黒の鳥』でもない。
そんな存在になってしまったとしたら?
――世界を滅ぼさずに済むのだろうか。システムから外れるだろうか。……共にあるままで。
- 2008/01/01 (火) 00:02
- 本編
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