作品
07:Desire
きっと、あの子どもにこの子は殺せない。
そんな予想は私にとって安堵であり畏怖でもあった。
あの子どもが君に向ける好意が、私は確かに気に食わなかったのだから。
***
幾度も幾度も。君と花白が穏やかに笑いあうところを見て、嫉妬で焦げそうになった。
あの子どもが君を想う。
真っ直ぐに、直向きに向けられるのは好意以外の何でもなく。
これなら早々殺されることもないだろうと、安堵する一方で不安に思った。
私とあの子どもでは立場が違う。
わかっている。
だが、私と君との繋がりが特別なように、君とあの子どもの繋がりもまた特別なもので。
時折、救世主の子どもに君を奪われてしまいそうで怖かった。
君に触れるのは私だけでいい、近寄らないで欲しいと何度思っただろう。
私たちの間に踏み込まないで欲しいと。
愛し過ぎて、誰の目にも触れさせたくないと。
……ああ、本当に自己中心的な考えなことこの上ないね。
恐ろしいことも戯れ交じりではあるけれども考えたよ。
君がどうにかなってしまう前に、あの子を殺めたら、君は死なないのにとかね。
実行せずに済んだのは、そうなったら君が哀しむのを知っているから。
哀しむ顔を見たくないから。
本当に君以外はどうだっていいんだよ、私は。
この世界だってどうなろうとも、ね。
ただ、君と一緒にいることさえ出来るのなら……他はどうでも。
「……軽蔑したかい?」
塔に着いて、開口一番に黒鷹が自嘲の笑みを浮かべてそういったけど。
「そんなわけないだろう」
「汚いよ、私は」
「綺麗ごとだけで生きていけるやつなんて、いやしない。
……お前が汚いというのなら、俺だって汚い」
強く黒鷹を抱き返して、深いところにある思いをぶつける。
自分の中の黒いどよめく渦を。
黒鷹の片翼、対の鳥。白の鳥『白梟』。
鳥達を作り、この世界を作り、そして捨てた『主』。
俺はどちらにも会った事はないけれども、お前の心から彼らのイメージが伝わった。
黒鷹と特別な繋がりにある存在たち。
俺が存在しない時の彼らとのことも垣間見えてしまった。
――お相手いたしましょうか? ……貴方は視線で私をその気にさせるのがお上手ですね。主。
――あの方の代わりは出来ない。が、私は私で貴方に出来ることはある。……白梟。
そう、お前と彼らが触れ合うそのときまで。
過去なのに、俺にはどうしようもないのに。
悔しかった、哀しかった、嫌だった。
俺はお前しか知らない。でもお前はそうじゃない。
お前が彼らにも触れたのだということが、どれほど心を焦がしたかわかるか?
その口が俺の名ではないものを呼んで、俺ではないものに触れて……繋がって!
わかっているのに! そういう過去を経て、今の黒鷹がいることを!
今は俺だけなんだというのも、知っていながら……それでも……っ!
「玄……冬」
「……お前が俺に教えたんだろうが」
自分の全てを晒しても触れ合いたい。
相手の全てが欲しい。
そう願うから。全身全霊を使って、交わるのだと、触れ合うのだと、求めるのだと。
当然、その中には綺麗なものも汚いものもあって。
それでも、そういうのも含めて相手の全てが欲しいと思う。
自分の全てを受けとめて欲しいと思う。だから……!
「……っ……もう、いいよ。玄冬。それ以上はいいから……!」
「黒鷹……っ」
黒鷹の腕も俺を強く抱き返す。
感情が断片的に流れ込んで、流し込んで、それらは溶けて交じり合う。
好き。愛しい。触れたい。抱きたい。声を聴きたい。口付けたい。
感じたい。何もかもわからなくなるほどに。
君だけが、お前だけが欲しい。求めたい。
他の誰も入りこめないように溶けてしまいたい!
