作品
C:Reason
もっと、とねだる声は現か幻か。いや、私は知っている。
あれは自分だけの願望などではなく、実際に体験したことから生じる光景なのだと。
***
すっかり闇の中に慣れた眼で、傍らで眠り続ける玄冬を見ていた。
この子が眠りに落ちてから、もう大分時間は経っているはずだが、
私の方はどうにも熟睡できずにいた。
時折、眠気は訪れて、眠りはする。が、少しばかり眠ったところで見る夢に起こされるのだ。
……それは玄冬を抱いている夢。求められては求めて、二人で繋がる夢。
数刻前に実際に抱き合ったばかりだというのに、触れたくて触れたくてたまらない。
が、ほんの僅かでも触れてしまったら求めずにはいられないだろうと、そんな確証がある。
だから神経の通わない、熱を持たない、その髪にだけそっと触れる。起こさないように。……でも。
――ろ……鷹……っ!
思い出す。この子が掠れた甘い声で呼んだ私の名。
――や……あ! …………めっ……!
抑えようとしても、抑えきれない本能的な叫び。
――ん……く……ろた…………あっ!
心の底から繋がりたいと求めてくれる。存在の全てで。愛しい。君の他には何もいらない。
「まずい……ね」
思い出した声にぞくりと昂ぶりが呼び起こされる。名残惜しいが、髪から手をひいた。
このままでは抱きしめてしまわずにはいられない。微かに残っている理性を総動員させ、
ベッドから出て、浴室に向かった。少し頭を冷やさなくては。
***
「……馬鹿みたいだね」
軽く湯を身体にかけても、気分は治まりはしない。
中心で存在を主張して、反り返っているモノは何か滑稽にさえ思える。
……自慰をするのは何時振りだろうなと思いながら、指を伸ばしてそれに触れた。
自分の快感を引き出す方法は自分が一番良く知っている。……だけど。
自分で触れるのと、人に……玄冬に触れられるのとは全然違う。
指。掌。唇。舌。かかる吐息。全ての感触を鮮明に覚えている。
愛おしさをこめて、君が触れてくれるそれを思い浮かべて、手を動かす。
「ふ……」
口でしてくれるのはまだぎこちない。私があまりさせないこともある。
してあげて、あの子が泣きそうな顔になるのを見る方が好きだから。
触れる唇もざらついた舌も、動き方は私のを真似たもの。
私があの子にしてあげる行為から、気持ち良いと思ってくれたのを辿ってくれてるのだ。
あの子は私しか知らないから。ただ、それだけではなく、
同じ性ゆえにわかる感覚もある。
時折軽く歯が掠めることで来る刺激はほのかな痛みと痺れるような快感。
幹に添えられた手は程よい力加減で擦られる。
「……く……!」
潤んだ深い青の目が上目遣いで私を見つめるところが脳裏に浮かんで。
腰にずんと深い衝撃。……驚いた。大して触れてはいないのに。
時間にしても、僅かな間でしかないはずだ。
ほとんど玄冬を思い浮かべていただけだったというのに。
……浴室の床に散った白濁を見て苦笑が零れた。身体は確かに快感を感じた。
だけど足りない。全然。飢えている。乾いている。
あの子に触れたい。声を聞いて、温もりを感じて、熱に溶けたい。
まずいな。治まってなんかいない。寧ろ、抱きたくてたまらなくなる。
心の冷静な部分が警鐘を鳴らした。
……今、あの子の顔を見たら、私はどうしてしまうか、わからない。
情欲を抑えられる自信なんて、笑えるほどにない。
「少し……離れておこうかね」
無理矢理になんてしたくなかった。拒む声なんて聞きたくない。
繋がった心は正直に伝えてくる。……もしも拒まれたらと思うのが怖い。
随分と勝手な話だ。そんなの自分の都合じゃないか。あの子ではなく。
湯で身体を清めて着替え、寝室には寄らずに……玄冬の顔を見ないでおいて、
外に出て、鳥の姿に変化した。空が白み始めた中を、目的地などないままに、ただ飛んでいく。
自分の羽ばたきの音と朝の冷たい空気が少しだけ冷静さを取り戻してくれた。
……美しいね、この世界は。そして汚い。私も玄冬もここに繋がれた枷。
最初は望んでいたはずの役目だったのに、いつ変わったのか。
本当にね。別の存在になれたらと思うよ。
『玄冬』も『黒の鳥』も関係ない。そんなものになってしまえたら。
***
――触るな!
