作品
B:Respiration
ふとした瞬間に黒鷹の指のことを考えるとどうしようもなく恥ずかしくなる時がある。
俺の身体の全てを知っているはずの指。……悦楽を引き出す魔法のような指。
***
「今日はお腹の方は……まだ大丈夫みたいだね」
俺の腹にそっと触れると、それで感覚が伝わったからだろう。
黒鷹がそんなことを言った。……元来はセックスで使う器官ではないから、
中で達した後にそのままにしておくと痛むし、少し腹がゆるくなる。
黒鷹はそれを知っているから、終わったあとによく残っているものを掻き出してくれるけど、
はっきり言って、あれは何度繰り返しても恥ずかしい。それこそ行為よりも。
変に生々しいし、触れ合った最中のことを思い出してたまらなくなる。
蕩果を使い出してからは余計にだ。まだ、自分でやったほうがはるかにましだ。
「……だから、自分でやると言っている」
「そんなわけにはいかないよ。私のせいじゃないか」
「……せいだとか、自分が悪いような言い方するな。本当は嬉しいとも思ってることを知ってるくせに」
俺の身体には愛撫の跡は残らない。それさえ傷として数えられてしまうからだ。
だけど、後始末をしないときに生じる痛みは少しの間続く。
……黒鷹が与えてくれる痛み。それが身体に残ってることが抱き合った証拠のようで
身体は確かに少し辛くても、本音としては嬉しいし……嫌ではなかった。
蕩果で感覚が繋がって、その痛みがお前に初めて伝わった時、
申し訳なさそうな顔をしてはいたけど……お前だって本当は嬉しかったんだろう?
そりゃあね。辛い思いはさせたくないと思うけど……君の言うとおり、繋がった証拠だ。
愛しいし、嬉しいさ。でも、今日はこれから出かけるし、後始末をしないわけにも行かない。
……触っていたいんだよ、少しでも多く君に。わかっているだろう?
……ああ、わかっている。それは俺だって一緒だ。けど、今は歯止めが利かなくなりそうだ。
「お互いさまだよ、玄冬」
それでも触れていたい。
そっと頬に落ちた口付けが優しい。このまま時間が止まってしまえばいい。
離れてしまうことがないよう、溶けてしまえばいいのに。
そうしたら、きっとこんな羞恥心さえ感じずに済むのに。
……そもそも、後始末の必要さえなくなるんだよ、玄冬。
黒鷹の手がそっと俺の手を握った。
「浴室に行こう」
「…………ああ」
***
「後ろを向いて。……そう、壁に手をつきなさい」
軽く身体を湯で流してから、黒鷹に言われるままに
壁に手をついて、目を閉じていると黒鷹の指が静かに俺の中に入りこんできた。
「……ん……っ」
なるべく意識を逸らそうとすればするほど、余計に感覚はリアルになって。
自分の指先にも黒鷹の感覚が連動して、熱を感じる。そして思い出してしまう。
昨日の夜に、黒鷹の指が入りこんだあの瞬間を。
「う……あ……」
「……そんなに反応しないでくれ給え。私にも伝わるんだから……我慢できなくなる」
「無茶いうな……っ……あ!」
「ん! ……すまない、つい……っ」
わざとじゃないんだよ。……でもきついな。
中を探っていた黒鷹の指が弱いところを掠めたのに声を上げた。返事をした黒鷹の声も震えてる。
当たり前だろう? 感覚が伝わってるんだから。
……まいったね、これは本当に我慢できないかも知れない。
…………だから、自分でやると言ったのに……っ。
……もう、遅いよ。ほら、こっちだって……。
「……く!」
掻き出していない方の手が前に回って、頭をもたげ始めていたモノを握る。
軽くだけど上下に扱かれて、呼吸がおのずと荒くなる。
中で蠢く指の感覚もそれに交じり合い、黒鷹がまた欲しくなる。
背を覆うように黒鷹が身体を重ねてきたから、なおさらだ。
腰に当たる黒鷹のモノだって、熱を持って硬くなっている。
駄目だ……指だけでは物足りない。もっと肌を合わせたい!
「すまない……また、君の中を汚してしまう」
せっかく、大体掻き出せたのに。私も君が欲しくてたまらない。
「い……から……っ……うあっ!」
「ん…………っ」
指を抜かれて、間髪いれずに黒鷹が入ってくる。
指とは比べ物にならない衝撃に思わず叫んだ。
その声が予想以上に響いて、慌てて歯を食いしばったが、
可愛い、と黒鷹の意思が流れ込んできていたたまれなくなる。
壁についていた腕に頭を押しつけて、暴走してしまいそうな欲望を堪えようとするが、
身体は黒鷹を求めて、動いてしまっているのに気がついた。
制御の利かない自分の身体が怖い。いや、これは黒鷹?