互いにごく自然に唇を重ねあって、ソファの上に倒れこむ。
「……使うよ?」
黒鷹が懐から取り出したのは例の薬瓶。
「ああ」
戻れないからね? もう。
戻ろうなんて思ってない。
そうだね、今更だ。
ああ、今更だな。
黒鷹が薬瓶の中に残っていた全てを一気に口に含み、口移しをする形で俺の中に流し込む。
喉を液体が滑り落ちていくのを、意識のどこかで確認しつつ、一層強くなった溶けるような熱の感触を味わう。
黒鷹の唇の熱が溶かすように包み込んでくる。
その気持ち良さに身体の方が瞬時に反応を返す。
「……ん……はぁ……っ……」
「身体は正直だね」
「お前こそ、な」
黒鷹の身体も反応し始めてるのがわかる。
まだ口付けだけなのに、服さえ脱いではいないのに、達してしまいかねないほどに快感はつのる。
「服を脱がせるよ」
「……自分で脱ぐ。だからお前も自分のを……」
「楽しみなんだけどねぇ。脱がせるの」
「わかってる、けど」
少しでも早く、触れたいから。
全身で、感じたいから。
「……仕方ないね」
早く触れたいのは黒鷹も一緒だったのがわかったから。
ちょっとだけ残念そうな顔をしつつ、それでも、言葉のとおりにしてくれた。
裸になって抱き合って、僅かにひいていた快感の波がまた押し寄せてくる。
溶け合うような感触は薬を飲んでいなかったときよりずっと強い。
「……っあ……」
「……ん……」
黒鷹が俺の首筋に舌を這わせると、ざわりと身体に走る強い漣。
傷口に直接触れられるのと似ている気がするけど、あんな痛みを伴う不快なものではなく、肌の下……身体の中に直接触れてるような感覚……とでも言うんだろうか。
触れる熱が身体の芯まで浸透していくような。
「……凄い、ね」
俺の感じてる感覚はそのまま黒鷹にも跳ね返っているからだろう。
そんな言葉を呟いたのは。
「ああ……ちょっと俺にもさせろ」
「え? ……玄冬? …………っん……」
黒鷹の鎖骨を唇で辿ると声が微かに上がる。
やっぱり。
感覚は共有してはいるけれど、直接されてる方がより感じている。
俺の方にも刺激は来たけど、声を上げてしまうほどではない。
「……なるほどね」
「まだ触れていてもいいか?」
「勿論だよ。君の好きに」
「ああ」
「……は……っ……」
俺が触れられて、何も出来なくなってしまう前に触れたい。
黒鷹の声を聴きたい。
いつも俺がされてるように口付けを身体に落としていく。
身体は悦楽を訴えてる。
それなのに、なるべく声には出すまいとする意識が流れ込んでくることにちょっと笑いそうになる。
可愛いといったら悪いだろうか?
いつも、俺には声を抑えるなというくせに。
まして、今は意識が繋がっている。
全部が伝わってしまうのに。
……親としてのせめてもの意地だよ。
みっともないところを見せたくないとね。
みっともないなんて、思わないのぐらいわかるだろうに。
ああ、わかってるよ。ただ私が拘ってしまうだけだ。察してくれ給え。
まぁ、性格的なものだろうからな、それ。
長い付き合いだ。わからないとは言わない。
だけど……いつまで、それがもつのか試すぐらいはさせて貰ってもいいな?
「……え……っ……ちょ……玄冬……っ」
黒鷹のモノに手を伸ばすと、少し慌てたような声が返る。
……お前がいつもするのと同じことをするだけだ。
愛しいと思うから。俺たちを繋げてくれる存在が。
身体の中で、一番無防備で敏感なそれの先端に口付け、そのまま口の中に含む。
「……ふ……っ!」
黒鷹の口から甘い響きが零れる。自分の方でも感じる刺激を押しこめて、
舌でくびれた部分を辿る。
塩気を含む雫が口の中に溶けて馴染んでいく。
わかっている。これは俺しか知らない味。
黒鷹は他の誰にも口での行為を許していない。
軽く吸い上げると小さい悲鳴が上がった。
それが酷く興奮を誘う。
自分の中心から先走りの雫が幹を伝って落ちたのがわかる。
「……あ……っ玄冬……私、にも……させなさい……っ」
「されたら、俺が何もできない」
「加減、してあげる……からっ…………腰を……こっちに……!」
一緒にしよう。
私だって、君の感じる声が聞きたいのだから。
……君だって触れられたいだろう?