家を飛び出してからどれほど経っていただろうか。
適度な大木を見つけ、枝の上で景色を眺めながら眠っていた意識が呼び起こされた。
脳裏に響いた玄冬の叫び。何があった? 力で探ると一瞬だけ視えた。
玄冬とあの子に掴みかかる救世主のちびっこが。ジリと胸の奥が焦げた。
私の子に気安く触るんじゃないよ……! 飛んで戻る時間さえもどかしく、
地に降りて人型に戻ると転移装置を使って、すぐさま家に戻る。
「ほっとけないよ! ねぇ、いったいどうし……」
駆けつけてみたら、玄冬の顔は蒼白で。
払われた白の子がまた玄冬に触れようとして寄る。
できる限り冷たい響きにはならないようにそれを遮る。
「帰り給え。ちびっこ。……玄冬に触らないでもらえるかい」
声をかけると、玄冬が顔をあげ、花白がこちらに振りかえる。
強張っていた玄冬の顔が少し和らいだのに安堵した。
邪魔だよ、ちびっこ。ここにお前の場所はない。異質なものよ。
「……っ……トリ……」
「私がいる。玄冬には。今日のところは引き取り給え」
そう。私達にはお互いがいるのだ。存在の全てで繋がった、たった1人の愛しい子。
お前など呼んでいない。帰り給えよ。あの人のもとに。
例え、君が玄冬を殺す気がなくても、君は邪魔だ。私たちの間になんて入らせない。
「……なんで……だよ……っ!」
花白が泣き出しそうな顔をしたままで、私の横を駆けて、外に飛び出した。
その勢いに誘われるかのように、玄冬が私の方に歩みよってくる。いや、最後は駆け寄って。
縋りつかれた腕にギリと強い痛みが走る。
よかった、繋がっていると呟くような心の響きに嬉しくなる。
震えた玄冬の身体をただ抱きしめて。流れ込む心に同調させる。離れていて悪かったね。
「玄冬」
「……ろ鷹……っ!」
切なく名を呼んだ響きに次いで、どんどん浸透する玄冬の心。そして私も玄冬に溶ける。
ダイテホシイ。コワシテクレ。ソンザイヲ。トカシテホシイ。オマエノナカニ。
ナニモワカラナクナルホドニ。モトメテクレ。ツナガッテシマオウ。フタリキリデ。
気持ちいいね。こうして二人でいるということが。もう他に何一つ望まない。
君の全てと溶け合ってさえしまえるのなら!
ああ、黒鷹でなければならない。玄冬でなければダメなんだよ。
覗きこんだ琥珀色の瞳の奥にちらつく炎に胸が焦がされる。
潤んだ深い海の底の色をした目に心がざわめく。触れて。抱きたい。
感じて。貫きたい。何よりも求めている。私の。俺の。愛しい半身……!
「……とりあえず、行こうか。誰にも邪魔されない場所に。
ここでは誰が来ないとも限らないからね」
「ああ……」
一層強く、玄冬を抱いて。再び転移装置を使う。私の力が最も強く働くあの場所へと。
もう、理性なんてカケラも残っていなかった。ただ、衝動のままに君を求めるために。
――ずっと一緒に。抱き合い続けて溶けてしまいたかった。永遠に。君と共に……。
- 2008/01/02 (水) 00:02
- 番外編
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