……君でもあり、私でもある。そうじゃないのかね?
背中から伝わる熱い肌の溶けこむような感触。
触れているのは、自分の一部のようで、それでいて自分ではないもの。
そうだね、自分のようで自分じゃない。……だから、愛しい。感じさせたい。
制御なんて、する必要はどこにある?
「……く……あ……っ……ろ……たか……っ」
動きに合わせて浴室に響く自分の声。
聞いてるのは黒鷹だけだとわかっているのに恥ずかしい。
……でも、それが嬉しいのだと、黒鷹の心が伝わる。
「……もっと……呼んでくれないか……っ」
私を求めてくれ、堪えずに。
知っているだろう?
「う……んん……っ……黒……た……」
「ん……」
「く……ろ鷹……っ……くろ……っ……あ!」
「……うん……」
そうやって君に名前を呼ばれることがどれほど好きか。嬉しいか。
黒鷹の望むままにひたすら名前を呼んで。耳に軽く歯を立てられて、身体が震えた。
「……っ」
まずいという声が聞こえた気がした。離れないと、という意識が流れ込んだ瞬間に
反射的に黒鷹の太股に手を回して押えた。離れてなんか欲しくない。
「玄……冬っ……」
「……や……っ!」
このままだと、また中に出してしまうよ。
それでいい。構わない。中に欲しい。
他のところなんて嫌だ。あとで自分で掻き出すから……っ。
……それが一番いいだろうね。もう一度やったら、また一緒だろう。……残念だけど。
「ひ……あっ……!」
開放を目指して、強くなった律動にただ身を任せた。
「玄冬……っ!」
「んっ……! ……く……っ!! 黒た……!」
「……く!」
喉の奥から出た引き攣れるような呻き。……次いで中にざわりと黒鷹の熱が染みこんでいく。
がくりと、膝が崩れそうになったところで黒鷹が支えてくれる。……震えの残る腕で。
手をついている壁の下を見ると、俺の方で吐き出したものも散っていた。
数回深呼吸を繰り返すと、ようやく少し静まってきた。
「……大丈夫かい?」
「……なんとか……な、お前は?」
「私も……なんとかね」
「……興奮が少し引いてるうちに」
「そうだね……」
「っ…………」
ずるりと中から黒鷹が抜けると、内股に今さっき黒鷹が出した精液の一部が流れ落ちた。
離れた身体に喪失感を覚えながらも、呼吸を整える。……戻らなければ。
せめて、普通に歩けるくらいまでには。
「……私は背を向けてるよ。終わったら声をかけなさい」
「……ああ、そうしてくれ」
下手に刺激するとまた同じことの繰り返しだ。
……お互いにそれを悟ったので、今度は後始末を一人でやろうと、
一応、一度後ろを振り返って黒鷹が確かにこちらを向いていないのを確認すると、
まだ緩んでいるそこに指を挿れた。そっと引っ掻くようにすると指を伝って、
次々と中から零れ落ちていく。……黒鷹の名残が中から消えていくのに合わせて、
ようやく意識が冷静になり始める。
「……玄冬」
「ん……返事しずらいから、こんな時に話しかけるな」
つい、最初の声が掠れた照れ隠しに言ったら、黒鷹が笑う気配がした。
……くそ、何がおかしい。
「いや、すまない。……思い出したんだけど、服はどうしようね?」
「服?」
「ほら、君の服は汚してたり、破いてしまってたりで……」
「あ…………」
すっかり忘れていた。そうだ、あんな状態では着られやしない。
「私の服は沢山あるけどねぇ、ああ、そうか! なんだ私の服を着ればいいだけだな、うん」
「……ちょっと待て、お前と揃いの服を着ろと……?」
その光景を想像して、急激に興奮が冷めていく。
……よかったような、悪かったような。
後始末を終えて、つい大きい溜息をついたのは今までのことに対してでなく、
待ちうけてる目先のことについてのことだ。
同じ服を揃って、二人で着て並んでいる姿を想像するだけで眩暈がする。
……さて、どうしたものだろうか……。
- 2008/01/02 (水) 00:01
- 番外編
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