せがむような、その言葉が胸に響く。
それに確かに触れられたい。中途半端に雫の伝った幹がもどかしくもあった。
結局、少しだけ迷ったけど、身体をずらして黒鷹の言うとおりにする。
「……良い子だね」
「あ……っ……く……っ!」
先端に溜まっていた露を唇で吸い取られて、裏筋に舌を這わされて。
柔らかい双玉を収めた袋も指が優しく捏ねていく。
たちまち追い上げられて、俺の方ではろくに動けなくなってくる。
「加減、するって……言った……のに……!」
「言ったかな」
「や……っ…………ああっ!!」
口の中に深く咥えこまれただけじゃなく、後ろの方に指が這わされ静かに入りこむ。
指の腹を使って、ゆっくりと中を掻き回されて。
強い刺激に声が止まらない。
「……やっぱり、私はこっちの方が性に合うかな」
「……ふ……あ……?」
「君の感じる様子を見るのが……好きだよ。
ねぇ、本当にどうしようかと思うよ。
こんなに中が震えてひくついて。
……私を求めてくれているのが……わかる」
「……っ……そんな……の、口に……する……なっ…………ああっ!」
全部伝わっているんだろうに。
黒鷹の笑いを含めた言葉が脳裏に響く。
入り口を掠めた濡れた舌の感触に、がくりと腰が落ちるような感覚。
危うく出しそうになったのをかろうじて堪えた。
「達してしまって良かったのに。あのまま」
「……や……だ。それなら……一緒……に……っ」
弾む息でなんとかそう言うと黒鷹が顔を上げて、身体を移動させた。
「そうだね……その方が……いいね」
「ん……」
足を抱えられて、入り口に添わされる熱い塊に眩暈がしそうなほどの期待感。
「挿れる……よ?」
「ああ…………っ! くあぁっ!」
「……あ……っ……つ!!」
限界、だった。繋がった瞬間にもう耐えられなかった。
身体の奥に強く走った衝撃。白い閃光。
気がついたら、達してしまっていた。
二人揃って、半分ほど挿れたところで。
「……くっ……ふふ……」
「はは……あはは……」
少し落ちついてきたところで、お互いにどちらからともなく笑い出した。
何か、無性に可笑しかった。
「……可笑しいね」
「可笑しいな……」
「幸せだね」
「……本当にな」
こんなところでさえ、共有を感じられる。
例え様のないほどに満たされた自分がいる。
このままで居られたのなら、満たされたままでいられたなら、どんなに良いだろう。
終わる時など考えずに、互いのこと以外など考えずにいられたら。
「いられるよ……きっと」
溶けてしまえる気がする。
そして、『玄冬』でも『黒の鳥』でもないものへと。
「……ああ」
この世界の鎖に縛られないものへと……きっとなれる。
手を繋ぎあって、口付けを交わして、黒鷹がもっと深くに入りこんでくる。
一度達したからだろう、繋がった箇所が大きく音を立てた。
その音と擦られる感触にまた欲情が走り始める。
「……もっと肌をくっつけるよ?」
「腹、汚れるぞ」
「構わないじゃないか。どうせ、まだ濡れる」
「それもそうだな」
黒鷹が肌をなるべく密接させるように抱きかかえてくれるのに合わせて、俺も腕と足を黒鷹の身体に絡めた。
なるべく多くの部分で触れていられるように。
「少しだけ、力を緩めてくれるかね? さすがに動けない」
「あ……悪い」
「ああ、それでいい」
「ん…………あっ……黒……た……かっ……」
深いところを抉られて、前の方も腹で擦られて、繋がった箇所に震えがくる。
達してからそう経ってはいないのに、すぐに肌に挟まれた俺のモノが硬さを取り戻す。
中で動いている黒鷹もそれは一緒で、容量を増したそれに刺激されて、小さく声を上げた。
「うあ……気持ち……いい……っ……」
繋がっている部分が溶けるかと思う。
背に回した腕にも力が入らない。
汗で滑ってしまいそうになるから、つい爪を立ててしまったけど、共有した感覚で、自分の背にも訪れる痛みさえ甘くて、幸せで。
何度も何度も抱き合ってるのに、今まで抱き合ったどれよりも満たされてる気がする。
「私も……だよ……っ」
黒鷹が熱っぽく囁く声に頷いた。
ああ、わかる。
本当に今までより、何よりこの瞬間がどうしようもないほど、気持ち良くて、愛しくて。
加減なんてもうできない。止まれないよ。
しなくていい。壊してしまってかまわないから。お前の全てを俺に。
突き上げるよ? 受け止めてくれるね?
ああ。だから動いてくれ。激しく……!
「く……ああっ! 黒鷹……く……ろ鷹…………っ!!」
「……ふ……っ…………玄……冬……っ……!」
存在を強く確かめるように、ただ激しく律動する。お互いに。
「や……ああっ!」
「っつ……くっ……!」
再び訪れた、弾ける瞬間。
黒鷹が身体を預けるように覆い被さったのがわかったけど、もう指一本動かせない。
深い闇の底に引きずられるような感覚にそのまま任せて、意識を手放した。
多分、黒鷹も同じように。霞む意識の中で最後に聞こえたのは「愛してる」という響き。
俺なのか、黒鷹なのか。口にしたものか、心で伝えたものかはもうわからなかった。
***
「やっぱり……帰った気配が無い」
花白は一人、玄冬たちの住居を訪れたが、室内の冷えた様子に溜息をついた。
会って、そのまま逃げるように去られて。
納得なんてできなかった。
逃げて欲しいとは確かに言った。
けれども、それは自分とのことであって、黒鷹とではない。
「……どうして、あんなトリがいいんだろう……君は」
床に落ちていた黒鷹の帽子を睨みつけたあと、踏みつける。
何度も何度も。形が崩れてぼろぼろになっても気は晴れない。
あの目。去る間際に花白を睨みつけた黄金の目は明らかに敵意を持ったものだった。
少し前までなら、時には親しみさえ伺えたこともあったというのに、叩きつけられた視線は自分たちの間に入るなという無言の言葉。
強い二人の絆。自分たちのところとはなんて違うのだろう。
ふと自分の鳥を思い浮かべて、泣きそうな表情になった。
「大嫌いだ……あんなヤツ」
いつだって当然のように玄冬の傍にいる黒鷹。
自分には玄冬しかいないのに、玄冬には黒鷹がいる。
……かつて、知ってしまった彼らの秘密。
たった一度きりのことではあるけど、あの時の声は頭の中を離れることはない。
――黒……た……っ…………んん……っ!
――……声。もう少し抑えないと、あの子どもに聞こえるよ?
守護の鳥。義理の親子。そこまでは自分と白梟と一緒なのに。
別に白梟にそれを求めているわけではないけれども、底が見えないほどに深い想いが伝わる絆が腹立たしかった。
あれは共に過ごした年数が違うとか、そういう問題ではない。
黒鷹はきっと玄冬が『玄冬』でなくても守るのだろう。
ただ、愛しい相手だから。
そんな二人の関係性は少し羨ましくて……妬ましい。
「あのトリさえいなければ、よかったのに……!」
無理な仮定でしかない。だがそれを口にして、不意に花白は気がついた。
アイツサエイナケレバ。
――ねぇ、もしも僕があいつを殺したら。……君は僕だけのものになるのかな? 玄冬。
- 2013/09/11 (水) 12:27
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